79、白いナイフ
電話の呼び鈴。
それはようやく寝付くことができた弓奈がぼんやり見ていたはずの夢の最後に登場し、彼女が布団の中で目を覚ましたあとも鳴り止まなかった。こんな夜おそくに誰から電話が掛かってきているのか、弓奈は徐々に冴えていく頭の中で推理しようとしたが、ここがよろずよ学園であることを思い出してあきらめた。訪問先の学校の電話事情など考えてみても分かるはずがない。
そういえばここ数日、深夜に電話のベルを聞くことが多い。そして誰も電話にでないまま時間が過ぎていくため弓奈は寝不足気味なのである。
「竜美さん・・・竜美さーん・・・」
隣りで寝ている竜美さんは生徒会長なので彼女を起こせば間違いはないが、竜美さんは弓奈の腕にしがみついたままグーグー眠っていて目覚めそうにない。すぐ隣りの部屋で寝ているはずの犬井さんも、昨夜までと同様起きはしないだろう。いろいろ迷ったが、呼び鈴が2分ほど続いた時点で弓奈は布団から這い出した。竜美さんには弓奈の腕の代わりに枕を持たせてあげた。
深夜の黒畳の廊下に不気味なベルが響き渡る。たしか電話は廊下突き当たりにある脱衣所を左に曲がったところ、上り階段口のすぐ手前にあったはずである。弓奈は足元の小さな照明だけを頼りに、冷房の効き過ぎたうすら寒い廊下を壁づたいに歩いた。
角を曲がると姿を現した古式ゆかしい黒電話。自分が電話にでたところで「こんばんは。ちなみに私はここの関係者じゃありません」くらいしか言えないが、それでも毎晩電話をかけているのに誰も出ないという状況よりはマシだろう。鳴り続ける呼び鈴に答えるべく弓奈は受話器に手をかけた。
「なにをしているのですか」
受話器を持ち上げるより先に、弓奈の耳に人の声がナイフのように突き刺さった。
「い、犬井さん!?」
廊下の角から弓奈を覗く白い目隠しの彼女は表情こそいつもと変わらないが、下から光が当たっているせいで弓奈の目にはひどく恐ろしく映った。
「なにをしているのですか」
「で、電話が鳴っているので・・・出ようかなと」
「私が出ます。あなたは部屋に戻って下さい」
「は、はい!」
弓奈は駆け足で廊下を戻り自分の部屋に飛び込んで、何も知らずにお布団の中で眠る竜美さんの隣りに潜り込んだ。
「ん〜・・・なんじゃ弓奈」
「な、なんでもありません。おやすみなさい」
「ん〜・・・寝相のわるい女じゃの・・・」
廊下に残った犬井さんは一歩一歩壁をつたって電話までたどり着くと、受話器を僅かに持ち上げてすぐに落とした。カシャンという冷たい音が、とっぷりと暮れた夏の夜の静寂に残った最後の余韻になった。




