2-3 母親(1)
リリィはおばぁと真紀と一緒の台所に立った。忙しなく作業をするその姿を時折、じっと見てしまうことにリリィは気づいて、ほんのちょっぴりさみしい気持ちになった。ここを離れるまではよくこうして、おばぁと食事を作ったものだ。一つ違うのは、今日は真紀もいる。三人で立つと意外に狭いものだなと、そんな余計なことを感じた。
おばぁはなんだか、突然のリリィの言葉をゆっくりと消化しているようだった。リリィの問いに対する返答を拒否した訳ではない。先ほども一度言ったように、いずれ話すつもりのことだったのだろう。その時が突然来て、今は心の準備が追いついていないのかもしれない。彼女の動き回る姿と、料理の指示をリリィと真紀の二人に出しながらも笑顔の絶えることないその表情を見ながら、そんなことを考えた。
外はまだ明るく、ようやく空が紫がかってきた程度だ。夕食には早いように思えたが、おばぁはテキパキと食卓に料理を並べる。立ち上がった湯気とともに、美味しそうな匂いが部屋の中に充満していく。リリィの好きなトマトのスープもある。真紀もいるからか、豪華な食事に見える。
三人でおしゃべりをしながら食事をした。おしゃべりと言っても、話題はおばぁの出したもので、リリィがいなくなってからの二日間のことだった。
そうしているうちにご飯は食べ終わり、食器を片付けると、再びおばぁと向き合った。彼女はリリィの目をしっかりと見つめながら、語り始める。
「スティフォールは、リリィ、あなたのファミリーネームよ。それは知っているでしょ。」
「うん。こっちにいた時は、あまり話すなと言われてた。」
「そうね。それはスティフォールという名前が、無名ではないからよ。この辺りは人も少ないし、ある程度はその名前の大きさを隠せる。あなたからも、周りの人からも。それがリリィに、ファミリーネームを話さないように言った最大の理由。」
やはりおばぁはスティフォールという名前を知っていた。ずっと長いこと、知っていることさえ、隠していたのだ。
「私や、周りの人にバレちゃいけなかったの?」
「えぇ。それはあまり多くの人に知られるべきことではなかったから。」
「でもどうして?どうして隠す必要があったの?」
「それが約束だったからよ。」
「約束?」
「そう、あなたの本当のお母さん、ベル・ローザ・スティフォールとの約束よ。」
……続く
次話、10/23(月)19:00更新。