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ヒーローサイカ  作者: 赤桐傭兵
裏路地の通り魔
5/8

魔弾と射手

 ●REC カグラミヤ大通り裏路地1

 ●REC カグラミヤ大通り裏路地2

 ●REC カグラミヤ大通り裏路地3

 ●REC カグラミヤ大通り裏路地4

 ●REC カグラミヤ大通り裏路地5

 ●REC カグラミヤ大通り裏路地6

 ●REC ニシキヤ通り裏路地1

 ●REC ニシキヤ通り裏路地2

 ●REC ニシキヤ通り裏路地3

 ●REC カラシャ通り裏路地1

 ●REC カラシャ通り裏路地2

 Etc…etc…


 霧崎桐吾の網膜に無数のカメラ映像が映る。どれも暗い裏路地のものだ。人影は無く、たまに動くものといえば野良猫ぐらい。その微かな存在でさえ彼の目は逃さない。

「今回の犯人、通り魔は隠密に長けている。ってことは人目を避ける。には、裏路地を通るに違いない」

 ここは夜風に吹かれるとあるビルの屋上。一際高い位置にある貯水槽の傍らに立つサイカ。寝そべってタブレットを見つめる桐吾。そして、その二人を見守る尾賀倫司。三人はまだ日の出ている午後からここにいる。

 尾賀は続ける。

「それは分かるんだけど、昨日の今日で町を出歩くかなぁ」

 刑事として何かが欠落している尾賀係長は不真面目そうな顔で頭を掻く。答えるはタブレットから目を離すことのない桐吾。

「間違いない。犯人は毎晩人を殺してて自信もついてるはず。それに昨日あんたらの同胞ぶっ殺してその自信も相当強化されてるはずだ」

 少し物騒な物言いで言う桐吾だが、尾賀はぴくりとも動じずに答える。

「なるほどねぇ。ここらへんでとっ捕まえとかなかったら厄介だ。町のみんなもめっきり外を歩かなくなっちゃったし」

 活気がないよ、とビルから下の通りを見下ろして尾賀は言う。

「それにしても、リストにあげて俺らを呼ばなくてもこの映像は警察でも見れるでしょう。なんでわざわざ」

 桐吾は疑問に思う。それに尾賀はあっさりと、

「いや、カメラいくつあると思ってるの。把握しきれるの君ぐらいだよ」

 答える。それにめんどくさいし、と。

「自動顔照合機能だってそちらの技能班がつけたでしょ?」

「似顔絵しかないし」

 霧崎も見たでしょ、と尾賀はあからさまなため息をついた。

 つまり、桐吾たちは便利屋として呼ばれたわけだ。まったく、喜んでいいのか悲しめばいいのかわからない。報酬がもらえるのだから手を抜くはずはないが。

 ――――と、その瞬間。

「サイカ」

 桐吾の声。サイカは跳ねると貯水槽から桐吾の元へ。桐吾は無線へ向かって、サイカへの指示も兼ねて言う。

「こちら霧崎。発見した。カブライ通りだ。今いる位置は二番目のカメラ位置」

『こちら本部、近くにいる者は急行しろ』

『こちら中本、了解した。小田とともに向かいます』

 途端に無線が騒がしくなる。桐吾は報せを終えるとサイカの方へ視線を移す。

「行けるな?」

「うん」

 それだけ言うと、サイカはビルからビルへ駆け出した。




「げっ、ぇぇ、へへへぇ」

 気味の悪い笑い声のような音が暗い裏路地に木霊する。無精ひげを撫でながら目をぎらつかせるその様は、まるで得物を探すゴブリンか何かのようだ。

 男は自分が最近噂の通り魔であることがうれしくて。

「へっへへ、俺が。俺が通り魔ですよ。殺人鬼でござぁぁい。俺こそが、へ、へへへ」

 ぶつぶつと独り言が漏れる。

 もっと見ろ、俺を。もっと広めろ、俺を。もっと恐れろ、

「俺をぉ!」

 へへへ、と涎を垂らしながら歩を進める。

 今日はどうしようか。一週間くらい前から殺し始めて。未だに警察は俺を捕まえられない。それどころか、昨日殺った。

「殺ってやったぜぇ。俺はやれるやつだ」

 警察? いつでもこい。殺してやる。殺して殺る。

 男は自信と狂気に淀んだ目で路地の暗がりを見つめる。男はこの事件が協力捜査の対象とされ既に自分の姿も捉えられていることに気が付いていない。気が付くはずもない。

 と。後方で微かな音が響いた。

「…………」

 男は裏路地に設置されている監視カメラを見る。ちょうど真上にある。

「っひ、げぇへへ」

 男はにやつくと。ふらふらと、裏路地の闇を往く。




 夏夜の生暖かい空気が肌を撫でる。

 昼間の感覚を思い出して。ビルからビルへ、たまに信号機や電柱を伝って、夜の空を縦横無尽に駆けてゆく。ビル、信号、電柱、看板、ビル、と一際大きなビルへと上り、また次のビルへ。町の光がサイカの目に反射する。

 この光は。サイカと桐吾が守るべき光だ。

『男がカメラの死角に入った。気を付けろ』

 桐吾の声だ。これは自分が行かなくてもかいけつしてしまうか、とサイカは少し不満げに前方を見やる。

 ――しかし。気を抜くな。サイカは脚に力を込めると、強くビルを蹴った。




 カーンカラカラカラ、と。狭くて暗い路地に空き缶の転がる音が木霊した。

「っ?」

 刑事中本は音の発信源へ拳銃と懐中電灯を向ける。明かりに照らされて見えたのは相棒の小田の足。

「驚かすなって。小便ちびるとこだったぜ」

 中本は前へ向きなおすと再び前進を始めた。

「何言ってんだ。そんなことで小便ちびってたら刑事なんてやってらんねぇよ」

 中本の少し後ろをついてくる小田は小声だが力強くそう言った。

犯人が死角に入った、という報告がコラボレイターの青年からされたのは、つい一分ほど前だ。犯人は裏路地監視カメラについてよく知っているらしい。となると、この土壇場で役に立つのはやはり現場の刑事の目ということだ。

「こういうの久しぶりだな、小田」

 突然、中本は小田へ声をかけた。警戒は怠らず、小田も答える。

「そうだな、やっぱ現場で活躍するのは俺らじゃないとな」

 だが、とも言う。

「そろそろ応援も駆けつけるだろうからな。無茶は禁物だ」

「…………。ああ、そうだな」

 中本は少し不満そうだが、しかし分別はあるようで。重く同意した。

 ――――と、その時。カァン――、と。音がした。

「!?」

 二人の刑事は凍り付く。突然の音に身体が反応したのもあるが、それに加えて。音は、二人の後方から、響いてきたのである。裏路地の闇を割るかのような音。

凍り付いた二人の刑事は数瞬で金縛りを解く。そして同時に振り返り、警戒を向けた。二つの懐中電灯から発せられる光線の先に人影はない。

「なんだ? 猫か、何かか?」

 小田は中本への呼びかけも兼ねてそう言った。しかし中本は、分かっていた。後方から聞こえた音が何だったのか。

 耳元に感じるねっとりとした吐息、気味の悪い笑い声を感じ取って。後方からの物音は罠である、と気づいていた。

「はぁぁぁあぇへへへ」

 一連の出来事はほんの数秒のことだった。ほんの数秒のうちに、刑事中本は鮮血を噴いて倒れていた。




 恐怖。

 刑事である小田が明確な危機を目の前にして感じたのは、単純に恐怖だった。

 ほんの少し前。相棒の中本が血を流して倒れているのを目視した次の瞬間だった。手の拳銃を血にまみれて立つ男へ向けた。が、しかし、男のほうが動き出すのが早かったようだった。男の手のナイフは月明かりを赤く反射しながら小田の手を切りつけていた。拳銃は小田の手を離れ、路地を転がった。

 そして、今。

「へ、へへへへぇ」

 件の連続通り魔は血濡れのナイフ片手に笑っている。

「裏路地はっく、暗いからぁあ。う、上を何かが飛んでっても気づかない、いでしょ?」

 小田は沸騰しそうな頭で通り魔の言葉を整理しようとする。男はつまりこう言っている。

 暗い路地裏。その闇を利用して気づかれないように、二人の後方へと物を投げて音の罠を発動させた、と。

「く、っは、へへへ。警察なんか屁でもねえや。かーんたんにこ、殺せちまう」

 通り魔は恍惚とした表情でナイフを小田へ向ける。このままでは殺される、どうにか、しなければ。と小田は手の痛みを抑え考える。

目の端には血の海に沈む中本の姿。一見、死んでいるかのようだが、よく見ると微かに動いている。血が噴出したと言っても傷は浅かったようだ。手はしっかりと傷口を抑えている。まだ、生きている。しかし、時間の問題だ。このままでは間違いなく二人は死ぬ。

「おい……待て。いいのか……? 早く逃げな

 ぐさり、と。肩にナイフが突き刺さる。

「駄目、駄目ダメだぁーーめ。じ、時間かせぎなんてさせねえええよ」

 絶望。もはやこれまでか。死を目前にして小田は中本を見やる。大丈夫だ、まだ生きている。このままいけば興奮している男は中本には気づかないかもしれない。中本はもしかしたら助かるかもしれない。

 頭を巡るは走馬灯。親、家族、友人、同僚、これまでの人生。小田の頭を走る想いとは関係なく、通り魔はぐにゃりと顔をゆがめて笑んだ。

「では、っはっはへぇ……殺ろうか――シ、ねッ」

 男が、肩からナイフを引き抜くともう一度突き立てるために振り下ろした――、その、刹那。


――――――『サイカ、そこだ』


夜の空から少女が降ってきた。緑色の髪を風に揺らし。右手に銀の棒を強く握りしめ。

「ど、りゃあァ!!」

 大きな声とともに、少女は落下しながら右手を大きく振るった。右手に握られた銀の棒は通り魔の頭を的確に捉えた。ゴッ、という鈍い音が炸裂し、通り魔の男は数メートル吹き飛ばされた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 サイカは大きく息を吐きながら小田の方へ向く。

「っ、はぁ、はぁ、遅れて、ごめん」

 手当て、と呟きながらノースリーブのパーカーのポケットからガーゼやら包帯やらを取り出した。

「お、俺は大丈夫だ。それより中本の方を……」

 小田は目の前で起きたことをうまく飲み込めないまま、しかし中本を救うために彼の方を指さす。

「へ、うあっ大変。早く手当てを……」

 と、もう一セットの救急用具を取り出そうとした時。

「へへへ、げっええへへ」

 気味の悪い、笑い声。サイカは声の方を向く。通り魔が起き上がっていた。

「し、死ぬかと思ったぜ」

 頭から軽く血を流しながら、淀んだ目でサイカを見据える。

「……手加減したとはいえ気絶してないってびっくりだね。あなたランクAでもいいんじゃないの」

 サイカは手の救急用具を小田へ手渡してから男の方へと向きなおった。

「刑事さん、それ使ってあっちの人の手当てしてくれるかな」

「あ、ああ」

 サイカは小田と中本を守るように、通り魔と二人の間に立ちふさがる。

「町のみんなを怖がらせて、許さないよ」

 澄んだ緑の目で男の濁った目を睨み返し、敢然と言い放つ。男は足元に落ちていたナイフを拾い上げ、ぴくりと頬を動かした。

「てンめえぇぇぇ……俺の楽しみ……邪魔してんじゃネェヨォォォォ!!!」

 怒声を上げ、ナイフを振りかざしながら、通り魔たる男は猛進。

 対してサイカは。静かに。銀の棒を握る右手に左手をそえ、力を込めると。

「うるっ、さいッ!!」

 力強く、勢いよく、振った。

 ただ一直線に突っ込んでくる男のがら空きの脇腹を、重い金属の塊が抉るように打つ。

「ッ!! がっ……ぁ……っ」

 圧倒的な力によって、ナイフを持った殺人鬼は暗い路地に叩きつけられた。


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