第1章 始まりの朝
ユウタロウはある日の朝起きた時何か変な感覚を一瞬感じた。が、その感覚は次の瞬間になくなっていた…。よくわからないまま買い物に行くために外に出てみると…?
「ふあ…。」
大きなあくびと共に、起き上がる。いつも通りの光景が目に入った。彼の名はユウタロウ。現在大学一年の彼は、ここに下宿して早4ヶ月を過ぎた頃だった。今は8月の真っ盛り。蝉の声で起き、時計を見ると時計は10時を指していた。8月中旬なので大学は休み。暇な1日がまた始まったと感じた。彼は特にサークルや部活には所属していなかったため余計にすることがない。一度は起き上がってみたものの、再び体を横たえた。
「ふう…」
そういえば昨日の夜で食料がほとんどなくなっていたことに気がついた。また買ってくればいいと思っていたが、なんとなくそれだけにためにわざわざ服を着替えてスーパーまで出かけなければいけないのも、面倒でならなかった。しかし、お腹はそれに反するように、ぐう、と音を立てる。
「しょうがないか…。」
ユウタロウはすっと起き上がる。と、その時だった。
〜ふっ…
何かが体の中を通り抜けた気がした。
「ん?」
ユウタロウはその微妙な感覚に、一瞬固まってしまう。が、その感覚はすぐに抜けてしまい、普通の状態に戻る。それが自分の体でわかる気がした。
「なんだったんだ?」
身の回りを見ても何も変わりはない。が、やけに周りが静かである。いつもならアパートの前の道を行く、自転車や車の音、近所のおばさんたちのしゃべる声、鳥たちのさえずりなど、いろいろな音が聞こえるはずなのだが…。
「まあ、いいか…。」
ユウは、着替えると家を出た。が、家を出た瞬間から、ユウは目を疑うことになる。
「あれ?」
ユウタロウは、一瞬理解ができない状況にあった。家から出ると、隣に住んでいる、おじいさんがなぜかドアを開けたまま止まっていたのだ。隣のおじいさんは気のいいおじいさんで、いつも元気なのだが今日はなぜか石のようにかたまったまま動こうとしない。
「おじいさん?」
試しにユウタロウは声をかけてみる。が、返事はない。ふと下を見て、驚いた。
「何が…起こったんだ?」
ユウタロウは理解できずにいた。全てのものが止まっていた。アパートの目の前を行く、自転車に乗った人は足を浮かしたまま止まっている。また、空を飛んでいる鳥さえも止まっていた。と、その時だ。すうっと、何かがユウタロウの横を駆け抜けていった。ユウタロウは必然的にそれを追うように見る。何も動いていないこの状況。空気さえも止まってしまっているのか、さっきまで網戸に打ち付けていた風の音も、あの感覚の後は無くなっていた。それゆえに、動いているものについ敏感になってしまう。その駆け抜けたものを目にして、ユウタロウは惹きつけられる。目にしたのは小さなキラキラと光る球状の何かである。それが辺りをゆっくりと彷徨うように、あちらこちらへと移動していたのだ。
「なんだ…?これ。」
ユウタロウはそれを追った。何も動いていない今の状態の中で、唯一動いているそれがなぜか気になった。それに、その光る物体が綺麗で、ついていきたいと思ったということもあった。アパートの前の坂を登っていくその球体は、ゆっくりと動くので歩いていてもついて行けるペースである。球は坂道を蛇行しながら進む。まるで家を訪ねて歩く業者か何かのようだ、と半ば思いつつ球状の何かを追う。坂を上りきった球体は今度は道の横の森の中へと入っていった。その森は、鬱蒼と木が茂っていた。ユウも必然的にその森の中に吸い込まれるように入ろうとする。が、ふと思い出したことがある。それは地元の友達から聞いた話だった。
〜「あの森って何かあるのか?」
「知らねーのか?あの森って神隠しの森って言われてんだぜ?」
「神隠し?胡散臭いな…都市伝説じゃないのか?」
「そう言って行ったやつが何人かいたらしいが、帰ってこなかったって噂があるぜ?」
「それ自体が都市伝説っていうんじゃないか。」
「まあ、信じるか信じないかはお前次第、ってことだな。」
「へえ…〜
都市伝説であるのは確かなことである。ネットを見ても幾つかの書き込みがあるくらいだ。が、今この状況下では都市伝説とは言えないのかもしれない。そう感じる自分が、心の奥底のどこかにいるのも確かだった。だが、ここで動くものを森って失ってしまい、もし他に動くものに出会えなければそこで終わりかもしれないと、焦っている自分もいた。その結果。ユウタロウはひたすらにその球体を追っていた。森は都市伝説の噂のせいか、誰も立ち入っていないようだった。一応道らしきものはある。が、整備されていないため、木の枝がいちいち足に当たって痛い。森の木々の枝々が進路を阻むが、それでも唯一動いているものについていかない訳にはいかない。それは本能であるのかもしれないと、思い始めていた。ゆらゆらと揺れながらあるところまで走ると、その球体は急に動かなくなってしまい、一部に浮き続けた。そこは森が一部だけ開けたある場所。陽の光がまぶしく差し込む。ユウタロウはなんとなく周りに何かいないか木の陰から警戒しつつ、辺りを見回す。しかし、辺りには何もない。それを確認して、ユウタロウはそっとその球体へ近づく。
「何なんだ…これ…。」
ユウタロウはそっとその光に触れてみる。
と、触れたその瞬間だった。
「ヴォン…」
急に低い音がして、ユウタロウは手を離す。が、もう遅かった。
それに触れた瞬間に、そのちょうど真下の辺りから穴が開き始め、それがユウタロウの方に向かって伸びてくる。
「うわっ!やべえ…!」
ユウタロウはすぐに逃げようとする、が、なぜか足が糊で固められたように動かない。よくアニメやテレビで見る、恐怖心で動かせない、というわけではない。まるで足に魔法がかかったような、そんな感じだった。そしてその穴は、すぐにユウタロウを飲み込んでしまった。ユウタロウは必死で助けて、と叫んだ。しかし、それも無駄だった。ここは、すでに時間の止まった世界であることに気づいた時には、もう既にユウタロウの姿は見えなかった。ユウタロウを飲み込んだ穴は、しばらくするとまた元の通りの森の大地へと戻ってしまった。そしてその数分後。
辺りは、蝉の声で包まれていた…