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ルチルの話  作者: 真草
北の海の王女
7/7

 少女は、男が乗ってきた小舟に乗り込みます。小舟はすぐに海へと漕ぎ出しました。少女は、長い時を過ごした城を、島を、ぼんやりと見つめています。


 島がどんどんと遠ざかっていきます。少女が島を見つめていると、黒い影がこちらに飛んでくるのが見えました。

 影は、少女めがけて一直線に飛んできます。いつかのあの日と同じように。


「王女様、行っては駄目です。お父様の言い付けを忘れたのですか」

黒い影は、鳥でした。鳥は必死に少女を止めようとします。


「姫、その鳥の話しを聞いてはいけません。その鳥は悪魔が化けているのです。嘘を言って、あなたの魂をここにいつまでも留めておくつもりなのです」

「そんな、それこそ嘘です。そいつこそが悪魔なのです。王女様、どうか僕の話しを信じてください」

「ええい、この忌々しい悪魔め! 姫に近づくな!」


 そう言って男は剣を取り出すと、鳥めがけてそれを振るいました。剣は鳥の片羽を真っ二つに切り裂きました。


 鳥は、枯れた葉のように舞い、海へと落ちました。その瞬間、鳥の姿が人間へと変わりました。その人間の顔を見て、少女は驚きました。何と、かつて兄と慕った執事のアイルだったのです。

「そんな! アイル、あなただったの!」

 少女は、人間の姿となったアイルを助けるため、海へと飛び込みました。


「馬鹿め! こっちへ戻ってこい! 愚かな少女め!」

 小舟の上の男が悪態をつきます。今やその姿は、悪魔のものへと変わっていました。


 少女はアイルのもとへとたどりつきました。アイルの片腕は無残にも切り落とされ、唐紅の血が海の青に溶けだし、真っ赤な水たまりをつくっていました。


「ああ、アイルなんてこと」

 傷ついた執事の冷たい身体を、少女は抱きしめます。


「ねえお願いアイル、しっかりして。どうしてあなたは鳥の姿になっていたの?」

 少女の瞳から零れる涙が、アイルの血と混ざり合います。


「王女様、申し訳ございません。僕は冥府へと向かう途中、あの悪魔によって、鳥の姿へと変えられてしまったのです。さらに、それを言うことができない呪いもかけられました。それでも何とか逃げ出して、あなたを見つけることができました」


 ごぽっとアイルの切られた腕のあたりから音がしました。血は止まることなく、赤い水たまりはどんどんと濃く、大きくなっていきます。

「あなたが寂しくないよう、いつまでも一緒にいようと思いました。いつか、冥府への送り人が、あなたを迎えにくるその日まで」

「アイル、私は冥府へなんていけなくていい。あなたと、ずっと一緒にいられればそれでいいわ」


 その言葉にアイルは優しく微笑みました。少女も、泣きながら微笑みを返します。


 そしてついに、アイルの身体がゆっくりと水底へ沈み始めました。


 少女はアイルの手を握ります。少女の手を、アイルが握り返します。その手に、ほとんど力はありません。二人は一緒に沈んでいきます。


 少女とアイルは手を固く繋いだまま、海の底へと沈んでいきます。海越しの太陽が、沈んでいく二人を優しく照らします。


 やがて、太陽の光が届かないほど深くまで二人は沈んでいきました。真っ黒な闇の中でも、二人の手が離れることはありません。


「ねえアイル。もうどこにも行かないわよね」

「もちろんです、王女様。いつまでも、いつまでもあなたの隣にいますよ」


 二人はどこまでも、どこまでも沈んでいきます。


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