ヒーロー
救急車の赤いランプ。反響に反響を重ねる刑事たちの声。交通規制に対するドライバーの怒号。そんな中で、一見場違いな少女がぽつんと独り。
「おつかれ」
そんな少女へ声をかけたのは保護者の桐吾。彼はサイカへミネラルウォーターとハンドタオルを手渡す。
「ありがと。でも……」
サイカは受け取りながら沈んだ顔を桐吾へ向けた。
「なんだよ、どうかしたか?」
「……間に合わなかった」
暗い顔で落ち込む少女。つい先ほど、連続殺人鬼を軽く叩き潰した少女にはまるで見えない。
桐吾はそんなサイカを見て、
「何言ってんだ」
背中をパンッと叩く。
「お前は全力を尽くしただろーが。普通なら何十分もかかる距離を十分かからずに走ったんだぞ、お前は」
それに、と桐吾は続ける。
「今夜は誰も死ななかった。お前のおかげだ」
手を背中から肩へ移すとポンポンと叩いた。
それでもサイカは納得しきれていないようだ。眉間にしわが寄っている。
「そんな顔してると早く老けるぞ」
ぐりぐり、と。桐吾に眉間を指で押されてサイカは「うぎゃーやーめーろー」と頭を振る。と、そんなところに。
「やーやーおつかれさーん」
尾賀。へらへらと笑いながら二人のところへ来た。
「サイカちゃんサンキュー」
サイカへ向かって手を立てる尾賀へ対して彼女は複雑そうな表情。
「でも――」
「ちょっとこっち来て」
何か言おうとしたサイカを遮って、尾賀は手招きしながら歩き出した。彼の進行方向を見て桐吾も気づいた。
「ほらいくぞ」
サイカの手を引いて歩き出した。尾賀へついていくと一台の救急車。中には負傷の刑事、小田がいた。
「あ、けーじさん……」
サイカが彼に気づくのと同時に小田も彼女に気づいてらしい。サイカのほうを小田が見た。
小田は何か言おうと口を開いたが、それよりも先にサイカが口を動かした。
「あ、あの、私コラボレイターなのに遅くなって、その、けがもそんなさせちゃって、ごめんなさい」
しどろもどろに。目も泳がせながら。謝罪を口にした。
それに対して小田は、
「へ?」
目を丸くして間抜けな声をあげた。
「何を言ってるんだ、君は」
「へ?」
こちらも一言、間抜けな一文字。
「君がいなかったら俺たち死んでたんだぞ。感謝してもしきれんよ」
はっはっは、と小田は笑う。
「それに謝るのはこっちだ。俺たち刑事が不甲斐ないばっかに君みたいな女の子に無茶させて」
すまないな、と刑事は言った。
「すまないねぃ」
尾賀も後に続くが、
「あんたには全然気持ち入ってないな」
と、桐吾。はいはい黙ってて、と軽くあしらわれた。
「俺にはあの時」
呆れた目で尾賀を見ていた小田は再びサイカの方を向くと、
「君がヒーローに見えたよ」
いやそれじゃ男になっちゃうか、と小田は頭を掻く。
「ひーろー……」
サイカは茫然とした表情を浮かべる。全く信じられないといったような表情だ。
「だってさ、よかったなサイカ」
話が終わったのを見計らい、トウゴはサイカの頭をくしゃっと撫でた。
「…………、うん!」
先ほどあんなにも落ち込んでいた少女が浮かべたのは満面の笑み。そこには複雑なのか単純なのかよくわからない少女がいた。
「あ、尾賀さん」
小田の乗る救急車をサイカと共に見送ってから、その場を離れようとする尾賀へ桐吾が声をかけた。
「ん、なんだい?」
尾賀が振り返る。
「報酬なんですけど」
「うん」
「一か月分の監視カメラの維持費に当てて、残りを振り込むようにしてください」
にやっ、と。尾賀は笑いながら。
「いつものことじゃないか。言わなくてもわかってるよ」
それに対して桐吾は。いやー、と気だるそうに。
「なんか尾賀さん、言わないと危なっかしくて」
それを聞いて尾賀は糸目を少し見開く。笑って見える顔の奥には鋭い眼光が潜んでいた。しかし、そんな眼もすぐに糸目の奥に隠れる。
「ひっどいこと言うねぇ、大丈夫だよ、安心してって」
「それならいいっすけど」
クマの目立つ目と笑っているような糸目が視線を交差させる。
「そうだ」
そう切り出したのは尾賀。
「最近変な事件多くなってきてるんだ。まだ俺たちの手で何とかできてるけど、何か起こってるかもしんないよ」
「…………」
桐吾は反応を示さない。いぶかしげに糸目の奥を覗こうとする。が、しかしそれは叶わずに尾賀は手をひらひらと振る。
「んじゃ、またよろしく」
それだけ言うと彼はサイレンの光の中に消えていった。
残された桐吾はだるそうにため息をつく。少し離れたところで待っているサイカの方を見ると、彼女の元へと歩いてゆくのであった。