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76、探検隊

 

 朝霧のようにお味噌汁の湯気が立ち上っている。

「この学校って地下何階まであるんですか」

 大根をつつきながら何気なくそう言ってしまってから、弓奈はすぐに後悔をした。

「お! 気になるか! ならば今日は探検じゃな」

 たった3秒ののちに恐れていた展開がやってきた。その日の朝はダシ巻き玉子が上手に作れたので幸先が良いと弓奈は思っていたのに、早くも彼女の気運に翳りが見え始めた。

「私も最下階へはあまり立ち入らんからの。久しぶりに探検じゃ」

 竜美さんは弓奈の皿に乗ったダシ巻き玉子にも箸を伸ばして口に放り込んだ。

「あ、そういえば今日はちょっと用事が」

「嘘を言うな。お前は嘘がすぐ顔に出るの」

「・・・すみません」

 確かに弓奈は嘘が下手でありそのことを本人も自覚している。

「ならば犬井に見つからぬようこっそり行くぞ。行く必要のない部屋には入るなといつも厳しく言われておるからの。犬井はどこにおるか分からんけえ壷やふすまはなるべく避けるのじゃ」

「ハーイ・・・」

 昨夜はなぜか廊下の方から電話の呼び鈴が鳴り続けていてよく眠れなかったのでハードな遊びは勘弁して欲しいと弓奈は思った。

「楽しみじゃの!」

 朝ご飯を食べ終えて片付けを済まし洗濯物をランドリーから回収した弓奈は生徒会の間へ向かった。そこで待っていた竜美さんはライト付きのヘルメットを被って水筒を携え、ピストル代わりの代本板も抱えていた。代本板は小学生などが本を借りるときに棚につっこんでおく三角形や台形をしたあの板である。そこまでいろいろ準備したのなら羽織袴でなくジャージでも着たらいいのにと弓奈は思った。

「よろずよ探検隊、出発じゃ!」

 竜美さんが拳を高々と掲げた。

「どうした。おーと言うのじゃ」

「おー・・・」

「ゆくぞ!」

 ぺたぺたと黒畳を行進する竜美さんの背中にしぶしぶ付き従いながら、突然犬井さんが現れて「なにを下らないことをしているのですか」と訊かれた時どう答えようか弓奈は考えていた。

 二人は大きな螺旋階段をどんどん降りていく。階段は空調が弱めに設定されているらしく少しむしむししていたが、昇降口がある地下5階を過ぎたあたりからはかなりひんやりしてきた。冷たい空気が下に溜まっているせいか、もしくは地上を焼く太陽のパワーが及ばない領域に踏み込んだからなのだろう。弓奈は羽織の袖の中に手をしっかりしまった。

「ここは地下7階じゃの。弓奈、下を見てみろ」

 竜美さんが代本板の鉄砲で差したのは螺旋階段の渦の中央の吹き抜けだ。見れば3メートルほど下からは階段に電気が灯っておらず、なんとも不気味である。

「え! この先暗いんですか」

「あほ。だからこれを持って来たのじゃ」

 竜美さんは得意気にライト付きヘルメットをこんこん叩いた。一人だけ明るい歩みを確保するなんてずるい女である。

「この辺りの階は空き部屋ばっかりなんですか?」

 足元が見えない弓奈は竜美さんの小さい肩に手を当てておそるおそる階段を下りた。

「そうじゃ。かつてこの学園が唐紅女子塾と呼ばれていた頃はこの辺りの階でも授業が行われていたのかもしれぬ」

「へぇー・・・」

 この学園にも長い歴史があるらしいが、そんなことに興味を持つ余裕が今の弓奈にはない。弓奈は今これ以上の探索により自分の身に危険が及ばないという保証を暗闇の中に必死に探していたのだ。

「これ・・・大丈夫なんですか」

「大丈夫じゃないから探検なのじゃ」

 空気はますます冷えてきた。こんなことなら靴下か足袋を履いてくればよかったと弓奈は後悔していた。

 木製だった階段が金属製になったのは地下12階を過ぎたあたりからで、そこからはもう学園というよりは洞窟を探検している気分になった。

「竜美さん・・・あんまり下りるとブラジルまでいっちゃいますよ」

「その前にマントルで溶けるの」

 よく見れば壁も金属板を雑に張り合わせたものに変わっている。もし地底人に出会ってしまったら一体何語をしゃべればいいのか弓奈は悩んだ。とりあえず「ハロー」が通じなかったら対話は諦めるべきである。

「ここじゃあ!」

 階段を下り続けること15分。二人は学園の底にたどりついた。そこにはなぜか1センチほど水がたまっていたので弓奈はやっぱり裸足で来てよかったと思った。

「扉はたしか・・・こっちじゃ。弓奈お前近すぎるぞ。乳を背中に押し当てるな」

 なにしろ真っ暗なので弓奈は竜美さんを放さないようしっかり肩に抱きついていたのだ。扉は壁と同じく色々な金属板を寄せ集めて作られたもので、ガリガリと苦しそうな音をたてて開いた。

 そこにはなんと体育館ほどの広い空洞があった。

「わー・・・広い。なんなんですかここ」

「ここに関しては様々な噂がある。とりあえず奥へ進んでみるのじゃ」

 天井はドーム状になっているが、なんと床も同じように丸くえぐられていて、まるでここに巨大な風船が一つ収まっていたかのようである。弓奈たちは足元の足場を辿って、この地下室の最奥部になぜか灯っている照明にむかってとりあえず進んでみることにした。足場も冷たい金属製である。

「んあ。なんじゃ、お藤ではないか」

 街灯のような大きな照明の下の人影に竜美さんはそう声をかけた。

「あ、富士川様に小熊様。珍しいところにいらっしゃいましたね」

 なんと彼女は浴衣ちゃんであった。弓奈が近所のスーパーマーケットへ買い出しに出掛けようとする時たまに持ち場にいないケースがあったのだが、どうやらここに来ていたらしい。

「ここで何をしているのじゃ。ここは私と弓奈の探検場なのじゃ。秘境としての価値を失墜させた貴様の罪は重いぞ」

「私は学園の掃除と修繕を任された係でもありますので。夏休みは大掃除のようにこの辺りを整えております」

 浴衣ちゃんは金属板を軽々と持ち上げて壁に打ち付けていた。この空洞がくずれないように補強を行っているらしい。たしかにこんな広い空間が崩れて潰れたら、上の階の教室もただでは済まない。竜美さんは「つまらんのう」と言ってヘルメットのライトを切り、足場に寝転がった。

「なにか面白いものは出たか」

「いいえ。掘ってはおりませんので」

「ならば掘るぞ! 弓奈、来るのじゃ」

「え」

 ヘルメットのライトを再び点灯した竜美さんは弓奈の手を引いて空洞の底へ走った。足場から下りるとそこは完全に土なので弓奈はやはり何か履いてくればよかったと思った。土は凍ったように冷たい。

「数年前にの、誰だか知らぬが当時の生徒会長がここで面白いものを掘り当てたのじゃ」

「面白いもの?」

「壊れた腕時計じゃ」

 竜美さんは平気で裸足のまま岩を乗り越えて、代本板を使ってざくざく土を掘り始めた。すぐそばで補強をしている子がいるというのに自由な女である。

「え・・・化石とか土器とかそういうのじゃないんですか」

「違うのじゃ。腕時計じゃ。それも普通の時計でないことは誰の目にも明らかじゃったらしい」

「普通じゃない?」

「おそらく携帯電話のような通信機器だったのじゃ。しかもよく見ると人体の神経系に直接電気的な接続をするような部品もついていたらしい」

 竜美さんは石ころを拾ってはライトに当てて観察し投げ捨てる作業を繰り返す。

「その腕時計みたいなやつは、今どこにあるんですか」

「消えたのじゃ。発見された翌日に忽然と姿を消したらしい。盗まれたか誰かが処分したか・・・そもそもこの腕時計発見談も人づてに聞いたものではなく、当時の生徒会長の汚い字で書かれた日記をたまたま私が見つけたからじゃ。そしてその日記も腕時計発見の翌日でぷっつり途切れている。つまり発見に関わった生徒は何者かによって口止めをされたに違いないのじゃ」

 そんな危ない情報を私に話さないで欲しいと弓奈は思った。

「ここには何か秘密があるのじゃ」

 竜美さんは土の香りの中に答えを探し続けた。

 

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