90、脇役たちの休日
駅前商店街には北から秋の風が吹く。
「あんた普段どんな曲聴くの」
舞と舞の友達は仲良く駅前へお買い物に来ていた。
「私? ホワイトホエールとかメリー・ラーションとか。あとはダブステップ」
彼女たちは体育祭の一件以来しばらく会話もしない時期があり険悪なムードになっていたのだが、ある日どういうわけか舞は何事もなかったかのように友達に接し始めた。今では二人ともすっかりいつもの調子を取り戻している。
「は? なんで洋楽ばっかなの」
「なに・・・別にいいでしょ」
「ていうか、ホワイトホエールとメリーは分かるんだけどダブステップってなに」
「どばばば、うぃーんみたいなジャンル」
「うわー! あのうっさいヤツかぁ。あんた趣味わるいね。脇役なんだからさ、もっと目立たない趣味のほうがいいよ」
「・・・舞のほうがうるさい。なんで私が脇役なの」
「うちの人生の脇役」
「つねるよ」
二人は買い物に来たのだが、服を買いに行くのであればアパレルショップの充実した隣町のシャランドゥレタワーへ行ったほうがよい。わざわざここへ来たのは目当ての店があったからである。
「ここここ。これ全階CDショップだからね」
「なんだ。舞が買いに来たのってCDなの」
「なにあんたもしかしてダウンロード派ぁ? やな感じ。本当のファンならCDを買うんだよ」
まだなにも言ってないのに舞の友達は責められている。
「で、舞の好きな歌手って誰なの」
「テイクシックスとAkaneと山石レイナ。三人とも今日シングル発売だわ」
「ごめん。Akaneしか知らないんだけど」
「はぁ!?」
舞はレジ前の新作シングルをつかみ取って友達に突きつけた。
「これがテイクシックス! こっちが山石レイナ! 試験に出るから覚えときなマジで」
「なんの試験・・・」
舞は怒りながらシングルを3枚買った。不機嫌な表情でCDを買っていく客は全国的に見てもあまりいないだろう。
「おーい。なにしてんの」
舞がレジのおねえさんに訝しまれているあいだに、舞の友達は売り場を見て回っていたのだ。
「あ、クラシックのCD。生徒会の鈴原さんが放送でよくかけてるけど、私も結構好きかもと思って」
紫乃はアルバイトで放送部を任されている。放送部といっても部活動ではなくれっきとしたお仕事であり、二学期からの彼女は好評につき週末の夕食後の校内放送を任されている。自分の部屋のスピーカーをオンにしない限り部屋で聴くことはできないがほとんどの寮生が彼女の放送を聴いていて、とっても真面目な学園談義に寝る前のひと時を預けている。
「あんたあんな放送聴いてるの。業務連絡と学園豆知識と質問コーナーとフランス語講座ばっかでつまんないじゃん」
「なんでそんな詳しいの・・・」
ここで舞の友達はバッハのCDを手に取って冗談をかましてみた。
「マイ受難曲」
「は? あんたなに言ってんの」
舞にクラシックは分からなかったようである。
「ねえ舞。食べる?」
舞の友達は喫茶店のデッキでパンケーキのお皿を差し出した。メープルの葉もれ日が彼女の頬を温めている。
「いらなーい」
舞は知らん顔で白いナフキンを折り鶴にしている。布巾や箸袋でなにかを折る少女はひとクラスにおよそ一人の割合で必ずいる。舞の友達はそんな彼女の様子をそっと見つめていた。
舞の友達は舞が好きだった。クラスで出会い、入部届けを一緒に出しに行った日からずっと。三年生部員が引退して部長を任されたのが舞だったが、彼女の補佐役、副部長に選ばれたのは舞の友達だった。これは舞に欠けているものを舞の友達が持っていると先輩が判断したということであり、彼女はそれが嬉しかった。
舞はちょっと悪そうな目つきと白く尖った犬歯がなんとも恐ろしく、おそらく小さい子には嫌われるタイプだが、舞の友達に言わせてみればそれが彼女のチャームポイントであり、夢に見るほどセクシーなのだ。そして意外にも舞は読書が趣味らしく分厚い百科事典をいつも持ち歩いていたりして、そのギャップにも近頃やられている。
「さっきからなに見てんの」
「ほっぺにクリーム付いてるよ」
「まじ?」
折り鶴を惜しみなく口の周りに押し付けてクリームを除去した舞は、不意にその視線を駅前のバス停に遣って叫んだ。
「あ! あいつ!」
デッキチェアをがたんと鳴らして舞は立ち上がった。
「倉木じゃん! やば! あいつ駅前とかくるんだ。ちょっと追いかけよ。行くよ! いつまで食べてんの行くよほら」
「え、ちょっと待って!」
秋の日に揺れる舞の美しい髪を追いながら舞の友達は思った。脇役でもいい・・・脇役でもいいから、どうかずっとそばにいさせて下さい・・・もしも神様がいるというのなら、彼女の願いを聴いてくれたのかもしれない。
「あれ、あいつどこいった?」
舞は弓奈を見失ってしまったのだ。
「残念。いなくなっちゃったね」
「まじ意味わかんない消えたー。あいつ消えたー」
駅前のレンガ道には九月の風が雑踏に紛れてそっと渦を巻くばかりである。
「舞。帰ろ」
「帰るかぁ。お腹空いたし」
「食べたばっかりじゃん・・・」
「いや、あんなのノーカウントだから。うちは24時間365日空腹なの」
舞の白い歯がにっと覗いたのを見て、舞の友達は照れてうつむいてしまった。
「んじゃ、走って帰るかー」
「は、走るの!?」
「匍匐前進でもいいけど」
「・・・走る」
「よーし行くぞー。ファイトー」
二人の影は銀杏並木に紛れ、ひとつになって坂を駆け上がって行った。




