表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/17

第拾五話:慟哭

「……お兄ちゃんが人を……」

 開かれた琴音の瞳。驚きと、決して認めたくはない事実がそこにあったのだ。

「ごめんなさい……でも本当のことなの……」

 事実を伝えはした。しかし、それが本当に良かったことなのか。

 語り部には正解は判らない。だから、なのだろう。それを語り終えた時、瑞穂の口をついたのは謝罪の言葉だった。

「でもね……私も『魔』に堕ちた人間を殺めたことはあるわ……殺人者という意味では、蒼司さんと同じよ……」

 しかし、続ける。それは弁解でも、正当化でもない。それとて単に事実なのだ。

「『魔』の力を行使する者は、私たちじゃないと止められない。もちろん、無力化させるだけで済むのなら、それに越したことはない。絶対に殺すワケじゃないわ……でも――あるのよ……」

 震えを見て取れる、目の前に座る少女の細い体。そこまでの距離は、手を伸ばしきらずとも届く程。

 だが、瑞穂にはそれが絶対的な距離を持つものだと感じられた。

 その身震いの真意が解らない。

 怯え、恐怖。

 不安、拒絶。

 否定的な言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 琴音はその震えを止めることが出来ないままに、幼馴染だったはずの少女を凝視している。

「――聞かせて」


 ――私は逃げない。

 ――私はアイツと一緒じゃない。

 ――同じじゃダメなのよ……!


「――それを知っても、今までみたいに私を信用出来る? 私との関係を続けることが出来る?」

 意を決すると、その視線を避けることなく、真っ直ぐに受け止め、瑞穂は訊ねていた。

 暫しの沈黙。

 そして、琴音はゆっくりと頷く。

「……瑞穂は瑞穂だもの……私にとって、貴方はかけがえのない人。それは変わらないよ。瑞穂の言葉は信じられる」

 開いた口から送られた言葉。

「ありがとう」

 感謝と共に、世界の裏に生きる少女は微笑んだ。

 それは何物にも変えられない宝物のような言葉だった。

 一つ、息を飲むと、感激に震えていた陰陽師は語り出す。

「だったら――」

「だったら?」

 瑞穂の言葉を反芻して、幼さの残る可憐な少女は次の言葉を待った。

「――お兄さんは信じられない?」

 返事の声はない。しかし、琴音は大きくかぶりを振った。

「私もよ。……私も蒼司さんが理由もなく、『魔』ではない人間を殺めるとは思わないわ」

 信用に足る人間。事実、青年は自身の窮地を救ったのだ。

 自分が敵対する勢力――陰陽寮に属する退魔術師だと知りながら。

 そして、その戦いの後に、彼は瑞穂に言った。

「……『滝口や、陰陽寮の掟では護ることの出来ない人々がいる。ならば、私は『魔』に堕ちようとも彼らを救いたいのだ』……」

 その言葉を、そのままに。瑞穂はその妹である少女に伝える。

「貴方のお兄さんは、単に人殺しじゃないわ……」

 瑞穂は続ける。それにもう一度、琴音は頷いた。気が付けば、彼女の震えは止まっている。

「でも……」

 しかし、その口から漏れた否定へと続く言葉。

「間違ってるよ……」

 そうとだけぽつりと零し、琴音はゆっくりと立ち上がった。

「琴音?」

 少女を見上げると、瑞穂は彼の人物の妹の名前を口にする。

「……『魔』なんていう普通の力じゃないものに立ち向かうのは解る。でも、間違ってると思う。人に人を裁く権利なんてない」

「琴音……」

「教えて。お兄ちゃんのいる場所を知っているんでしょ?」

 力強く少女は言った。

「知ってどうするの?」

「止めるの。私がお兄ちゃんを止める」

 瑞穂の問いに、間髪入れずに琴音は答えてみせる。

「……そうよね……詩緒じゃ役不足なのよ……」

「瑞穂?」

 視線を背け、囁いた瑞穂の声は琴音には届かなかった。

「河原くんの屋敷よ。私は大丈夫だから。気をつけて行ってきなさい」

 そして、再び少女を見上げると、陰陽師は彼女の欲した答えを提示する。

「ありがとう」

 その答えに微笑みで返すと、琴音は一目散に駆け出した。

 その背中に迷いは見えない。

 前を。ただ前を見据えながら、走り行く琴音の姿は、瑞穂の視界からすぐに消えた。





「ちっ!」

 小さく漏らす、焦り。

 詩緒は童子切の鋭い刃を、ぎりぎりに回避することで必死だった。

 読めないのだ。

 童子切から発せられる邪気が、その担い手の気配を隠す。

 その邪気に紛れ、敵は動き、斬撃を仕掛ける。

 否。それだけではない。

 その邪気は蒼司へと少しづつ、少しづつ取り込まれていくのだ。

 それに応じて、魔剣士の動きが変わって行く。剣速が、その身のこなしが徐々に加速して行く。

 今は、詩緒の対応できる、ぎりぎりの動き。

 しかし、それが明らかに上限ではないことを推して知れる。

 白刃が閃く。

 それこそが、まさしく閃くという形容。

 滝口の反応は、終に追いつかない。

「ぐっ!」

 詩緒の口から痛みが漏れる。

 当然の如く、それを少年は避けきれなかった。その刃に黒いシャツが袈裟に裂かれる。

 それでも、どうにか致命傷は回避させていた。

 しかし、左肩には深い裂傷が生じている。だらりと力なくぶら下がる左腕を、血が流れ落ちる。

「……強くなり過ぎたのかも知れんな……」

 不意に蒼司の声が前方で起こった。

「何!?」

 驚愕。

 言葉と共に、詩緒の顔にそれが浮かぶ。

 気が付けば、敵は少年の目の前に立っていたのだ。

 易々と斬間に、詩緒の占有していたはずの空間に侵入を許していた。

 その体に負傷を負わせた太刀筋は見えてはいた。来る事が解っていた。だからこそ、死という最悪の事態は免れた。

 だが。その男がそこに現れたこと。それは完全に虚を付かれていた。

 反応の限界の向こう。敵がその領域に足を踏み込んだということ。

 それが示すのは、ただその事実だった。

「私とお前とでは、すでに次元が違う……そういうことなのだろう……」

 蒼司が寂しげに笑った。それは錯覚だったのだろうか。

 直後、詩緒の体が弾ける。

 何をされたのかを理解するのに、一瞬のラグが詩緒には生じていた。

 打撃に生じた衝撃。それが彼を襲ったものの正体。鈍い痛みが走り、少年が状況を把握した時には、その体は宙を舞っていた。

 黒衣の滝口が勢い良く、後方へと飛ぶ。地面に数回、全身を叩き付けながら転がる。

 童子切の刀禍が与えたのはスピードだけではない。パワーとて然り。

 それは担い手の身体に、人の次元を軽く凌駕させる力を与えているのだ。

 そこに居るのは人間『源蒼司』でありながら、刀禍の主『鬼の王』に限りなく近い存在。

「……不思議だが……柾希が生きていたのならば、今の私とでも互角に戦えそうな気がするのだ……」

 薄く微笑み、それは呟く。その目は、激しく地べたを転がる詩緒へは向けられてはいない。虚空を、ただ映す。

 遠く離れた先。そこでようやく勢いを殺した少年。

 彼が求めた人物の弟は、血を吐き捨て、ふらりと立ち上がる。

「……同感だな……」

 そして、同意してみせる。

 詩緒にも予想出来ないことだった。兄が戦いに於いて、遅れをとる姿など想像も出来ない。

「お前の限界はそこか? 私はまだ、本気を出し終えてはいないぞ?」

 ゆっくりと視線を、自身が過去に統率していた組織の、決別した組織に属する少年に戻す。

「……どうだろうな……」

 詩緒は自身のことながら、訝しげに返した。

 しかし、そうは言いながらも、剣術の、自身の戦闘能力という点では、すでに現状の限界に達していることを詩緒は感じている。それどころか、この僅かな命の遣り取りで、驚くほどそれが伸びたと、自覚さえ出来ていた。

 後に残された要素は――。

「……そうか……」

 不意に、詩緒は自嘲して見せる。

「……お前に限界はあるのか?」

 そして、敵へと向けて問う。

「ない……と言えば嘘になるな。――童子切に籠もった怨念は深い。無限なのかも知れん。……それを力に変換し、受け入れるには、人の器では限界があるさ」

 嘘偽りなく、蒼司は答えた。それを伝えて不利になることは、何らないのだ。

「……そうか」

 呟き、滝口は力が入り辛くなっている体に、無理やりに戦闘態勢を取らせる。痛みを殺し、満足に動かない左手さえも柄へと添えさせる。

「……死んでも後悔しないよう……お前の持てる全力で来い……その上でお前を殺してやる」

 それ自体にも、その魔力がある様に。殺伐とした視線を詩緒は見せた。

「……退け。勇敢と無謀は違う」

 少年の台詞の真意を、蒼司は悟った気がしていた。

 相手は自身を追い込み、持てる力の総てをかける気なのだ、と。

 互いの状況が全てを物語っていた。誰が判別しようとも、同じ判断を下すはずである。

 圧倒的優位に立つ者と、絶対的窮地に立たされた者。

 二人の関係は、それでしかない。

「――再戦の機会をやる。その時こそ、お前の最終判断をさせてもらおう……少なくとも、柾希に変わる可能性は見出せた……」

 静かに。自身の希望とさえ言える言葉を蒼司は続けた。

「……可能性? 何の戯言だ? 俺には貴様の酔狂な趣味に付き合う気はさらさらない……死んで兄と戯れろ」

 しかし、返された答えは、当然の如くの否定、拒否。吐き付ける台詞は、いつもの少年のものだった。

 だらだらと流血をさせながらも。負傷による影響や両者の有利、不利などの力関係はそこにはない。

 滝口として。武士もののふとして。少年は敵に立ち塞がるのみ。

 空が光を放った。

 それは稲光。遅れて轟く雷音。

 騒音ノイズ。落ち始めた激しい雨が、辺りを、二人の剣士を打つ。

 それすらも聞こえていない様に。詩緒はその刀を正眼に構え、その集中を維持し続ける。蒼司の思惑通り、次の一手に総てをかけるべく。

 蒼司は童子切をゆっくりと構えた。

 理解したのだ。

 この少年を止める手は、自分にはそれしかないのだと。

「……そうか。……ならば、ここで幕を引くだけのこと」

 悟りのように、蒼司は呟く。

 直後、魔剣士は動いた。先に放った言葉が殺すべき相手に届くよりも速く。そう思われる瞬間にその身は距離を詰め、詩緒を童子切の斬間へと捕捉している。

 童子切が命を消失させるべく閃く。

「何!?」

 妖刀を閃かせながら、蒼司は異変に気付いた。

 詩緒はただ意識を集中し、それを斬るべく動いていたのだ。


 虚空を裂いた刃。

 童子切の太刀行きの前に、輝きを放ったのは鬼切だった。

 それは柾希が使いこなした退魔の名刀。その冠する銘により『魔』を断つことに特化した聖刀。


 形ないものでさえ、その意志の力が働けば断てる。

 刀はそのための武器もの


 柾希あにに出来ていて、詩緒おとうとに出来ていなかったこと。

 それは鬼切それを使いこなしているか、いないか。


 蒼司の感じた異変の正体。それは自分の体の変化。刀禍に強化させた身体能力が失せていたのだ。

 いや。失せたのではない。

 斬られていた。

 鬼切という刀の特性を活かし、意志の力を完璧に制し。

 渡辺詩緒という剣士は、数多の術者が祓えなかった鬼の王の呪を断ち斬って見せたのだ。

 だが。その滝口が斬ったのはそれだけだった。

 それを切り裂くことにのみ、集中させていた少年。それに総てを捨てた剣士。



 童子切の刀身は、詩緒の体に深々と埋まっていた。

 背中を抜け、雨に混じり、刀身を朱が流れる。



 蒼司は、その身に纏っていた『魔』の力を斬られただけ。

 詩緒の放った先の斬撃に、その身には一切の傷はない。

 少年を殺すべく突き出した童子切はそのままに。

 狙いは寸分違わずに、黒衣の少年の左胸を刺し貫いていた。

「……見事」

 蒼司がぽつり、賞賛する。

 先の詩緒の一手。

 それはいずれは到達したいと彼さえが想う、極めの一手であった。

 ただ心底、感服し、その域に達した少年を称え、敬する。

 そこで潰えようとする剣士を。

 確かに、刹那、少年は剣の頂に至り、青年を凌駕して見せたのだ。

 折り重なった二人の影。稲光がそれを雨に濡れた地面に落とした。

「……私は私の道を歩み続けねばならん。そういう宿命さだめか……」

 大粒の雨を降らす天を仰ぎ、蒼司は呟いた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ