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92、秋の夜長に

 

 今夜は週に一度のお楽しみがある日である。

 お風呂上がりにテキストの宿題ページを適当に埋め終えた弓奈は、寝る支度をして後輩のあかりちゃんからもらった桃色のイヤホンをカバンから取り出した。

『10月7日金曜日の午後8時30分。秋の夜長に女学園ラジオのお時間です。金曜日のお相手は私二年C1組の鈴原紫乃です。短い時間ですが最後までお付き合いしていただけると嬉しいです』

 時間ぴったりである。弓奈の楽しみは紫乃の校内放送なのだ。部屋のスピーカーは勉強机左手の壁についているのだが、イヤホンやヘッドホンがあれば枕元のジャックに差し込んでベッドで横になりながら放送を聴くことができるのである。弓奈は部屋の電気を決してお布団に潜り込んだ。

『お便りがかなりたまっているので本日の放送は質問コーナーの特集にしたいと思います。ここでひとつ注意ですが、お便りは放送室のボックスに入れるようお願いをしているのに、私の部屋のポストに入れる人が多くて最近困ってます。やめて下さい』

 弓奈は布団の中でくすくす笑った。紫乃ちゃんのクールな声が耳元で聞こえる。

『番組中でお読みするお便りは抽選で決めるのでくだらない質問はくれぐれもやめて下さい。それでは本日の一枚目をボックスから引きたいと思います』

 実は弓奈も放送室に紫乃ちゃん宛てのお便りを書いているので運がよければ彼女に読まれるかも知れない。

『はい、一枚目のお便りは一年生のポンポコさんからです。・・・いつも思うのですが、どうして皆さんラジオネームなんですか。名前はこちらで伏せますので本名と一緒に責任あるお便りの投稿をお願いします。まあ今日はいいでしょう。読みます。鈴原さんこんばんは。こんばんは。突然ですが、私はいま恋をしています。相手は二年生の先輩で、私だけじゃなく色んな人から好かれているすごい人です。私はいつもその人のことを考えていて、たまたま見かけたときなんかはずっと目で追ってしまいます。もうあの人のことで頭がいっぱいで勉強も手につかず、夜も眠れません。相談なのですが、私はどうすれば以前のような調子を取り戻せるでしょうか。告白をするべきでしょうか。鈴原先輩のご意見をお聞かせください。というお便りです。なるほど』

 明らかに弓奈に関するお便りであり、聴いている弓奈自身もなんとなくそれを察したが気づかないふりをし現実逃避した。

『まずあなたの言う「以前のような調子」というのを私は知らないのでなんとも言えないです。ですが、あえて結論を出すならば告白をするべきではありません。告白された方の身になって下さい。迷惑です。恋なんて下らないものに時間を費やしている暇があるなら勉強と芸術活動に取り組んで下さい。気の毒ですが、これはくだらない質問です。出直してきて下さい』

 バッサリである。学園には紫乃に冷たくあしらわれることにキュンキュンする者も多いので、彼女たちは今頃部屋で悶えていることだろう。弓奈もお便りの少女には気の毒だが、かっこいい紫乃ちゃんの活躍に胸が高鳴った。

『二枚目のお便りを選びます。はい、これにします。三年生のボッティチェリさんからのお便りです。偉人の名前を堂々と名乗らないで下さい。読みます。鈴原さんお久しぶりです。誰ですか? 本名を名乗ってもらわないとお久しぶりか私には分からないです』

 先輩に対しても物怖じしないこの姿勢。弓奈は布団の中でけらけら笑った。

『えー、私は近頃悩んでいることがあるのでお便りを書きました。実は私エレベーターがこわくて乗れません。狭くて、薄暗くて、落っこちそうだからです。でも今時どこへ行ってもエレベーターはあるし、そのうち学園の寮にもエレベーターができるのではないかと、気が気でありません。私は一体どうしたらいいのでしょうか。階段を使って下さい』

 弓奈は声を出して笑ってしまった。迅速な回答が紫乃の売りである。

『三枚目のお便りは、こちらです。三年生の鈴原紫乃さんからのお便りです。勝手に私の名前を使わないで下さい。私はお便りなんて書いてないです。読みます。えー鈴原さんこんばんは。こんばんは。私の最近のマイブームはスカートめくりです。すれ違いざまに後輩の子のスカートを後ろからつまんでひょいっと持ち上げるんです。みんなきゃあって鳴くのですごく楽しいです。というわけで私からの質問です。鈴原さんはスカートめくり好きですか? 嫌いです。ひどいお便りです。今年で3番目くらいにひどいです。これを聴いて明日からスカートのすそを警戒する生徒が続出すると思われます。ですが安心して下さい。今日のお昼休みにスカートめくりの罪状で職員室に呼び出されて厳しく指導された愚かな三年生が一人いたので、このお便りを書いたときのやんちゃな彼女はもう学園に存在しません』

 廊下で突然スカートをめくられたり髪をくんくんされたり抱き付けれたり胸を揉まれたりする弓奈は、えっちな生徒たちの取り締まりを強化してもらいたいとずっと思っていたが、いざ犯人の少女が先生に叱られた話を聞くと少々胸が痛い。100年に一回くらいならスカートをめくらせてあげてもいいなと弓奈は思った。

『四枚目を選びます。はい、こちらです。学年不明のスモモさんからのお便りです。学年くらい書いて下さい。本文を読みます。鈴原さんこんばんは。こんばんは、もう少し字は丁寧に書いて下さい。えー、私は最近早口言葉にハマっています。休み時間は友達と早口言葉の出し合いをして勝負をします。なかなか上手く言えませんがとても楽しいです。そこで、鈴原さんが知っているオススメの早口言葉があったらぜひ教えて頂きたくお便りを書きました。これが読まれたら嬉しいなぁなんて思いながら書きました! というお便りです。おめでとうございます。読まれました』

 弓奈は自分のお便りがなかなか読まれなくて残念である。

『そうですね。教えてあげます。美術室技術室手じゅちゅっちゅ。じゃなくて・・・美じゅちゅ室技術室しゅ術っちゅ。しゅじゅっちゅ・・・。これはくだらない質問です。二度とお便りを書かないで下さい。次へ行きます』

 紫乃が怒っている。まさかあのクールな紫乃ちゃんが早口言葉が言えず顔を真っ赤にしているなんて弓奈は夢にも思っていない。

『五枚目です。えー、二年生のオトナリさんお便りありがとうございます』

 弓奈の胸はトントンと駆けだした。オトナリさんというラジオネームでお便りを投稿したのは弓奈なのだ。なにしろ座席も部屋もお隣りだからである。

『読みます。鈴原紫乃さんこんばんは。こんばんは。鈴原さんが今までで一番気に入っているご自分のニックネームを教えて下さい。なるほど、随分短いお便りですね』

 面と向かっては訊けないが、もし本人の口から素敵なあだ名が出て来たらいつかこっそり使ってみようと弓奈は思ってお便りを書いたのである。

『ニックネームですか・・・そうですねぇ』

 珍しく紫乃が悩んでいる。弓奈は布団の中でイヤホンのささやきに耳を済ました。

『の、のんちゃん・・・』

 弓奈は息を飲んだ。まさか「紫乃」の「乃」をフィーチャーした可愛いニックネームがあり、それを本人が気に入っていたとは・・・おそらく弓奈だけではなく全リスナーが凍り付いている。

『や、やっぱり今のは取り消します! わ、忘れて下さい。今日はくだらないお便りばかりです・・・。次の一枚で最後にします』

 明日もし紫乃に「のんちゃん♪」などと声をかけようものなら友情に亀裂が入らないとも限らないのでやめておこうと弓奈は思った。

『本日最後のお便りは・・・はい。これにします。一年生の、カロリーゼロにはご用心さんからのお便りです。鈴原さんこんばんは。こんばんは。鈴原さんはいつも同じクラスの倉木弓奈さんと一緒にいますが、付き合っているのですか?』

 二秒黙ったら放送事故らしいが、この時の紫乃はおよそ一秒半ほど言葉を失っていた。

『え!?』

「え!?」

 放送室の紫乃と寮部屋の弓奈は空間を越えて声を揃えた。

『な、なにを言っているんですか! 論外です! ク、クラスと生徒会と、あ、あとは色々、複数の集団を偶然にも共有している二人が、ひ、必要に応じて、目的に即して行動を共にしているだけです!』

 弓奈は紫乃を応援した。二人がラブラブだなんて噂が立ったら紫乃ちゃんに迷惑が掛かり、距離を置かれてしまうかもしれないと弓奈は思ったからだ。

『ととにかく違います! そんなくだらないことを勘ぐっている時間があったら、べ、勉強とげいじゅちゅ・・・あ! もう! 今夜はこれで終わります!』

 紫乃は明日の天気を駆け足で述べてから女学園ラジオのクラシカルなエンディングテーマをかけ放送を終わらせた。イヤホンが黙ってからも弓奈はベッドの上でぼんやり天井を眺めていた。

 耳が真っ赤だった。

 

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