最終電車
発車のベルが鳴る。
大きな溝を踏み越えれば、貴方と私は別の世界に。
[窓に反射する私の顔は]
煌びやかな場所で、私達は手を取り合った。氷の様な私の手も、貴方が握ればじんわりと温もりが溶けだしていく。
幸せな1日を過ごした。それは貴方が”デート”と言うならそうなのだろう。
あっという間の時間は楽しかった証拠。それは貴方も同じだといい。
自然と歩幅は小さくなって、連なるお店のショーウインドウに目が行く。
何処に来たのか、誰と来たのか。鮮明に記憶に刻んで置きたくて、隅々まで見渡した。些細な置物も、小さな模様まで。
足踏みした私を気にかけて、止まってくれる優しい人。それが見かけだけだとしても、今日の私には痛いくらい嬉しかった。
もうすぐ終わる1日は、もう二度と戻らないもの。この夜の匂いも、風の強さも、目に染みるイルミネーションも、二度と見れない。そこにずっとあるものなのに、もう、一生。
腕を少し引いて、「入っていい?」と尋ねた。頷いた貴方は、私に冷たくて甘い。
少し時間をかけて、「何悩んでるの」なんて聞かれて、「これが欲しい」と指さした。
お揃いのキーホルダーは無理矢理付けさせた。揺らりとケータイに揺らめくそれは、私を安心させる。
「帰ろうか」
傷を付けるその言葉を、私は受け止めた。溢れ出る血を無視して、隠して、そうして笑って頷く。
いい子になりたいわけじゃない。いい子なわけじゃない。でも貴方の前ではいい子でいるフリしか出来なかった。
徐々に遠ざかる閉店の音楽に、泣きたくなる気持ちを抑えて歩き出した。
「楽しかった?」
疲れ混じりの声に、眠たげな私の声で返事をする。
「うん、とっても」
上を見上げると、都会の光で霞む空にまばらに散らばる星。遠くて、冷たくて、寂しい。私の捨てた気持ちみたい。
「また来ようね」
口先だけの約束。それは果たされることなんて無いって気付いてる。それで騙されたと思うのは貴方だけ。
「うん、また来たいな」
何処でも良い。貴方と居れるなら何処だってそこは確かな思い出として飾られるのに。
近付く終わり。まるでシンデレラ。
だけどガラスの靴は置いていかない。きっと貴方は捨ててしまうから。
改札を抜けて、自宅方面のホームへ。
昔は送ってくれたのに。2人遊び疲れて寝ちゃったり、そんな幸せな時期だってあったのに。
もう貴方はそれをしない。これ以上は踏み込んでこない。
するりと抜けた指を追って、人差し指だけ強く握った。
困ったように笑ったから、私は何でもないというように笑ってみせた。
電車が来るというアナウンスがあって、本当に私達は指を離した。
「じゃあ、気をつけて」
「うん、今日はありがとう」
滑り込む電車を横目に、名残惜しくて動けない。そんな私を貴方は優しく押した。
「ほら」
「……またね」
発車のベルが鳴る。
乗り遅れないように、急いで乗り込んだ。貴方はそれに続かない。
溝に隔たれた私達の距離は、手を伸ばしたら届く筈なのに届かない。
小さくキーホルダーを振れば、貴方も優しく笑って自分のを指さした。
「ずっと持ってるから。貴方もずっと持ってて」
「分かった」
扉が閉まる。物理的にも壁が出来た。もう、これでおしまい。
バイバイ、と口パクして手を振る。貴方も手を振った。泣きそうな顔は許して欲しい、だって本当に一緒に居れないことが悔しい。
ゆっくりと動き出して、直ぐに貴方の姿は消える。もう見ることのない姿は、目に焼き付いただろうか。忘れないといいのに、そう願ってもきっと忘れてしまうんだろう。
私は未来行きの最終電車に連れ去られた。
貴方はもう、何処にもいない。
だけど私の手には、まだキーホルダーが。