RED
「目をつぶって、一番好きなひとの顔を思い浮かべてみてください」
オリヴィア先生の言葉に従い、クラスのみんなが目をつぶった。
俺もいったんは目を閉じたが、すぐに開いた。
前方に座っているセイの姿を確認する。
そして、もう一度目をつぶった。
セイと俺は、同じ幼稚園に通っていた幼なじみだ。
幼稚園時代の俺は、からだも態度もデカかった。
いわゆるガキ大将というヤツである。
同じ時期に入園したセイは、すぐに気になる存在になった。
田舎のちいさな町では、東洋系の容姿を持つセイはひどく目立っていたんだ。
気になるものを見つけたヤンチャな幼児が、どんな行動を起こすか想像してほしい。
…………あの頃の自分をボコボコにしてやりたい。
当然のごとく俺は嫌われた。
時間が経ち、小学生になった今も、それは変わらない。
目が合うと怯えたような顔をされる。それから、ウサギみたいに逃げられてしまう。
仲良くなりたいと思っているのは俺だけなんだ……。
「贈る相手は決まった?
それでは、配ったカードにメッセージを書いて、バレンタインカードを完成させてください。
書体を工夫してもいいし、イラストをつけてもいいわね。
メッセージは、プリントに書いてある言葉を参考にしてもかまいませんよ」
そうだ、今は授業中だった。
気をとりなおし、机の上のプリントを見る。
それにはバレンタイン向きの言葉がいくつかセレクトされていて
その中のひとつは、俺でも知っている有名な詩だった。
Roses are red. バラは赤
Violets are blue. スミレは青
Sugar is sweet. 砂糖は甘い
And so are you そしてあなたも
「なに真剣に読んでんだよ。今の聞いた?」
隣の席のケビンが、俺の椅子を蹴ってきた。
顔を上げて見ると、まわりのみんなはもう作業を始めている。
「出来上がったら、後ろに貼り出すんだってさ。
間違っても宛名は書くなよ。悲惨なことになるぞ」
俺は金髪碧眼の美少年を横目で見た。
お前が特定の相手にカードを作って公開したら、大騒ぎになるよな。
言われなくても書かないさ。
俺には、バレンタインカードを贈れる相手なんかいないんだ。
放課後、適当に時間を潰して教室に戻ると、もう誰も残っていなかった。
教室の後ろの壁の前に立ち、目当ての物を探す。
確か右端の真ん中あたり。
セイのバレンタインカードだ。
さっきはたくさんの生徒が群がっていたから、じっくり見ることが出来なかった。
バラの花とスミレの花のイラスト、短いメッセージ。
もちろん宛名は書かれていないが、fromの部分にセイのサインがある。
それからその横に、見たことのないマークが書かれていた。
なんだ?何かの暗号か?
ふと、視界に違和感を感じた。
よく見ると、所々不自然な空きスペースがある。
誰かに剥がされたような跡だった。
ケビンのカードを探してみる。
確か牛の絵が描かれたヤツだ。チラッと覗いた時、なぜ牛?と思った覚えがある。
(後で聞いたらペットのダルメシアンだった。母親に贈るつもりだったらしい)
……やっぱり無い。
あいつのファンが、こっそり剥がして持っていったんだろう。
おそらく他のカードも、似たような理由で剥がされ、持ち去られた。
口元が緩む。
そうだよな。
好きな子の手作りバレンタインカードは、どんなことしても欲しいよな。
目で数えると、カード形の空きスペースは五つあった。
おそらく明日の朝には、もっと増えているだろう。
あたりを見回し、誰もいないのを確認する。
そして
壁に手を伸ばして、六つ目の空白を作った。