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グレイを愛してよ、  作者: 上森葉月
第3章
20/26

3-1 再会

―きらきらとした日常

 懐古するから眩い

 色をそっと胸ポケットにしまって

 お揃いの装いで旅に出よう

 透明を身に付ける時間

 心の隙間に潜む悪魔

 小さな子どものように笑って

 想うということに費やして



 



リリィは何度も事実を反芻していた。

 ヤマが父であるということ。

 母の話を聞いたときよりも混乱をしていた。亡くなった母のことは、どこか物語を聞くようでもあり、現実味が欠けていたことは否定できない。

 リリィがはじめて出会ったときのヤマの表情。

 彼の行動。

 声。

 そういったものがリリィの頭の中で繰り返し再生される。

 何を思って彼が近づいたのか。リリィが娘であることに気づいたのか。ヤマは本当にリリィの父である人物なのか。

 そんな疑問が何度も何度も頭の中をめぐる。

 そうしているうちに駅に到着し、リリィと真紀の二人は与野の喫茶店へと向かい始める。陽は少しずつ高くなり、その眩しいほどの明るさも、刺すような強さも、確実に強くなりつつある。喫茶店へと向かう道すがら、横を歩く真紀が話し出す。


「リリィ、大丈夫?」

「うん……。」


 真紀の問いにそうは答えたものの、ヤマに会ったところで、一体何を話せばいいのか、ということに困り始めていた。勢いで飛び出してきたものの、会ったところで何を話せばいいのか。どんな顔をすればいいのか。

 それが、リリィには分からない。


「真紀、私はヤマさんに会ってどうすればいいんだろう。さっきからずっと考えているけど、全然わからない。」

「リリィはさ、自分のお母さんの話を聞いたとき、どうだった?」


 リリィの吐露に真紀は質問を返す。


「どうだろう……。まだよくわからない。昨日聞いたばかりで実感はまだないかな。ただね……。」


 リリィは一度そこで言葉を切り、深く息を吸い込んだのち再び話し始める。


「なんとなく納得できた部分もあるの。聞いたばかりだと混乱が先行して、そこに何かを感じるっていうことができなかった。それは今も大して変わらないけど、なんというか、自分のことを考えた時になんだかしっくり来たっていうのかな。不思議な感覚だけど、そう思ったんだ。」

「しっくりきた?」


 リリィの言葉に真紀は一言、そう発する。


「うん。何だろう。今だっておばぁのことは大切で、私にとっては親のような存在だよ。喧嘩もするし、いやなところもあるけれど、これまで生きてきた中で一番長い時間を共有していて、私のことを私よりも知っている。だから私にとっては、おばぁも母親って言えると思う。けど、何だろう。いつも私の小さいころのことを話すときに、あまり気が進まないような、何か躊躇しているような、そんな素振りがあったなって、今になって思うんだよ。前は気づかなかったけど、そうだったな。あの変な感じは、そういう違和感みたいなものから来ていたのかもしれない。」


 それはリリィにとって紛れもない事実だった。リリィがある程度成長し、小さなころの話を聞こうとすると、おばぁはいつも少しだけ目を細め、一瞬遠くを見つめるような表情をしたのだ。それは懐古しているようにもとれて、だからこそ、そこに別段の違和感をリリィは感じていなかった。しかし、今考えるとあれは、おばぁがベルのことを思い出していたからかもしれない。亡くなったかつての友人のこと、そしてその子であるリリィのことを思っていたのかもしれない。そこにどんな感情があったのかは推し量ることができないが、それはきっと優しさと悲しさに満ちたものだったのではないだろうか。

 真紀は歩いている方を見つめながら、リリィに問う。


「それは、いやだった?」

「ううん、全然。全部を知った今でもそれが嫌だなんて思わない。……今だからこそ、おばぁの気持ちが理解できる。」


 横で歩く真紀のことをちらりと見やり、リリィはそう答えた。

 その答えを聞いた真紀はしばらくの間、黙っていた。リリィも話すことはなく、歩みを進める。住宅街が終わりに近づき、民家やビルなどが密集する路地に入り始める。


「ヤマさんに会っても……やっぱり、どうしていいかわからない。というか、何もできないかもしれない。ベルさんのこと以上に飲み込めていないから。でも……、ちゃんと話を聞きたい。ベルさんのことを聞きたい。ヤマさんのことを聞きたい。……私のことを聞きたい。」

「そっか。」


 リリィが細く紡いだその言葉に、真紀はたった一言だけで返事をする。けれど、嫌な感じはしない。むしろ力強く思える。リリィも真紀もそれ以上は一言も発さず、ただ着実に喫茶店へと向かっていった。



……続く

次話、10/29(日)19:00更新。

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