2-1 発見(1)
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懐かしき体温
美しき想い出
君との時間がなんども反芻される
それは巡る血液のように不可欠で
儚き新雪のようだ
揺れる命の唄を贈ろうか
この場所に君はいないのに
苔踊る白き石の前に跪く
今も続く日々の向こう側に
幾度となく君をみる
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リリィは前の日にした約束のため、真紀との待ち合わせをしていた。陽は高く昇り、照らす光がじんわりとリリィに熱を伝える。
大学は、昼時なのもあって多くの人が行き来している。皆、学内の南にある食堂に向かっているのだろう。それを見越して、真紀と会うのは西門ということにしていた。講義の終わりに改めて話してそう決めたものの、あまり時間がなく急いでいたため、本当に間違っていないかリリィは不安になっていた。
そのとき、遠くの方から声が聞こえた。
「リリィー!」
真紀が西門から延びる道を歩いてくるのが見えて、リリィも手を振り返す。真紀は昨日とはうって変わって、プリーツの入ったブルーのスカートに白のシャツを着ており、とてもガーリーに見える。
リリィのところまでたどり着いた真紀は、
「ごめん。ちょっと遅れた。講義長引いてさ。ほんと、ごめん!」
と、謝った。リリィも手を横に振りながら答える。
「いやいや、そんなことないよ。大丈夫。それじゃあ、行こうか。」
歩きながら話して、お昼は近くのレストランに行くことになった。フランスパンが有名で、リリィも耳にしたことがあった店だ。
真紀と二人、街のなかをゆったりと歩いていく。都会は人は多くとも、皆同じ方向に同じような速度で歩いている。こちらに来た当初は戸惑ったものの、統一された動きに良くも悪くもすでに慣れ始めていた。
たどり着いたレストランは昼のピークを過ぎたようで、ちょうどよく席に座れた。窓際のツーチェアーの席に向かい合うようにして座る。二階の席だったから、外を歩く人のことも少し先の建物も見ることができた。
話題のフランスパンを食べ、飲み物を飲んでいると、椅子に座り直した真紀が話始めた。
「それでさ、どうするの?」
突然の問いに、リリィは意味がわからず混乱してしまう。
「えっ、どういうこと?」
「だから、ヤマって人のことだよ。昨日会えなかったんでしょ。やっぱり渡しに行くの?」
真紀としては、昨日の会話をしてから心配をしてくれたらしい。眉をひそめて伺う表情が、そのことを如実に物語っている。
「うん。そのつもりだよ。せっかく撮ったしね。ただ昨日はいなくって。もう一度行こうとは思うけど。」
「……よし、リリィ、あたしも一緒に行くから、今日、これからそこの喫茶店に行こう。」
「一緒に?これから?」
「うん。心配だしね。とはいっても、まだ休憩中かな。もう少ししたら行こう。」
「う、うん。」
残りの飲み物を飲み終える前に、追加でフルーツパフェを頼んでみた。予想外に大きくて驚き、二人で笑った。写真を撮ったりしながら、食べ進める。黙々と食べていたが、しばらくして勢いが落ち着くと、再び話し始める。
「そういえばさ、リリィ。昨日の美術展があったビルを、何とかって言う名家が経営してるみたいな話したじゃない。あれね、思い出した。というか、調べたんだけど。」
そういうと真紀はトートバッグから携帯を取り出して、その画面をリリィに見せた。そこにはSTグループの沿革、と銘打たれたページが映し出されており、その中に代表者の名前が書かれていた。
「……ゼルコヴァ・スティフォール。」
「そう。スティフォールっていう家が名家らしくってさ。……リリィ、どうかした?」
リリィは固まってしまった。文字通り、身体も思考も。携帯の画面に写し出されたスティフォールという名前。
「リリィ、大丈夫?」
心配そうに、真紀がリリィの顔を覗きこむ。無意識に考え込んでしまったようだ。真紀の声にハッとして丸くなっていた上体を起こし、周辺に目をむける。それから真紀の方を向いて、呟くようにして話始めた。
「……うん。大丈夫。ごめん、大丈夫だよ。」
「ほんと?顔色良くないよ。どうしたの急に。」
真紀の声も小さく柔らかくなっていた。本当に心配してくれているということがリリィにもわかった。真紀の優しさを感じる。
「私のフルネームって教えたっけ?」
リリィのその言葉に、真紀は首を横にふる。その返答は予想していた。そうでなければ、リリィの今の状態に至ったわけがわかるはずだ。
「私の名前、リリィ・グレィ・スティフォールって言うの。」
「えっ、嘘。」
驚いた真紀は何度も、手に持っていた携帯の画面とリリィとを見比べた。
……続く
次話、10/19(木)19:00に更新。