3-3 不安(1)
「与野さん!」
真紀はカランカランというベルの音とともにそう言いながら、リリィと喫茶店の中に入る。
「……真紀ちゃん?」
与野はそう言うと驚いた表情でリリィを見た。そして、
「それと……リリィさん?」
リリィは横にいた真紀に目を向ける。真紀は微笑みながら、
「私、与野さんのこと知ってたんだよね。ここにも結構来てるし。」
真紀はそう言うと与野のほう向き、リリィが聞きたいことがあって、と付け加える。リリィは与野のほうを見て尋ねた。
「与野さん。ヤマさんはここにきてませんか?」
「ヤマさんですか?」
「はい。私、ヤマさんに会って。それでここに来る途中で話してたら、突然ビルから飛び降りて、それで……。」
先ほどの光景がよみがえり、思わず声が震えてしまう。
「リリィさん、落ち着いて。落ち着いてください。ヤマさんが飛び降りたというのはどういうことですか?」
与野にそう言われたリリィは呼吸を整えて、事情を与野に伝える。途中、焦って言葉が出ない時や、混乱してしまった時には真紀が補足してくれる。そんなリリィの話に、与野はじっと耳を傾ける。
「大丈夫です、リリィさん。ヤマさんは無事でいらっしゃいますよ。」
その一言を聞いたリリィは僅かだが落ち着き、ようやくまともに話せるようになる。
「どうしてですか?」
リリィは与野にそう問う。与野はリリィを見ながら、
「それは、彼がかつてパフォーマーとして活動していたことがあったことを知っているからです。二十年ほど前になりましょうか?写真家としての活動が本格化するよりもずっと前です。そのころに身に付けたものや、知識として知ったものかと。実際、大通りには何もなかったのでしょう?」
と話す。リリィは首を縦に振る。
「それならばきっと大丈夫です。通りからも悲鳴は聞こえず、もし無事だとしても落ちていたのなら、何かしらの反応があるはずです。まして地面にヤマさんの姿形もなかったわけですから、何かトリックを使ったのでしょう。きっと大丈夫です。」
与野に勧められ、真紀とともにリリィはカウンター席に座る。目の前に出されたコーヒーからは白い湯気が立ち上っているのがわずかに見えた。すこしお休みくださいと言うと、与野はカウンターの奥の方に設置されていた電話のところまで行き、どこかに電話をし始める。
与野が電話から戻ると、リリィの横で話を聞いていた真紀が与野に尋ねた。
「与野さん、ヤマさんはいったいどこにいるか知りませんか?」
「真紀ちゃん、一つだけ候補があるよ。……リリィさん、あなたはヤマさんにお会いして、何をお話しされるつもりですか?厳しいことを言ってしまい、申し訳ありません。ですが、会うべきなのか判断しかねます。先ほど会った時には、何も話を続けられなかったのでしょう。」
それはそのとおりだ、とリリィは心の中で思う。何もする事が出来なかった。何を聞くこともできなかった。しかしそれでもリリィの気持ちが変わるわけではない。
「与野さんの言う通りです。でも、私は知らなくちゃならないと思うんです。これは私にとって不可欠なことだと。だから、ちゃんと聞かないと。私は、ヤマさんに会わないと。ヤマさんのことを知って、ベルさんのことを知って、そして、私のことを知らないと。」
与野はリリィのその言葉を聞くと、外の方を見つめた。
「やはりあなたはとても不思議な方だ。そして、とても懐かしくもある。あなたの瞳や声、雰囲気。あなたはあなたのお母様によく似ている。」
そういったヤマの表情は憂いを含むような何とも言えない表情だ。
……続く
次話、10/31(火)19:00更新。