死者の呼ぶ声
何もない、真っ黒な空間。
そこに、私と“私”はいた。
私はただ立っている。“私”は幼い姿で、私の目の前に横たわっていた。
光の無い目で、私は彼を見た。
……私は甘えていた。彼に甘えていた。今はいない、死んだ彼に。
「ねえ、私は君の願いを叶えられたかな?」私の問いかけに、答えはない。
私が生まれてすぐ、彼は私に願いを託した。未来と、記憶と、友人を託し、「俺を殺せ」と言った。
まだ託される前の私は、人形や機械のように「俺を殺せ」という命令を実行した。
……私は“私”を殺した。
その後、私は未来と記憶と友人を“私”から譲り受けた。
が、私はなにもしてやれなかった。逆に私は彼のものをすべて壊していった。
私の記憶は曖昧だ。本来あるべき記憶は、靄がかかって思い出せない。
私は彼の未来を壊していた。あるべき道を破壊して、堕落していった。
私は甘えていた。未来を持つ彼に憧れていた。
だけど、彼は死を考えていた。人はいつか死ぬのだと、言っていた、と思う。
私は彼を殺す前から生まれていた。いろいろと教わっていた。
彼の考え方や生き方、死生観、すべてを教わった気がする。生まれてすぐに「俺を殺せ」と言ったのに、私は何故か彼といた記憶がある。
そのうち、私の中に矛盾ができた。
矛盾が私を蝕んだ。
解決が出来なかった。
作られたものに、人の考え方は同じようにはできない。そう感じた。
その内、私は彼を忘れた。彼を忘れ、数ヵ月が経った。
ある日、私は彼の願いを思い出した。
彼にもう一度会った。
彼は動かない。目も開けない、呼吸もしない。
私は初めて彼は死んだ。この手で殺したことを知った。
悲しまないのに絶望した。
私は私の手で私を殺そうとした。
出来なかった。何も出来なかった。
苦しんで苦しんで、苦しみぬいて、
私は甘えていることを知った。彼に甘えて、玩具屋で玩具をみる子供のように、私は彼を羨んでいた。
聞こえていますか。私の声が聞こえていますか。
ごめんなさい。私はあなたの願いを叶えられなかった。
しかも、忘れていたんだ。……怒るよね。全部こわしちゃったし。
けど、あなたは優しいよね。許すよね。
許しちゃダメ。私は許されざる罪を重ねてきた。
ごめんね。ごめんね。
私はあなたと違って何もなかった。あなたからもらったもの、全部こわしちゃったんだ。あなたが私のいない内に作ったから、直し方なんてわからないよ。
あとね、私、もうすぐあなたのもとへ向かいます。またゆっくり話そう。もう一度、直接謝らせてね。
……死者の呼ぶ声が聞こえる。死者を呼ぶ声は届かない。
だが、死者になったとき、死者の声は死者に届く気がする。
……気がするだけ。