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89、学園祭会議

 

 会議は難航していた。

 昨年の学園祭で生徒会が運営した『生徒会喫茶アンナ』は好評に好評を重ね学園の歴史の新たないちページとなったため、間違いなく今年の学園生徒達、並びに来校者たちは昨年と同様かそれ以上の期待をして十月の到来に首を長くしているはずである。

「なので今年も喫茶店をやるべきだと思いまーす!」

 あかりは両手を上げて発言した。彼女はすっかり生徒会に馴染んでおり会議にすら参加しているが実は正規の会員でない。

「あかりさん・・・そう簡単にはいかないんです」

 書記を務める紫乃はいつだって冷静である。彼女はすっかり生徒会の中心となっており、誰よりも熱心に仕事をしている。

「あら、そんなことないわ。今年も喫茶店をやってもいいのよ」

 小熊会長は相変わらずマイペースである。彼女はすっかり生徒会室を美術室と思い込んでおり、会議中だろうが気にせずコンテをキャンバスに走らせている。

「あー・・・私はもうウエイトレスするの慣れちゃってるんで別に喫茶店でもいいですよ」

 弓奈は遠い目をして言う。彼女はすっかり諦念の感に支配されており、学園祭をモテずに過ごす挑戦を既にやめている。

「弓奈さんまで・・・これを見て下さい」

 紫乃は紫色のファイルから掲示申請の届いているA4サイズのポスターを一枚取り出した。

「卒業制作、フィナンシエの香り?」

 弓奈とあかりは声を合わせて読み上げた。

「三年生の先輩方が学園祭で行う演劇です。小熊会長はこれの主役に選ばれているじゃないですか」

 卒業制作。それは論文とは別に生徒たちに課せられた重要なお仕事であり、特別決められた形式はないのだが学園祭の日に時計塔ホールにて脚本からキャスト、舞台演出にいたるまで全て自作の演劇が行われるのがここ十数年の慣例である。今年の三年生も春先から国語科の授業時間を拝借して脚本のアウトラインを募り、投票で選ばれた一名が夏休み返上で責任を持って脚本を完成させてきたのである。二学期に入ってからは、世論を反映したかゆい所に手の届く推薦によって決定した役者たちが舞台稽古に励んでいるというわけだ。小熊会長はこの舞台の主役、ケーキ好きのアントワーヌに選ばれている。

「会長様、ちゃんとお稽古いってるんですかぁ? なんかいつもここにいませんか?」

「ちゃーんと、お稽古してるわよ」

 サボってるなと弓奈たちは思った。

 ともかく今回の学園祭に生徒会でなにかを企画しようと思うと、小熊会長抜きでやらなければならない。正直今年はあかりちゃんが手伝ってくれるのだから、一人くらい欠けていても人気ナンバーワンの弓奈がおれば去年と同じように喫茶店はできるだろう。だが、別に何もしなくてよい生徒会がわざわざ学園祭で面白い企画を考えようというのに、そこの生徒会長がいないというのは恰好がつかない。例えるなら、確かに美味しいけれどてっぺんに栗が乗っていないモンブランである。

「おー! 会長がいないんじゃ生徒会で喫茶店もできませんね!」

 弓奈は希望を取り戻し目を輝かせた。今年の学園祭は学舎の展示場を回って静かに芸術鑑賞に勤しみたいのだ。

「そうなんですけど・・・生徒会への期待は私たちが思っている以上に高いんです」

 紫乃はこの学園で二番目に暇なクラブ統計愛好会が実施した「学園祭に期待するものアンケート」その結果一覧をテーブルに広げた。

「生徒会が一位なんです・・・何もしないというのはやはり問題があるかと・・・」

「二位が帰りのホームルームって、大丈夫なのこのアンケート・・・」

「生徒会のイベントだけがみんなの生き甲斐ってことじゃないですかぁ?」

 なんとかしてメンバーが揃っていなくても恰好が付くイベント、できれば弓奈たちが会長の演劇を見に行けるように数時間で幕を下ろせるなにかを企画したいものである。

「生徒会で絵を描いて展示するとか」

 インパクトに欠けるので却下された。美術部の島を荒らしてはいけない。

「生徒会でブラスバンドするとか」

 不可能なので却下された。現実を見なくてはならない。

「じゃあ、あやとり大会」

 紫乃がとうとう頬を染めて弓奈から目を反らした。どうやらもう呆れられているようである。

 一向に進まぬこの議論に良案の光を差したのはあの女だった。

「誰か有名人を呼んでみたらどうかしら」

 小熊会長である。ちなみに彼女は先程から弓奈の左耳の精巧なデッサンを描いている。

「会長。有名人って誰ですか」

 冷静な紫乃は既にあきれ顔である。

「そうね、別に有名じゃなくてもいいわ。この学園出身の芸術家は大勢いるはずよ。ミュージシャンなんていいんじゃない?」

 学園出身のミュージシャン・・・いい事かわるい事か分からないが弓奈には心当たりがある。

「学園祭は十月末なんです。今からお願いをして予定を開けてくれるような人はいないです。大人の人はみんな忙しいんです」

 これもいい事かわるい事か分からないが弓奈には忙しくなさそうな大人の知り合いがいる。

「OGの歌手何人かいますよ! でも、どの人も全国ツアーとかCM撮影とかやってるんじゃないですかねぇ」

 駅前のアパートにいる。

「あら弓奈ちゃん。何か言いたそうね」

「え!」

 弓奈は視線を集めてしまった。嘘のつけない弓奈がなにかを隠せ通せるわけはない。

「・・・その、自称ミュージシャンでもいいんでしょうか」

「自称? もちろん構わないわ」

「全く知名度がなくてもいいですか」

「もちろんよ。心当たりあるの?」

「は、はい。ひとり知り合いに歌手が。でも、来てくれるかなぁ・・・」

 石津さんは雪乃ちゃんのために小さなライブを開いてくれるお願いはきいてくれたが、学園で歌ってくれる約束なんてしていない。果たして交渉できるだろうか。

「ゆ、弓奈さんにそんな知り合いがいるなんて聞いてないです」

 紫乃が慌て出した。弓奈の交友関係について一番詳しいと自負している彼女があせるのもムリはない。

「あ、大丈夫。あぶない人じゃないから。ちょっと変わってるけどこの学園出身の、近所の知り合いなの。たぶんあの人なら週末は時間あるだろうから」

「そうですか・・・」

 紫乃は淋しそうにうつむいてティーカップを回した。

「それじゃあ、うまくいけば今年はそのゲストの方にお越し頂いて、学園祭を盛り上げていただきましょう。私も劇に力を入れることにするわ」

「そうしましょー!」

「そうですね・・・弓奈さんの知り合いなら」

 アンケート用紙にあふれる生徒達の期待を眺めながら弓奈は少々胸が痛んだが、もうあとには引き返せない。また週末にはあの人の部屋を訪れることになる。

 

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