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74、第三位の遊戯

 

「弓奈! 紙芝居を読むのじゃ」

 弓奈が階段脇の小さな洗面所で爪のお手入れをしていると、竜美さんがやってきた。近頃弓奈はすっかり彼女につきまとわれており、気に入られていると前向きな解釈もできなくはないが、目を覚ましてから布団にもぐる直前までずっと一緒なので疲れないと言えば嘘になる。

「・・・紙芝居は昨日も読んであげたじゃないですか」

 秘密の部屋の本棚には、おそらく小学校低学年生向けと思われるちょっと古い紙芝居が巨大な封筒に入ったまま大量に保管されており、弓奈は昨日の午後にこれを延々と読まされ続けたのだった。

「昨日はいじわる妹シリーズじゃったろう。今日のは弱腰ねえさんシリーズじゃ」

 どちらも大して変わらない。

「なにか他にないんですか」

「注文の多い女じゃのう」

 お互い様である。

「じゃが一理ある。同じことの繰り返しでは、あっという間症候群を煩う危険性もあるからの」

 そんな症候群聞いた事がない。

「では弓奈。なにか新しい遊びを考えるのじゃ」

「え」

「早く考えろ。ひねもすのたりのたりはイヤじゃ」

「あの・・・時々分かりにくい日本語をしゃべるのやめて頂けませんか」

「んあ?」

「あと変なカタカナも」

「私に指図をするな。エッセン係の分際で」

「だからそういうやつです・・・」

「とにかく生徒会の間へ来るのじゃ。一緒に新しい遊びを考えるぞ」

「・・・はーい」

「すぐ来るのじゃ」

「わかりました」

 勇気は使えば使うほど増えるという話を弓奈は聴いた事があるが、こうして竜美さんと接していると必ずしもそうとは言えない気がしてくる。意外にも、気を一切遣わず適当に接するというのが竜美さんとうまく共同生活していく秘訣であり、弓奈もそれに薄々気がついているのだが、生来彼女が持つささやかなサービス精神がこの作戦の実行を阻害する。弓奈は人間関係に苦しむ星の下に生まれた少女なのだ。

 ともかく弓奈たちは生徒会の間にやってきた。竜美さんは上座であぐらをかいて腕を組み何か思案しているが、おそらく何か考えているフリというやつだろう。弓奈は袴がはだけないように気をつけて下座に腰を下ろした。袴や羽織の扱いももう慣れたものである。まだ滞在は一週間あるから、なるべく大人しい遊びを考えて薦めないと弓奈の身も危ないので彼女は真剣に知恵をしぼることにした。

「寝転がって、この部屋の天井の木目を数える遊びはいかがですか」

「221じゃ」

「え」

「既に数えておる」

「じゃあ・・・この部屋の畳の枚数」

「100丁度じゃ。それも数え済みじゃ」

「竜美さんがさっきこの部屋に入って歩いた歩数」

「47」

「そこの富士山の絵に描かれているUFOの数」

「0」

「この学園全体にある部屋の数」

「99じゃ」

「学園にある椅子の数」

「20」

「犬井さんに怒られた回数」

「いっぱい!」

 埒が明かないので弓奈は竜美さんと一緒に部屋を出た。弓奈は「一緒にお風呂にでもいきます?」と言おうかと思ったが、竜美さんとお風呂は大変そうなのでやめた。もっとフィジカルな距離感をわきまえた遊びを考えるべきである。

「かくれんぼでもしますか」

「つまらん。そんなもの女こどもの遊びではないか」

「私たち女こどもですけど・・・」

「鬼ごっこならよいぞ」

「・・・タッチする系は苦手なんですけど」

「なんでじゃ」

「・・・意識してるって言うと誤解されちゃうかもしれないけど、とにかく同性との触れ合いはなるべく避ける質でして」

「なるほど。お前は女に好かれすぎて困っておるのじゃな」

「え! はい、そうです。まさか分かって頂けるとは」

「やはりか。貴様の体からは邪な香りがするからのう。同性の煩悩の火をも燻らせるのじゃ。まこと罪深い女じゃの」

「邪な香りなんてしないと思うんですけど・・・」

「安心しろ。ひとたび鬼ごっこを始めればほとんど弓奈が鬼じゃ。なぜならお前は私を捕らえられぬからじゃ」

「えー・・・」

「じゃがもし私が鬼になった時も大丈夫じゃ。地上のあらゆる創造物の模範であるこの私は、貴様のために全く女を感じさせぬ爽やかなタッチをしてやる」

「それは・・・ありがとうございます。どんなタッチですか」

「お前が恐れているのは勢い余って袴の隙間に手が入ったり、そのまま押し倒してしまったりするような強烈な一撃じゃろう」

「たしかに・・・そうかも知れません」

「ならば優しく触れればいいのじゃ。袴を避けるため上半身を、不意打ちで押し倒してしまわぬよう正面から」

「ん?」

「では試しにタッチするぞ!」

「え・・・」

「こうかのう」

「んっ!」

「こうか」

「ちょ、ちょっと! やめて下さい! 余計いやらしいですっ!」

 二人だけではどうにもこうにもまともな遊びができないので弓奈たちは犬井さんを探すことにした。話によると彼女は一日23時間以上も目隠しをして生活しているにも関わらず大変勉強ができるらしいので、会いに行けばキツいお勉強を冷たく薦められるかもしれないが、なにか知的好奇心をくすぐられる素敵な遊びを教えてもらえるかも知れない。弓奈があまりルールを知らない花札や百人一首などが期待できそうである。

 しかし昼間に犬井さんを見つけるのは宇宙空間を漂う黒猫の背中を探すくらい難しい。朝は風呂場、夜はお月見部屋にいるようなのだが、この時間はどこにいるのか一切不明である。

「犬井さんどこにいるんでしょうね」

「妙な場所におるはずじゃ。まず奴を見つけなければ遊びも何も始まらん」

「あ、こういう大きな壷の中に隠れてるとかじゃないんですか」

「あほ。お前はヘビ使いか。そんなことだから乳ばかり大きくなるのじゃ」

「あの・・・前から言おうと思ってたんですけど、私そんなに言われるほど胸大きくないですから」

「はっ! はじまりおったわ。嫌味だけはしっかりお勉強済みじゃの」

「というかなんで壷の中がヘビ使いなんですか」

「お前知らんのか。インドのヘビ使いじゃ」

「あ、なるほど」

「壷の前で笛を吹くとアナコンダがニョロリニョロリと顔を出すのじゃ」

「竜美様。アナコンダではなくコブラヘビです」

「い、犬井! どこにおった!?」

「壷の中に隠れておりました」

 見つからない場所で瞑想し精神を鍛えていたのか、あるいはお昼寝をしていて顔を出すタイミングを見失っていたのか真相はわからないが、ともかく犬井さんは百万円くらいする大壷の中にいた。弓奈は彼女に事の経緯を説明し、知的遊戯の極意をご教示願うことにした。すると犬井さんは目隠しのまま静かにうつむいて少し考えたあと「書道はいかがでしょう」と薦めてきた。たしかに書道は知的で肉体的接触も皆無である。少し堅苦しいので遊びと呼べるか難しいところだが、今のところベストな意見であるので弓奈は大いにこれに賛成した。竜美さんも「江戸か」などとツッコミを入れた上で、特別なルールを加えるという条件で書道を認めた。

 竜美さんの指示で弓奈と犬井さんはお風呂場の脱衣所にやってきた。竜美さんは書道の道具を持ってまもなくやってくるはずである。ここなら墨が跳ねても簡単に掃除できるし、新聞紙もちゃんと敷いたので大丈夫である。弓奈は竜美さんを待つあいだ無口な犬井さんと何をしゃべっていいか分からなかったので彼女の前で静かに高度なあやとりをしてみせたが、目隠しをしているので全く気づいてもらえなかった。

 「道具を持って来たぞ」などと言って脱衣所に飛び込んで来た竜美さんはなぜか半紙を持っていなかった。竜美さんがこの書道に課した特別ルール・・・それは半紙の代わりに人の体を使うというものだったのだ。

「そ、そんなことできません!」

「ならばまず弓奈が半紙役じゃ。犬井、こいつの胸に大きく漢字をひとつ書くのじゃ」

「はい」

「ダメです! 強引に書いて、着物汚しちゃったら困ります! 借り物なんですから」

「弓奈様。服に墨を付けたくなければ胸をはだけていただけますか」

「犬井さん・・・! ダメです。こ、こんなことやめて下さい」

「ルールですのでやむを得ません。お許し下さい」

「ん! つめたい・・・! くすぐったいです!」

「襟を広げて下さい。もっと下へ」

「だ、だめ! もうこれ以上は!」

「もっと」

「んん・・・」

「もう少しです」

「んっ!」

「おおお完成じゃな! よくやったぞ犬井! 弓奈の困った顔、愉快じゃのう!」

 弓奈の胸に「弓」という字が達筆で描かれた。目隠しをしているのにブラをぎりぎり汚さないでくれた犬井さんは天才だと弓奈は思った。

 しかしここからは弓奈がやり返せる時間である。犬井さんに罪はないし、どちらかと言えば竜美さんに同様のいたずらをしてやりたい気分だったが、遊びの流れやルールを破ってしまっては親善訪問にならない。竜美さんには今日の晩ご飯の肉じゃがに全く切っていない丸ごとのニンジンを入れて困らせるということにして、とりあえす弓奈は竜美さんの指示通り筆を執った。

「今度は弓奈の番じゃの。犬井の胸に何か書くがよいぞ」

「じゃあ、失礼します」

「どうぞ」

「よいしょ」

「あ・・・」

「だ、大丈夫ですか?」

「・・・はい。つづけてください」

「では・・・」

「あっ・・・!」

「い、犬井さん!?」

「もっと・・・」

「・・・はい」

「ん・・・あっ・・・」

「犬井さん・・・もう少しですからがまんして下さいね」

「んん・・・はっ・・・・あんっ・・・!」

「お、完成か。やはり犬井は表情に変化がなくてつまらんのう」

「結構ありましたけど!」

 自分が「弓」と書かれたから犬井さんには「犬」と書いたのだが、書き終わってから眺めてみると弓奈はなぜかとてつもない罪悪感に襲われた。犬井さんは新聞紙の上にペタンと座ったまま、はだけた着物の襟をつまんでもじもじしている。

「いやぁ弓奈、今日は楽しかったのう。明日もまたやるぞ!」

「イヤです!」

 弓奈の知るところではないが、サンキスト女学園で二番目に暇なクラブ統計愛好会の「絶対にやっちゃいけない遊びランキング」第3位にこの「からだ書道」はランクインしているのだった。

 

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