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私がこちらに来てから1週間経った。砦での生活も1週間経てば慣れてくる。でも私はまだ人化が出来ていない。精霊達にも何度か聞いてみたが、分からないとしか返ってこなかった。まあ私としてもいつか出来ればいいかなって感じで練習している。それは、私が伝えたいことをギルベルトが察してくれるおかげだ。言いたいことが伝わらないことなんてあまりないから人化する必要がない。ギルベルト様様だ。
「んみゃーう。(よく寝たー)」
私の日課はギルベルトが朝の走り込みから帰ってくるまでに部屋の机に上ることだ。1度机から落ちたときに危ないものや滑りそうなものは全部ギルベルトが片付けた。それからは毎朝の運動代わりに上り下りしているのだ。もちろんギルベルトの許可は貰ったぞ!同じ失敗を繰り返す私では無いのだ!
「んみゃう、んみゃう。」
よし、今日も無事上れた。えー、部屋に異常はーっと。……あれは、ギルベルト?なんでまだいるの?んー?とりあえずベッドに上ってみようっと。
「にゃうにゃう。(布団があると楽に上れるなあ)」
走り込みはどうしたの?ありゃ?苦しそう?そういえば顔も赤い?……風邪!?
「にゃう!にゃー。(どうしよう!誰か連れてこないと。)」
どうやって?私には部屋から出る方法が無いのに?
「みゃうぅ。(あぁぁ、咳も出てる。)」
どうしようどうしよう。もっと人化の練習しとけばよかった!ああ、もう!頭がぐるぐるする!
「みゃう!(もう!)しっかりして!!……あれ?わたし、にんげんになってる!まっててぎるべると。ひと、よんでくる!」
寝室の扉と執務室の扉を開けて、1週間で覚えた副隊長の部屋まで走る。
「おきてふくたいちょー!!はやくあけて!!」
朝早いとかは関係なしに容赦なく扉をドンドンと叩く。
「こんな朝早くから誰?って子ども?」
「れでぃ!」
「れでぃ?……隊長のレディ?」
「そう!あのねふくたいちょう。ぎるべるとがかぜひいたみたい。いむいんさんよんでほしい。」
「白い耳と尻尾があるし、レディで間違いなさそう。……あの隊長が風邪ひいたの?本当に?季節外れの雪でも降るんじゃないかな。」
「くるしそうだからはやくしてほしい!」
「んー、分かった。医務員呼んで隊長の部屋行こうか。ええと、レディは隊長の部屋に先に戻れる?……他のやつに見られたら俺が隊長に殺されそうだからさ。」
「ん、わかった。まってるからね!」
医務員さんを呼んでくれるなら副隊長に用事はもうない。さっさと部屋に戻らないと。ギルベルトと副隊長の部屋が離れてなくて助かった。
「ぎるべると、いむいんさんくるからね。」
あうあう、やっぱり苦しそうだよう。医務員さん早く来てー。
「レディ!医務員連れてきたよ。」
「!!まってたの!こっちきて!」
「はいはいって、うわー本当に風邪ひいてる。」
五月蝿い副隊長が連れてきた医務員さんはおじいちゃん先生だった。
「いむいんさん、ぎるべるとだいじょうぶ?」
「……うむ、ただの風邪じゃな!疲れが溜まっとったのであろう。これなら薬を飲んで大人しく寝ておれば明日には治っとる。あんまり心配しなさんな。」
「うん。ありがとう。」
おじいちゃん先生は薬を置いて帰っていった。……とりあえず薬を飲んでもらうためにもご飯を貰ってこないと!食堂へレッツゴーだ!
「ちょ、待って待って。何処に行こうとしてるのレディ!?」
「ふくたいちょう、うるさい。ぎるべるとのごはんもらってこないと。」
「あー、俺がもらってくるよ。頼むからレディは部屋から出ないで!」
やっぱり副隊長邪魔。私はギルベルトの看病するんだから!
「ええと、あ!ほら、隊長って起きたら仕事しそうでしょ?レディが仕事しないように見張っといて!」
「むむう、わかった。じゃあ、ごはんときれいなぬのとおけがほしい。」
「ご飯、布、桶だね。レディはちゃんと隊長を見張っといてね。」
「まかせて!」
「……これでひとまず安心かな。」
十分ほどで帰ってきた副隊長からスープと布と桶を受け取ると、副隊長は仕事があると言って去っていった。スープの入れ物は執務机に置いておけばいいそうだ。
「ぎるべると、おきて。」
「……ゔゔん?」
「ごはんとくすり。」
「レディ?」
「うん。はやくごはんたべて。」
「あ"あ"。ありがとゔ?」
風邪だからかなあ。なんだかギルベルトの反応が悪いや。
「ごちぞうざま。」
「はい、くすりとみず。」
「ん。……のんだぞ。」
「じゃああとはおやすみ。」
「ああ"、おやずみレディ。……夢か?」
よし、寝た。じゃあ後はギルベルトの頭に冷たい布を乗せて、時々変えればいいだけだ。
「みずのせいれいさん。」
『なあにー?どうしたのー?』
「このおけにつめたいみずとこおりがほしいの。」
『わかったー。……これくらいー?』
「ん、ありがとう。」
早く元気になってねギルベルト。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ん、布?なんだこれ?」
妙に重い身体と頭が不快だ。この感覚は、風邪か?前に熱を出したのなんて何年前だ?
「そういえばレディにご飯をあげてないぞ!?今何時だ!?……ん?子ども?」
長く白い髪と白い肌。ピコピコ動く耳にゆらゆら揺れる尻尾。見たことがない服を着て眠る4、5歳ぐらいの女の子。……それは、ギルベルト=エッフェンベルクの夢に出てきたレディそっくりだった。
「!??あ、え、レディ?あれは夢だったんじゃ?……とりあえずベッドに寝かしておくか。」
椅子に座ったまま眠るレディをベッドに移し、ギルベルトは執務室に続く扉を開けた。
「おっ、お目覚めですか?隊長。」
「あー、どうしてお前が俺の執務室にいるんだ?副隊長。」
「いやー、隊長のレディが部屋から出ないように此処で仕事してたんですよ。……隊長が起きてきたってことは寝ちゃいました?」
「ああ、なるほど。お前の他にあの姿を見たものはいるか?……起きたら寝ていたよ。」
「隊長の診察をした医務員の爺さんぐらいだと思いますよー。多分ですけど。」
「そうか、ありがとう。」
「いえいえ。あのレディの姿が広まると更に王都が騒がしくなりますからね。」
副隊長の言葉に思わずギルベルトも苦笑を浮かべる。実のところ、ギルベルトが今回熱を出したのは王都からのレディ召喚要請をどうにか断ろうと奔走していたからだ。別に永遠に断り続ける気はないが、流石に今回は早すぎた。なんだかんだ言ってレディは緊張しているようだった。ギルベルトは砦の生活に慣れてから、王都に連れていくべきだろうと思ったのだ。
「まあ、真っ白だもんなあ。」
「そうですね、真っ白ですね。」
「今までになかったもんなあ。」
「なかったですねえ。」
「「はあー。」」
白を持つものが精霊の愛し子だという伝承は古くからある。実際に白いものが幸運を運んでくることは多々あった。この国に白い髪を持った姫が生まれると直ぐに戦争が勝利で終わり、白銀の目を持った王子が生まれた時には長年続いた不作が豊作に転じたのだ。国の存続を分かつ程、この世界で白は重要な色なのである。そんな白を全身に持つ猫。それがレディだ。身体の1部に白を持つだけで崇められることがあるのに、全身が白なのだ。それは王都が騒ぐはずだ。今すぐにレディを王宮に差し出せと要求してくるはずだ。レディを手に入れれば幸運が手に入るのはほぼ確定したようなものなのだから。
「せめて、どこかが白じゃ無ければと思う。」
「ですね。そうだったらもう少し平穏に過ごせただろうに。」
「……だけど、真っ白だからこそ幸福に生きられるかもとも思う。」
「……。どっちが幸せなんでしょうね。」
「さあ。それはレディが決めることだ。……王都へは2週間後に出発する。それ以上は延ばせなかった。」
「むしろよく2週間も取れましたね。」
「ああ、熱を出してまで頑張ったかいがあったよ。」
「……そろそろレディが起きるんじゃないですか?隊長が仕事してたら怒りますよ、あの子。」
「そうだな。もう外も真っ暗だしこのまま寝ることにするよ。今日はありがとう。」
「ええ、そうしてください。では、おやすみなさい。」
寝室に戻ったギルベルトは布団の中で丸まるレディを抱えて眠りに落ちた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んにゃ……。ぎるべると?」
あれ?いつのまにベッドに入ったんだろう。しかもギルベルトと一緒に寝てる。……ん、まあいっか。まだ眠いし。ギルベルトも元気そうだし。明日には元通りかな?
「おやすみぎるべると。いいゆめを。」
明日は元気になったギルベルトに人化した姿を見せないと。すっごく褒めてくれるだろうなあ。私は、明日のことを考えながら心地よい微睡みに身を委ねた。
1週間でレディの精神と身体が馴染みました。
それに伴い精神年齢も幼くなってます。
次はレディの名前の話です。