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8、甘い香り

 

 生徒会室は確かに会長室と呼ぶにふさわしい空間だった。

 会議用デスクの代わりに陶製の大きな丸テーブルが据えてあり、フローラルな模様をあしらった木椅子がそれを囲んでいる。壁紙やカーテンはいかにも女の子の部屋らしいフェミニンな感じに統一されていて、窓から注ぐ春の陽とそよ風に心地よく調和していた。

「どうぞ腰掛けて」

 小熊会長はそう言いながらティーポットに紅茶葉を入れている。弓奈はお言葉に甘えて椅子に座ることにした。

「もしかして、得点板のお仕事は倉木さんもお手伝いしてくれたのかしら」

「あ、はい。私クールな紫乃ちゃんに弟子入りしたくって。もし紫乃ちゃんが許してくれるならこれからも一緒にお仕事したいなぁと思ってるんです」

「あら、そうなの」

 小熊会長は紅茶をもうひとつのティーポットに移し、ティーコゼーと共に弓奈の待つテーブルへ運んで来た。

「嬉しいわ。あなたのほうから来てくれるなんて」

「え、今日のことですか。紫乃ちゃんに頼まれましたので」

 カップに注がれた紅茶の湯気が、蒸気の一粒一粒を陽に輝かせて幸せそうに立ち上っている。紫乃とは少しタイプが異なるものの、小熊会長も安心して側にいられる生徒なのかもしれないと弓奈は思った。こうしてしゃべっていても弓奈に恋をしている雰囲気もなく、おまけに彼女の持つ圧倒的な存在感は他の生徒を寄せ付けないはずなので案外硬派な毎日を送っているのかもしれない。初対面の同性の前で弓奈がいつも抱く警戒心は、ここですっかり薄れてしまった。

「ところで、どうして会長さんは私のことを知ってたんですか」

「え」

「私が名乗る前に私のこと分かったので」

 会長は上品な微笑みを弓奈に向けたまましばらく何かを考え込んだ。優雅な所作と髪色が絶妙にマッチして彼女の育ちの良さと高貴な温かさを弓奈に感じさせる。

「そうね。強いて言えば、運命かしら」

「う、うんめい?」

「そ。運命」

 小熊会長はティーカップを静かに置いてゆるやかに立ち上がる。そして何も言わぬままテーブルを半周して弓奈の真横にやってきた。

「・・・小熊先輩?」

 会長の青い瞳がじっと弓奈を捉える。

「私のことはアンナと呼んででいいのよ。弓奈さん」

 突然弓奈は小熊会長に腕を引かれてその場に立たされた。木椅子はガタンと音を立てて後ろにひっくり返る。

「せ、先輩!?」

 小熊会長はあろうことか弓奈の腰に腕を回してぎゅっと体を抱き寄せたのだ。そして息のかかるくらいにまで顔を近づけると、先ほどまでとは雰囲気の違うなんとも妖艶な微笑みを弓奈に見せた。

「噂以上よ、弓奈さん。なんて可愛いの」

 今にも唇を奪われそうだったので必死に弓奈は顔を背けたが、弓奈の身体は小熊会長の腕の中である。互いの香りと温もりに包まれたまま、二人の胸は柔らかく密着し合った。

「私、すごく興奮してる」

 小熊会長はそう言って弓奈の身体をさらに強く抱きしめ、柔らかい唇を弓奈の首筋にそっと押し当てる。強引に弓奈を捕まえているくせにその唇は妙に優しかった。弓奈は幼い頃から年上のおねえさんからのキスに慣れているはずだったのだが、なぜかこの時は自分の体がほどけていってしまうような不思議な感覚におぼえた。それは弓奈の身体が少しずつ大人に近づいていることの証拠なのだが、本人はまだそれに気づかない。このままでは食べられてしまう・・・単純な弓奈は小熊会長の髪の甘い香りの中でただそれだけを感じた。

「やめて・・・下さい」

「だめよ」

 たった一人で会長に会いに来たことを弓奈は心底後悔した。こんな僻地にあっては誰も助けに来てはくれないだろうからだ。

「大丈夫」

 ささやきと共に小熊会長は唇は弓奈のすぐ耳元にやってくる。弓奈は背筋がゾクゾクした。

「すぐに夢中にさせてあげる」

「やめて下さい!」

 

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