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グレイを愛してよ、  作者: 上森葉月
第3章
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3-2 会話

 与野の喫茶店へ向かうには、駅から住宅街に入り、路地を経て、大通りに一度出なければならない。リリィが三日前通ったのと同じ道筋を彼女達は歩いていった。

 路地も終わりに差し掛かり、リリィはふと上を見上げた。ヤマと出会ったあの建物。そこには煙草をふかす一人の男がいる。


「ヤマさん!!」


 思わず叫び、非常階段を駆け出していた。後ろから慌てたように駆けてくる真紀の足音も聞こえる。足音に同期するように鈍い金属音が響く。息遣いが荒くなっていることを感じる。

 階段を登りきったときには、すっかり息があがっていた。


「あれ、リリィ?どうしたんだい?」


 今日もまた、黒いジャケットに黒のパンツを履いていた。違うのはシャツが白いことと、髪がしっかりととかされていることだろうか。胸ポケットには一輪の百合の花がさしてある。


「はぁはぁ、……あの、ヤマさん。私、聞きたいことがあるんです。」


 そう言ったリリィの声は、思ったよりも強く大きい。


「あぁ、いいけど。何かな?」

「ヤマさんは私のことを知っていたの?」


 その言葉を聞いて、ヤマが固まる。その反応でリリィは、彼が全て知っていたことを悟った。リリィたちの間には、沈黙が生まれる。

 彼は何も教えてくれない。

 何一つだ。

 答えてくれないヤマを見て、リリィは俯いてしまう。ヤマへの不満や怒りではなく、もっと曖昧で、ぼんやりとしたやるせなさみたいな気持ちでいっぱいになる。そうしてしばらく俯いていると、すぐ後ろにたっていた真紀がリリィの横に動き、リリィの手をそっと、けれどしっかりと握った。

 それは小さな行為かもしれない。だが、それだけでどれだけ心強いことか。


「ヤマさ……。」


 リリィが、ヤマさんと言いかけたとき、彼が口を開く。


「そうだ。知っていた。」


 彼は無表情にリリィを見つめながら更に言葉を続ける。


「僕は君が自分の娘かもしれないということを知っていたよ。」


 リリィは唇を結び、何も言葉を発っすることができない。

 やはり彼はリリィのことを知っていたのだ。


「僕は君の名前を聞いた瞬間から、この場所で君を知った時から、そうかもしれないと感じていたよ。」


 そう続けるヤマの表情は一向に変化しない。彼は今何を思いながらそう言っているのだろうか。


「リリィ、君にそれを伝えなくてすまないと思っている。でも、知るべきじゃないと思った。僕はもう、いいんだ。」


 もういいんだ、と言ったヤマの表情は悲しげだ。彼はビルの端へ歩いていき、遠く向こうを見つめながら話し始める。


「ここは大通りのすぐそばだから、あのビルがよく見える。ここで彼女のことを思い出していた時に君に会うなんてな。陳腐な言い方だけど、運命だと思ったよ。」


 ヤマが見つめる先には、STグループのビルが見える。ここでリリィとヤマが出会ったあの日、ヤマはSTグループのビルを見ながら煙草を吸っていたのだ。

 振り向き、微笑むヤマの右目からは、すうっと一筋の涙が流れる。


「リリィ、僕は君に会えてよかった。けれど、僕のことは忘れたほうがいい。」


 忘れることなんてできない。自分の父親のことを、そんな簡単に忘れることなんて出来るはずがない。


「僕ことは夢か何かだったと、そう思ってくれ。……さようなら、リリィ・グレィ・スティフォール。」


 一言そういうと、ヤマの身体が空中に向かって倒れていく。

 リリィは真紀の手を離し、思わず駆け出していた。


「ヤマさん!!」


 伸ばした手はヤマには届かず、空を切る。ヤマが落下していく様子が、まるでスローモーションのようにリリィには見えた。

 リリィは手を前方に伸ばしたまま固まり、膝から崩れ落ちる。

 声にならない嗚咽が押し漏れ、その場から一向に立ち上がることができない。

 近くまで来た真紀が横からリリィを抱き寄せる。

 ここは大通りのすぐ横のビルだ。高さもそれなりにある。飛び降りれば命を落とすだろう。そんな嫌な想像をしてしまい、リリィは話すことさえできない。

 自分の嗚咽に混じって、人々の喧騒や自動車の騒音が遠く聞こえた。


「リリィ、私が見るね。」


 そういうと真紀はビルの端まで歩いていき、そこから下を覗き込んだ。


「……。」


 真紀はしばらくの間何も言葉を発しない。やはり、ヤマさんは……。

 リリィがそう思い始めたとき、しゃがみ込んでいた真紀がリリィのことを見て、


「リリィ、大丈夫。こっちへ来て。」


と言う。


 その言葉を聞き、リリィはゆっくりと立とうとするが、上手くいかずにバランスを崩して、よろけてしまう。真紀が駆け寄り、肩を貸すことでリリィを立ち上がらせ、屋上の端まで移動する。

リリィはビルの端から下を覗いた。しかし、そこには大通りを往来する人々がいるだけで、何も変わったところはない。


「どういうこと……?」


 リリィは気付くとそう口にしていた。その言葉に隣の真紀が話し出す。


「わからない。でも、ここにいないってことは……。リリィ、やっぱり喫茶店に行ってみよう。」


 うんと、そう頷くしかなかった。リリィと真紀の二人は非常階段を下りると、急いで与野の営む喫茶店へと向かった。



……続く

次話、10/30(月)19:00更新。

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