幽閉少女
晩乃葩第四作目。
誰も来ない暗い森の奥にある、大きくて立派なお屋敷に、一人の少女が住んでいました。年は十四くらいでしょうか。大きなリボンやフリルが付いた、薄いオレンジ色のドレスを身に纏っています。少女はいつも、広い子ども部屋で、たった一人で遊んでいました。沢山のぬいぐるみやお人形、豪華なドールハウスに囲まれている少女の整った顔に、笑みは見られません。
「もう、飽きちゃった」
少女は、抱きかかえていた古びたクマのぬいぐるみを、びりびりに引き裂いてしまいました。あっという間に、ぬいぐるみはただの綿と布きれになりました。少女は、中から飛び出た綿に顔をうずめて、ウトウトし始めました。
少女は、外の世界のことを何も知りません。生まれてからずっと、この部屋に一人きりでいるのです。病的なまでに白い肌が、それを物語っています。母親や父親の顔も見たことがありません。写真や肖像画も残っていません。そもそも、自分に親なんてものはいるのだろうか。それさえも、少女は疑問に思っていました。
さて、このお屋敷には少女以外に、一人のメイドがいました。このメイドが、いつも少女にご飯やおやつを運んできたり、お屋敷の掃除をしてくれたりするのです。ドアをノックする音が、薄暗い子ども部屋に響きました。ぎぃ、と音を立てながら、重々しい扉がゆっくりと開きます。その音を聞いて、少女は少し気怠そうに体を起こしました。今日もメイドは、少女にスコーンと紅茶を持ってきてくれました。美味しそうなお菓子や薄くて繊細で綺麗なカップを見ても、少女の顔は暗いままです。それは、メイドが決して自分にそれ以上のことをしてくれないのを知っているからなのでした。メイドはいつも食事だけ置いて、さっさと部屋を出ていってしまうのです。
少女はまだ幼かった頃、何度もメイドに言いました。
「ねえ、一緒に遊んで。一人ぼっちでお人形遊びしても、ちっともつまらないもの」
しかし、メイドは首を横に振るばかりで、少女の相手をしてくれることはありませんでした。その瞳に、少女は映っていませんでした。そんな一方的な会話を繰り返し、少女も今ではメイドに話しかけなくなっていました。それどころか、何を見ているかわからないメイドの瞳に、恐怖さえも感じることもあるのでした。
やはりメイドは、いつものようにおやつを置いてさっさと部屋を出ていきました。メイドは、気味が悪い程礼儀正しくお辞儀をし、入ってきたときと同じようにゆっくりと扉を閉じました。少女はその姿を横目でちらりと見てから、テーブルに置かれたスコーンに手を伸ばします。少女のティータイムが始まりました。しかし、甘い筈のスコーンからは、さっぱり味が感じられません。そう、薄暗い部屋の中、一人きりで食べるスコーンが美味しい筈がありません。ぱさぱさとしたスコーンの生地が、少女の口の中の水分を奪ってゆきます。口の中を潤おそうと、一口だけ口を付けた紅茶の苦味だけが、少女の口の中に広がっていました。
ティータイムを終えると、少女はまたいつものように、一人きりのお人形遊びに戻ります。レースが沢山付いた、ピンク色の可愛らしいドレスを着せたお人形に、猫なで声で話しかけます。
「一人ぼっちは寂しいの。一緒に遊んで頂戴」
当然、返事はありません。それでも少女は話しかけ続けます。しかし、どんなに一生懸命話しかけても、お人形は頷きさえもしません。
「どうして、みんな私のことを無視するの? 私寂しいよ。誰か遊んで。私とお喋りして」
お人形の手首を掴んで、何度も何度も、床に叩き付けます。勿論、そんなことをしても、返事が返って来るわけがありません。そうしているうちに、お人形の手は千切れてしまいました。それでも、少女はお人形が可哀想だと思うことはありません。
「あーあ、もう壊れちゃった。私と遊んでくれないからいけないのよ」
全部全部、みんなのせい。私が一人ぼっちなのも、外へ出られないのも。少女はぽつりと呟きました。壊れてしまった可哀想なお人形を無造作に放り出します。そして、玩具箱の中から少女の顔と同じくらいの大きさのゴムボールを取り出すと、少女はまた一人きりで遊び始めるのでした。
少女は、心の中で願っています。そのことに自分自身、気付いていないようですが。それは、決して叶うことのない願い。それでも、心の奥底では未だに諦めきれない願い。
「誰か、私をここから連れ出して」
いつか、少女を救ってくれる誰かが現れるのを待ち続けています。
息抜きに書きました。
私自身楽しんで書けた作品なので、楽しんで読んで貰えると嬉しいです。
描写を意識して、ちょっと頑張ってみました。
これからも晩乃葩をどうぞよろしくお願い致します。