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87、内股になって

 

 紫乃は朝からお勉強をしていた。

 紫乃ちゃんは勉強熱心でカッコイイという弓奈が抱いているであろうイメージを保つために、紫乃は机に向かっていたのである。二学期が始まって最初の日曜日なのだから、ここで部屋に籠って作業をしていればいいアピールにはなる。

『紫乃ちゃんはお勉強できてうらやましいなぁ。ねえ、ここ教えてくれる?』

『しょうがないですね』

『わーい。ここどうして答えが10になるのかな』

『かけ算はたし算より優先して計算されるので、まず2かける3をやってから、手前の4に足すと・・・』

『あっ・・・』

『どうしました?』

『肩・・・触れちゃった。ごめんね』

『い、いえ。別に』

『ねえ、紫乃ちゃん』

『な、なんですか』

『もっと・・・触ってもいい?』

『え・・・』

『こんなにそばにいたら、私・・・がまんできないよ』

『ちょ、ちょっと! 弓奈さんっ』

「おねえちゃん」

 紫乃は驚いて椅子から落ちるところだった。

「ゆ、雪乃。勝手に寮を歩き回ったり、ノックもしないで部屋に入っちゃだめです」

 妄想中の紫乃を邪魔した妹の罪は重い。

「あそぼ」

「遊ばないです。私は勉強中です」

 雪乃は首を傾げて勉強机の上を覗いてきたが、もう一度「勉強中です・・・」と紫乃が言うと大人しく部屋を去っていった。

 妹を追い払ってから、紫乃の胸には小さな後悔が芽を吹いていた。

「雪乃・・・」

 一緒にトランプでもしてあげればよかったと紫乃は思った。雪乃が学園生徒たちから隠れながらわざわざ寮までやってきたということは、きっと余程遊んで欲しかったのである。紫乃は枯れひまわりのように机でうなだれた。

 すると、誰かが部屋のドアをノックしてきたではないか。雪乃が戻ってきたと思った紫乃は落ち込んでいた様子を見せないように背筋を伸ばし髪を整えると、引き出しからトランプを出してスカートのポケットに入れた。

「入っていいですよ」

「あら、お勉強中だったかしら」

 紫乃はびっくりして椅子から落ちてしまった。

「こ、小熊会長」

 やってきたのはブロンドの生徒会長、小熊アンナである。ちなみに彼女がハーフであることはこの学園では非常に有名なのだが、はたしてどこの国の人のハーフなのかはっきりと知っている者は少ない。

「会長・・・わざわざ二年生寮になんのご用ですか」

「そんなにいやそうな顔しないでぇ。ちょっと鈴原さんに相談したいことがあってきたのよ」

 会長は空間をセクシーなハーブの香りで満たす能力を持っているが、紫乃は弓奈の髪の桃っぽい匂いのほうが好きである。会長は紫乃を椅子に座らせて肩をいやらしく撫ではじめた。

「あら? 鈴原さん、肩凝ってる?」

「凝ってないです・・・」

「じゃ、揉んであげるわ」

 耳元でそう囁かれて、紫乃は鳥肌が立った。会長は紫乃の話を聴く気がないらしい。

 しばらくは普通に肩を揉んでくれた。紫乃は別に肩など凝っていなかったのだが、ちょっとだけ気持ちよかったので徐々に会長への警戒を解き、彼女の手のひらに自分の体を預けていった。が、それがいけなかった。

「ちょっと! なにしてるんですか」

 会長は紫乃の襟元のボタンに手をかけてあっさりはずしてしまった。

「マッサージは直接やったほうが効果があるのよ」

「だめです! シャツは脱がないです!」

「もう三つもボタンがはずれちゃったわ。肩がこんなにでちゃう」

「いや!」

 会長による生肩揉みは想像を絶するいやらしさを誇っていた。人の指が10本であることを肩で感じられる機会は滅多にないことだろう。紫乃は吸い付くようなすべすべの指による攻撃を懸命に耐え忍びながら、もし会長がこんな肩揉みを弓奈さんにやった日には絶対に許すまいと思った。

「じゃあ次は」

「し、下着は外さないです!」

 紫乃は胸をガードした。確かに小さいが、ない訳ではないのだ。

「わかったわ。下着はそのままで、ベッドに横になってくれるかしら」

「だだめです! どどうせ変なことするんです」

「あらぁ、変なことってどんなこと?」

「・・・変なことです」

「マッサージは変なことじゃないわ。はい、仰向けで」

 まず真っ先に仰向けにさせるマッサージなど怪しくて仕方ないが、紫乃にはもう論理的抵抗の余地がないのでいぶしぶベッドに転がった。

「それじゃあ」

 なぜか小熊会長は自分の襟元のリボンをシュルっとほどいてシャツのボタンを外しはじめた。

「な、なにを!?」

「あら、手でマッサージするなんて言ってないわ」

 ボタンを全部開けてしまった会長は紫乃の腰のあたりにいやらしくまたがって、せっかく紫乃が留め直した彼女のシャツのボタンを再び開けていった。

「や、やめないと怒ります! 先生を呼びます」

「まあステキ。弓奈ちゃんだったらやめてくださーい! って叫ぶところだけど、鈴原さんは結構現実的な嫌がり方をするのね」

 小熊会長は本当にエッチな女である。彼女は紫乃のおへその辺りを指でつぅーっと撫でてから、体を重ねてきた。シャツの前が開いているだけだし下着だって付けたままなのだが、それでも会長のあったかいお腹や柔らかいおっぱいが紫乃に与える衝撃は大きい。

「あぁ。鈴原さんのからだ、きもちい♪」

「や、やめてくださいーい!」

 弓奈は幾度も小熊会長の魔の手から逃れているので、紫乃は彼女にあやかりそれっぽい声で天に助けを求めた。

「あら」

 奇跡は起こる。会長はすべすべ素肌によるスキンシップを突如止めたのだ。

「ポケットになにが入っているの?」

 会長の内ももにトランプのケースが当たったらしい。素晴らしいお守りトランプである。

「と、トランプです」

「トランプ・・・」

 会長は首を傾げてなにやら考え始めた。揺れた巻き髪が首すじに触れて紫乃は非常にくすぐったい。

 すると、隣りの弓奈の部屋のドアが開く音とともに、お別れを言う二人の少女の声が廊下から漏れてきた。

「なるほどぉ。どっちかしら」

 会長にはなにかが分かったらしい。廊下を近づいてくるかすかな気配に会長は呼びかけた。

「雪乃ちゃん。入っておいで」

 気配は紫乃の部屋の前で立ち止まり、わざわざトントンとノックしてからドアを開けてきた。雪乃ちゃんである。

「あっ・・・雪乃! 見ちゃダメです」

 いつの間にかシャツを着てちゃんとリボンを結った小熊会長と違い紫乃はベッドに横たわり服を乱したままだったのだ。姉妹だからこそ見られたくない場面もある。

「こんにちは、雪乃ちゃん。弓奈ちゃんと一緒になにか作ってたのかしら」

 雪乃は会長とはほとんどおしゃべりをできない少女だが、返事の代わりに小袋からミニドーナツをひとつ出して口にくわえた。

「ゆ、雪乃! とりあえず今は出ていってください!」

 紫乃は布団を被って妹に叫んだ。いつもと様子が違うので雪乃は姉を心配しだした。

「おねえちゃん。どうしたの」

「わ、ちょっと! あんまり寄らないでください!」

 布団の中だとうまくボタンが付けられないらしい。

「おねえちゃん」

「雪乃ちゃん。おねえちゃんはね、お勉強のしすぎで疲れちゃったみたいだわ」

 雪乃は布団からはみ出てもぞもぞ動く紫乃の頭を不思議そうにつっついた。

「だからね雪乃ちゃん。おねえちゃんにマッサージしてあげたらどうかしら。きっと元気になるわ」

「ちょっと会長! なに言ってるんですか」

 紫乃は顔を出したが、ここで完全に妹と目が合ってしまった。二人がこんなにしっかり見つめ合ったのは久しぶりである。

「それじゃあ、雪乃ちゃん。おねえちゃんの上に乗って」

 勉強をがんばっているお姉ちゃんのためにマッサージをしてあげれば、きっと喜んでくれる・・・そう思った雪乃はもぞもぞと布団に入り込み、フリフリのスカートをちょっぴり広げて姉の体にまたがった。慌てた紫乃は布団から這い出したが、妹と一緒のままである。

「おねえちゃん」

「ゆ、雪乃。だまされちゃダメです。こういうのは・・・ダメです」

 姉がいつもの調子でないことは、よっぽどお勉強で疲れているからなのだろうと雪乃は思った。これは心を込めてマッサージしてあげないとクールなおねえちゃんに戻らないだろう。

「はい。雪乃ちゃん。まずおねえちゃんの胸に雪乃ちゃんの胸をぴったりくっつけて、そう」

 雪乃は嬉しかった。おねえちゃんの温かい肌にほっぺをくっつけられる機会なんて皆無だったからだ。こんな風に甘えることができたら、どんなに毎日が楽しいだろうかと思った。

「はい。もっとすりすりぃ。そう、お洋服脱いじゃってもいいのよ」

「おねえちゃん・・・」

「雪乃・・・ダメです」

「その調子よ。もっと体の全部を使ってなでなですりすりしてね。そう。上手」

「おねえちゃん・・・」

「雪乃ー!」

 紫乃は自分の妹のスキンシップなんかに照れるわけにはいかなかったが、抗い難い外部刺激に彼女の心はベッドの上を激しく転げ回った。胸の中だけで会長を罵りながら、紫乃はそっと雪乃の顔を覗き見た。

「え・・・」

 妹の嬉しそうな顔・・・それは紫乃が忘れかけていた鈴原家の甘えん坊の顔である。ずっと姉に甘えたかった、そんな雪乃の真実を見た時、紫乃もまた妹に甘えられたかったのだと気づいたのだった。急に切なくなってしまった紫乃は、いつのまにか雪乃の細い肩を抱きしめていた。

「雪乃・・・」

「おねえちゃん」

「さっきはごめんなさい・・・」

「元気になった?」

「・・・はい」

 お陰で姉妹の絆が深まったことは確かなので紫乃は会長を許すことにしたが、それにしてもおっぱいをすりすり、全身なでなでするのはやり過ぎである。いつのまにか紫乃は内股になって足をもじもじしていたくらいなのだから。

 小熊会長はというと椅子に腰掛けて仲良し姉妹のハッピーマッサージを眺めながら、雪乃ちゃんが弓奈から貰ってきたミニドーナツを優雅につまみ食いしていた。

「んー、美味しいけれど、お茶が欲しいわね」

 贅沢なお嬢様である。しかしそれも仕方がない。彼女の天才的頭脳は、エッチな遊びと美味しい紅茶、そしてささやかな思いやりで動いているのだから。

「あら。弓奈ちゃんの味」

 会長は指先をぺろっとなめて笑った。

 

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