表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイを愛してよ、  作者: 上森葉月
第2章
15/26

2- 母親(2)

 ベル・ローザ・スティフォール。それがリリィの生みの母の名前だった。初めて耳にすることにリリィも戸惑う。思わず俯き、固まってしまう。すると、横に座っていた真紀が、膝に乗っていたリリィの手をそっと握ってきた。それは言葉もなく、行動だけだったが、リリィに勇気を与える。約束とは何かと、リリィはおばぁに問う。


「あなたを育てるという約束。勿論、あなたを大切に思っていた。でも、あなたを育てることになったきっかけは、あなたのお母さんにそう頼まれたからなの。」

「頼まれた?」

「うん。今でもよく覚えてるよ。リリィのお母さんはとってもきれいで優しかった。」

「ちょっと待ってください。ベル・ローザっておっしゃいましたか?」


 リリィの横に座っていた真紀が口を開く。その名前を知っているような口ぶりだ。

 リリィは真紀に尋ねる。


「真紀、知ってるの?」

「知ってるよ。有名な絵本作家さんにそういう名前の人がいるんだよ。」


 リリィはそんな絵本作家の名前を聞いたことがなかった。


「真紀ちゃんの言うその人がまさにそうだよ。」


 リリィの気持ちは語られる事実に追いつけない。


「とても有名なアーティストだったんだよ。絵本作家としても一流で、有名だったの。」

「そうなんだ……。」

「確か一冊あったはず。」


 そう言っておばぁは立ち上がり、隣の部屋へと消えた。暫くすると、一冊の絵本をもって戻ってきた。


 正方形の絵本は、白一色の中央に黒い字で『ユリのおひめさま』と書かれていた。やわらかなゴシック体で書かれたその表紙は確かに、リリィもみたことのあるものだった。内容はいまいち覚えていなかったが、それでもその本のことは記憶にあるのだ。まさか自分の生みの母が書いたものだとは、リリィも思わない。


「その一冊は、あなたのお母さんにあなたを育てるように頼まれたとき、一緒に渡されたの。読み聞かせたりはしなくてもいいから、傍に置いていてほしいって。」

「……どうして、ベルさんは、私の傍にいてくれなかったの?」

「それは……。」


 そこまで言って、おばぁは口籠ってしまう。不安になり、握られていたのとは別の手を真紀の手の上に重ね、ぎゅっと握りしめる。その先を聞きたくないと、思ってしまう。

 テーブルを見つめたまま、おばぁがゆっくりと口を開く。


「……それはもう、いなくなってしまったからよ。」



「……リリィ?」


 真紀の声が聞こえる。気のせいだろうか。声が少し遠く聞こえる気がする。真紀の手に重ねていた自分の手の甲に、なにかがぽつりと落ちたのを感じる。

 下を見ると、幾つもの跡が見え、次第に視界がぼやけ始める。

 私、泣いてるの?

 突然、リリィの体が横へ引かれる。そして、身体が動いた方へ視線を向けると真紀の顔がすぐそばにあった。真紀がリリィを抱きしめたのだ。真紀の体温を感じて、何だか妙に安心して、どんどんと涙が流れてくる。リリィもぎゅっと真紀を抱きしめ返す。

 どれくらいの時間かはわからない。そのまましばらくの間、そうしていた。

 リリィはようやく落ち着き、おばぁの方に身体を向き直す。


「いい友達が出来たね。」


 そういったおばぁの表情は微笑んでいるような、悲しんでいるような何とも言えない表情だ。


「うん。あったばかりなのに、ずっと前から知ってるみたいに自然な気持ちになるの。」

「良かったね。」

「おばぁ、……続けてください。」


 リリィがそう言うと、うんと頷いたおばぁは再び話し始めてくれた。


「あなたを産んでくれたベルは、とても優しい女性だったのよ。」



……続く

次話、10/24(火)19:00更新。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ