2- 真紀(2)
そのうち、おばぁが戻ってきてオレンジのゼリーを食べた。果肉も入っおり、凝縮された酸味と甘みが口いっぱいに広がる。三人がゼリーを食べ終える頃にはすっかり外は暗くなっていた。これでは今日帰ることは不可能そうだ。
おばぁは泊っていくようにと、リリィと真紀に言った。帰りの電車やバスの時間も丁度いいものがなかったし、その言葉通り、泊っていくことにした。食事の後はお風呂に入り、ゆっくりテレビを見ていた。あまり言葉を交わすことは無いが、不思議と居心地は悪くない。そのうちに夜は更け、リリィと真紀は、リリィがついこの間まで使っていた部屋に布団を二つしいて、並んで横になる。
「真紀、こんなところまでついてきてくれてありがとう。」
リリィは暗がりの中、横にいる真紀の方を見てそう言う。顔は見えないが暗闇の中から、うん、とだけ返事が聞こえた。天井を見ている彼女の姿が僅かに確認できた。そのまま会話を続ける。
「私ね、ずっと知りたかった。けれど、それはあんまりしちゃいけないことみたいに思えて、聞けなかったんだ。いつかは聞くことになったのかもしれないけど、今日、こんな風にして聞くことが出来てよかったなって思う。……ありがとう、真紀。」
また、うんとだけ言う声が聞こえた。彼女は今、何を考えているのだろう。リリィはそう思う。
「真紀のこと、私知りたいの。教えてくれないかな?」
自分のことを知った。ずっと気になっていたことを知った。そうなるきっかけをくれたのは他でもない、真紀だ。彼女とはつい昨日会ったばかりなのに、さっきみたいにしっかりとリリィの傍にいてくれた。手を握ってくれた。だからこそ今度は、真紀のことを知りたい。そんな風にリリィは思い始めていた。
こちらに来る電車の中ではぐらかされてしまったことをもう一度、聞いてみたくなった。話したくないのならば、無理に聞き出す気はない。けれど、もし少しでも話していいと思うなら、それをきちんと聞いてみたかった。真紀はどうして初めて会ったのと変わらないリリィのことで、こんなにも一生懸命になってくれたのだろう。
暗がりの中、あたしは、という声が聞こえはじめる。
「あたしはリリィに初めて会った気がしなかった。考えてみると、友だちに似てたんだと思う。容姿じゃなくて、雰囲気というのかな。そういうのが似てた。その友達はさ、音楽が好きでさ、すごい才能もあるんだよね。あたし、羨ましくて。あたしも音楽の才能が欲しかった。でも、どうしたってかなわなくて、それで今はもう音楽を止めちゃったんだよね。逃げたんだと思う。」
そんなことないと答えるリリィの声に、ううん、とだけ返して真紀は話し続ける。
「気持ちはまだあるけどさ、今はとりあえず向き合ってない。けど、その友だちのことを恨んでいるわけじゃないんだ。本当に純粋に羨ましくて憧れてた。その子に似てたんだよ、リリィが。なんとなくだけど、凛としたところっていうのかな。似てた。だから、なんか不思議と違和感なく話せたんだと思う。」
部屋の中には明かりがなく、真紀の顔は見えないのに、彼女がまっすぐに天井を見ながら話しているような気がした。
「リリィさ、ここに来る電車の中で趣味を聞いてくれたじゃん。あたしの今の趣味、音楽じゃないんだ。」
「そうなの?何が趣味?」
「趣味って言えるほどなのかは微妙だけど、あたし今、小説書いてるんだよね。フィクションものなんだけどさ、一人の少年の話。その中に出てくる建物のモデルが昨日リリィと会ったSTグループのビルで、実は小説のために下見に行ってたんだ。」
「そうだったんだ。」
真紀が自分のことを話してくれたことに嬉しくなる。
「いつかさ、音楽か小説かわからないけど、形にするから、そしたら感想聞かせてくれない?」
「うん。もちろんだよ。」
約束は未来が存在していることが前提となる。
ずっとこれからも続くことが、約束するときの条件となる。真紀のこれからを想像して、そこに少しでも関われたらいいなとリリィは思った。
夜は深まり、外からはフクロウか何かの鳴き声が聞こえる。一定のリズムで響くその音は、まるで子守歌みたいにリリィたちを包み込み、微睡の中に連れていく。リリィはいつの間にかぐっすりと眠りこんでいた。
……続く
次話、10/26(木)19:00更新。