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75、見落とし

 

 紫乃の瞳に川面のきらめきがぼんやりとかすんで浮かんでいた。

「先輩ぃ、元気だして下さーい・・・」

 あかりは弓奈お姉様のサイン入り桃色下敷きで紫乃の横顔に風を送りながらそうつぶやいた。二人は鴨川の畔の石垣の陰にしゃがんで小さくなっていた。

「今日でとうとう全滅ですぅ・・・。全部の学校回ったのに、手がかりゼロだなんて」

 信じられない話だが、二人はおよそ一週間かけて京都駅以北にある市内の高校をすべて訪問したのだった。一校の聞き込み調査だけでも大変な労力を要するというのにまことにご苦労なことである。ほっとけば8月の半ばに弓奈は帰ってくるというのに、わざわざ会いに行くことに注ぐその情熱を、どうか他の方面にも活かしていって欲しいところである。

「ホントに姉妹校なんてあるんですかねぇ・・・」

 鴨川で水遊びをする小さな双子の女の子たちが不思議そうな顔をして紫乃とあかりを眺めている。この炎天下にわざわざ外にいてぐったりしている高校生のおねえさんはかなり怪しいだろうが、紫乃たちはもう喫茶店などに入って涼みに行く元気もないのだった。

「手がかりは案外近くにあるなんて言うけど、そんなの嘘ですよねぇ・・・」

 あかりは紫乃のカバンからボロボロになった市内の地図を取り出して改めて眺めてみた。地図はチェックしたポイントを示すペンの丸でほとんどが埋め尽くされていた。

「京都に来ていることは確かなのに。姉妹校っていうのが普通の学校じゃないってことなのかなぁ・・・」

 あかりは下敷きをポヨポヨいわせながら天を仰ぐ。川端柳にはじけた太陽のしずくがあかりの頬に降り注いだ。

「でもそうなると探さなきゃいけない場所が無限になっちゃいますよねぇ・・・。せめて場所だけでもしぼれればいいのに」

 あかりにはまだこのような考え事をする余裕があるが紫乃は違う。妹の雪乃ほどではないが日差しには弱い体質だし、もともと体力もあるほうではないから、この滞在が彼女に与えている肉体的負担は大きい。そして言うまでもなく弓奈の顔を長いこと見ていない彼女のハートも砂漠のように乾ききっているのだ。

「ポニーテールさん今日もおらんなぁ」

「でもうちなー、昨日夢で会ったしなー」

「ほんまに? あの人夢でなにしとったん」

「あのなー、ウサギ飼っとった」

「なんであの人がウサギ飼っとるん」

「ウサギのなー、爪をなー、カットしとったわ」

「それバニーネイルやん! あの人ポニーテイルやし」

「あとなー、無料でメッセージ受け取ってたわぁ」

「それフリーメールやん! ポニーテールやって。髪で受信するんかいな」

「重力でなー、落っこちんねん」

「それフリーフォールやん! 突然床でも抜けたんかいな」

「らららーん♪ ららーん♪ ららーんらーん♪」

「それアニーローリーやん! もうポニーテールの原型とどめてへんし。ちょっとあんた黙っといてぇ」

 部活帰りと思われる元気な女子高生たちが、よく分からないことをしゃべりながら鴨川沿いの遊歩道を歩いてくる。あかりは、彼女たちの話す「ポニーテールさん」が弓奈お姉様である可能性もなくはないので、無駄とは思いつつも一応彼女たちに声をかけてみた。

「あのー京都のおねえさん方。その人ってこの写真の人じゃないですよね」

「あ、この人ですよぉ」

 川のせせらぎ・・・人は環境に頭脳が追いつかない場合呆然とすることがあるが、それはまるで時の流れが止まるかのような体験で、たいてい聴覚が冴える。

「お、ほんまにあの人やん。かわええわぁ。知り合いなんですか? ぜひうちらに紹介して欲しいんですけど」

「ど・・・」

 紫乃がガタガタ震えだした。

「どどどこで見かけたんですか!?」

「うわぁ! ちょっとなにぃ? びっくりするやーん」

 およそ半日ほどグッタリしていた紫乃が久しぶりに口を開いた。

「どどこで弓奈さんを見かけたんですか! あなたたちの学校にいるんですか!」

「ち、ちがいますよ。先週部活の帰りに見かけて、めっちゃかわいかったから一緒に写真撮ってもらったんです」

 京都の女子高生はポケットから携帯電話を取り出してその待ち受け画面を紫乃たちに見せてくれた。

「うちが見切れてるんですけど、ほら、この人でしょ」

 画面の中央に、苦笑いしながら女子に囲まれるサンキスト女学園の制服姿をした天使がいる。間違いなく弓奈だ。紫乃はショーウィンドウのぬいぐるみに心奪われた幼い少女のように画面を見つめ続けた。

「私たちこの人の知り合いなんですけど、今どこにいるか知りませんかぁ?」

 うっとりとして動かなくなった紫乃先輩の代わりにあかりが尋ねた。

「いやぁ、うちらもこの人にもう一度会いたくって毎日この道通ってるくらいやから」

 この辺りで出会ったらしい。

「そうですかぁ。写真撮って別れたあとどっちに行ったかわかりますぅ?」

「あっちの階段のぼって、んーたぶん四条の交差点行ったんちゃうかなぁ」

「なるほど、ありがとうございますぅ! ご協力感謝感激あめりか~んYEAH☆」

「YEAH☆」

 あかりのぶっとんだ社交性により紫乃たちは第二の情報を得た。電話番号の交換などをして漫才女子高生たちと別れたあかりは石垣の陰に戻って地図を広げた。

「紫乃先輩」

「は、はい」

「今のは貴重な情報ですよぉ!」

「そ、そうなんですか」

 弓奈さんは写真の中でも最高に素敵です・・・などと考えていた紫乃は急に現実に引き戻されてうろたえたのだ。

「私たちの前を流れてるこの鴨川は南北に走っています。京都駅から来た弓奈さんは、南の方からこうやって上がってきたことになりますよね」

 あかりは地図を指差しながらつづける。

「で、この辺りの階段を上って四条の交差点に行ったんです」

「はい」

「この遊歩道に階段はいっぱいあります。五条通りや三条通りに最寄りの階段もあるんです。なのにここで上がって四条の交差点に向かったということは、四条通りのそばに目的地があったということです。すくなくても五条通りよりはずっと北で、三条通りよりはずっと南」

「な、なるほど」

 まるで名探偵である。

「さっきの写真の弓奈お姉様はキャリーバッグを持っていました。間違いなく京都に来た初日の夕方です。ここより西に位置する京都駅にいたはずの弓奈さんが鴨川沿いを歩いていたということは、わざわざ東向きに歩を進めたということです。つまり、ここより西にはいません」

「は、はい」

 紫乃はだんだんついていけなくなってきた。あかりは市内を東西に走る四条通りの、鴨川より東のエリアをペンで大きく囲んだ。その最東端は八坂神社だ。

「この辺りは学校がなかったので聞き込みをしてません。無限かと思っていた探索エリアがここまで絞れましたね」

「そ、そうですね」

「姉妹校が一般的高校の体を成してないことは確かみたいです。聞き込みは高校生以外にもやってみるべきですね」

「よ、よぉし」

 紫乃は頼りになる先輩としての感覚を取り戻すため気合いを入れて立ち上がった。

「私は、京都の舞妓さんたちにたくさん話しかけます! どこかに必ず弓奈さんの情報を持つ人がいるはずです!」

 愛する弓奈さんに一歩近づいたことで元気を取り戻した紫乃は階段を駆け上って太陽に飛び込んでいった。あかりは彼女のまぶしい背中に目を細めながら首をかしげた。

「あれ・・・紫乃先輩ってもしかして・・・」

 手鏡に貼られたお姉様の写真と紫乃先輩を見比べながらあかりはつぶやいたが、やがてくすくす笑って歩き出した。

「そんなわけないかぁ」

 階段を上がろうとするあかりの前を、双子の女の子たちが横切っていった。

 

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