コンビニエンスストア
目的地は海へと決まった。助手席のサイカも楽しそうな顔だ。
「ちょっとコンビニ寄っていいか?」
走りだして間もなく桐吾が尋ねる。先ほど財布を覗いて中身が残り少ないことに気づいた。つまりコンビニのATMを利用したいということだ。
「いいよ」
ということで。二人はコンビニへやってきた。
店の中は冷房がきいており、その空気は二人の肌を一気に冷やした。
「ちょっと待ってろ」
桐吾はそう言うとレジの横に設置されているATMへと向かった。彼がATMを操作している間、サイカはホットフードをまじまじと眺める。
「カラアゲ美味しそう……」
そう呟き、ポケットを探ると百円玉が二枚。
「買おう」
そう言ってレジの店員の前へ行こうとした瞬間。ずい、と。一人の男が割り込んできた。
「ちょっと――」
サイカが文句を言おうとしたその時。男は拳銃を取り出した。
「金を出せ」
店員に銃を突きつけた男はニット帽とサングラスを着用していた。明らかにコンビニ強盗だ。おまけに図体もでかい。店内には数人の客。いずれも動けずにいる。
「う、撃たないでっ……!」
店員は銃を凝視すると喉から絞り出したような声で懇願する。
「金出せば撃たねえよ」
早くしろ、と強盗の男はせかした。
「はいっ……はいっ……」
店員は怯えきった顔でレジスターを操作する。しかし震えるその手は上手く操作できない。
「早くしろって!! あっちのレジからも出してもらうからな! 急げ!」
強盗は大声でまくしたてると銃を振って店員をせかす。
と、そんな白昼堂々と行われているコンビニ強盗の真横で。少女サイカはぽかんと強盗を見つめている。そんなサイカに気づいたのか、強盗は彼女を一瞥すると。
「何見てんだ!? ああ!?」
怒鳴り散らす。そんな強盗の鬼気迫る様子に臆する様子を一切見せず。
「それ、暑くないの?」
強盗の頭を指さしてそう言った。
「は?」
サイカの一言に空気が一瞬止まる。
「いやだって絶対暑いって。真夏だよ!?」
「うるせぇよ、このガキィ!」
空気の読めない一言にぶち切れた様子のコンビニ強盗。銃を持った右手でサイカへ殴りかかった。それを少女は。ひょいと、さも余裕そうに避ける。
「な、に避けてんだテメェ!」
かわされたことにさらに苛立った男は立て続けに殴りかかる。が、しかし。やはり当たらない。ぶんぶんと腕を振り回す男、ひょいひょいとかわす少女。サイカは攻撃を避けながら「あと」と切り出した。
「そんな危ないモノ、人に向けるのは良くないよ。ケーサツに行ってもらうからね」
そう、静かに言った。ぞくり、と。男の背を寒気が撫でる。思わず数歩後ずさり。
「なんなんだよ、テメェ……!」
そこで男は自分の手に握られた武力の存在を思い出した。ジャギ、と撃鉄を起こすとサイカへ向ける。
「近づくな! そこでじっとしてろ!」
「やだね」
少女はゆっくりと歩み寄ってくる。
「来るなよ! クソ!!」
男は引き金を引こうとするが、目の前の少女に弾を当てる自信が無い。たった一、二メートルしか離れていないのに。
「クソがァ!」
そこで男は銃をレジの店員に向けた。強盗とサイカとのやり取りを見てぽかんとしていた店員だが、急に顔が強張る。
「じっとしてろ! こいつ撃つぞ!」
銃を小刻みに振りながら、「撃つ」という言葉を強調する。それに対して、サイカは。床を軽く蹴ると、間をすぐに詰める。そして、
「撃ってみなよ」
拳銃を握る男の手を握り締めた。
「っぐ、ァ」
ギシギシ、と。拳銃が軋む。中学生か高校生のようにしか見えない少女の手は万力のように拳銃と強盗の手を締め付ける。
「や、め……折れ……」
パキッ、と銃が悲鳴をあげたその時。
「そこまでだ」
入り口付近から声。ちらりと視線をやると、ニット帽とマスクの男。サイカが相手にしている男より小さいが、手には拳銃。さらに悪いことに、一人の少女が人質になっている。
「仲間いたんだ」
「そういうこった。残念だったな」
もう一人の男が低い声でそう言う。
「ったく、コンビニ襲うだけでなんでこんなめんどいことになんだよ」
そう愚痴ると。ガチ、と撃鉄を起こす。そして、人質の少女へ銃を当てる。サイカはぴくりとも動かない。
「ほら、早くそいつの手を離――」
と、そこまで言った瞬間。
「残念だったね」
サイカがにやりと笑った。その視線の先には極めて面倒くさそうな表情。
「ぅらあっ!」
桐吾が少女に銃を向ける男を殴り飛ばした。
「あー、いってぇ」
手をぶらぶらと振りながらコンビニ駐車場の縁石に座る桐吾。サイカは傍らに立って笑う。
「かっこよかったよ、トウゴ」
やっぱり、と続ける。
「頼りになるね」
それを聞いて桐吾は呆れたような目をサイカへ向ける。
「お前以上に頼りになるやつがいるかよ」
と、そこに。
「あの……」
一人の少女が声をかけてきた。白に近い長い金髪。痛みの少ない透き通った綺麗な髪。人質になっていた少女だ。
「ああ、さっきの。けがはない?」
桐吾が立ち上がりながら少女へ問う。
「大丈夫です。あの……ありがとうございました」
俯き気味の目に少しかかった長めの前髪を揺らしながら、少女は深々と頭を下げた。
「いいって」
ぽりぽりと頭を掻きながら桐吾は言う。そしてサイカも、
「町の平和を守る者として当然だよ」
ない胸を張る。
「町の平和?」
頭をあげた少女が今度は首をかしげる。するとサイカは桐吾の方へと顔を向けた。
「ほら、アレ見せてアレ」
「あー……」
めんどくさそうに桐吾が財布を取り出すとカードを抜きだした。それを少女へ見せる。
「あの制度知ってるっしょ? そういうこと」
なるほど、と少女は頷いた。
「私の名前はサイカ、覚えておくといいよ!」
「なんでだよ」
自信満々の顔で言い放ったサイカの頭を桐吾が軽くはたいた。その様子を見て、少女は伏し目がちな眼のままクスリと笑った。
「ちゃんと覚えておきますよ。私の名前は波瀬美束です。また何かあったら助けてくださいね」
そう言って、ミツカと名乗った少女は手を差し出した。サイカもそれに応じて手を差し出す。と、二人の手が繋がれそうになったその時。ピリリリリ、と。美束のポケットから電子音。
「あっ、すみません。電話です」
そう言って美束は手を引っ込めるとスマートフォンを取り出し耳にあてがった。サイカは少々残念そうに両手を頭の後ろに回す。
「もしもし、ナ……永田さん、どうしましたか?」
美束は電話に出るとサイカたちに背を向けてしまった。何回か言葉を交わした後耳からスマートフォンを離す。
「すみません、学校の先輩でした。このあと用事ができちゃったのでもう行きますね」
美束は何やら急ぐ様子で頭を下げる。
「ん、わかった。気を付けてな」
桐吾がそう言うのを聞いて、美束はもう一度頭を下げ足早に去って行った。