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7、生徒会長

 

「何か作ってあげようか」

「・・・いいです」

「お着替え手伝おうか」

「じ、自分でできます!」

 何故か風邪を引いてしまった紫乃のために弓奈は朝っぱらから付きっきりで看病をしていた。部屋に二人っきりで、しかもベッドに横になる少女の手を握るなど今までの弓奈ならば怖くて出来なかった。しかし、相手は安心安全な紫乃ちゃんである。紫乃はクールで硬派な少女なので弓奈に恋をすることは絶対にないはずなのだ・・・弓奈はそう信じている。

「私のことはいいですから、弓奈さんは授業へ行ってください」

「でも・・・」

「あ、あなたと一緒にいると、暑苦しくて熱が上がるんです」

 確かにそうかも知れないと弓奈は照れながら紫乃の手を離した。

「んーそれじゃあ、学舎行って来ようかな」

「あ、ひとつお願いをしてもいいですか」

 そう言って紫乃はベッドの脇に置かれていたカバンから昨日二人で作った得点板に関するメモを取り出した。

「本来は香山先生に提出する予定だったのですが、来週の金曜日まで先生はいらっしゃらないらしいので、生徒会長さんに渡さなくてはなりません」

「セ、セイトカイチョウ?」

「はい。体育祭の件はすべて会長さんがまとめていらっしゃいますので。生徒会長は二年F3組の小熊アンナさんという方です。少し変わった人ですので充分気をつけて下さいね」

「こ、小熊さん・・・」

 きっと冬は穴蔵でじっとしている可愛い先輩に違いないと弓奈は思った。弓奈はメモを受け取ると紫乃のほっぺをつついて彼女に言う。

「私に任せて。だから紫乃ちゃんは無理しないでゆっくり休んでね。今日の紫乃ちゃんはクールじゃなくてホットなんだから」

「わ、わかりましたから・・・頬を・・・さわらないで・・・」


 サンキスト女学園は土曜日も毎週授業が行われるがそれも午前中で終了する。弓奈はお昼ご飯を食べにいく前に生徒会長を探すことにした。会長が二年生寮に帰ってしまうと月曜日まで会えないと考えたからである。弓奈は学生手帳の教室案内図からF3組を探していたが、ふと思い立ってページをめくり校内見取り図を開いた。

「えと、生徒会室は・・・」

 廊下の窓際で学生手帳をにらむ美少女・・・案外絵になるものである。

 生徒会室は管理棟の3階にあった。管理棟と言っても職員室は学舎にあるので生徒はおろか職員すらもほとんど寄り付かない場所である。青い銀杏並木を抜けて管理棟にたどり着いた弓奈は、上履きの代わりにスリッパをつっかけて辺りを見回した。遠くから運動部員たちのかけ声とテニスボールの跳ねる音が聴こえるだけで、そこには人っ子一人おらずひんやりした空気だけが静かに漂っていた。こりゃ会長さんいないなと弓奈は思ったが、念のため生徒会室を目指してワイン色のカーペットが敷かれた薄暗い階段を上っていく事にした。

 扉には『会長室♪』という微妙に的外れなルームプレートが掛かっていた。しかし校内見取り図によれば生徒会室はここで間違いない。弓奈は制服のリボンが曲がっていないかなどを確かめてからそっと扉をノックした。

「はい」

 二度目のノックをしようとしたとき扉は軽やかに開く。中から顔を出したのは弓奈の想像を遥かに超える存在感をもった少女だった。

「どなたかしら」

 この規則の厳しいサンキスト女学園で、ましてやその生徒会長がブロンドヘアーだなんて信じられるだろうか。おまけに瞳にはカラーコンタクトと思しき翡翠色の輝きを灯し、部屋の中からはどことなくヨーロピアンなハーブの香りが漂ってくる。会長は少し変わった人なので注意するようにと言った紫乃の言葉が弓奈の頭をよぎった。

「あの、これ香山先生に頼まれた得点板のメモです。生徒会長さんに渡すよう言われていたので参りました」

 小熊会長の顔をよく見れば日本人の顔立ちでありながら髪と瞳の明るい色が非常によく似合っている。もしかしたら会長はハーフなのかも知れないと弓奈は思った。

「あら、そうなの。委員のポストに入れてくれてもよかったのに、わざわざ来て下さったのね」

「お仕事のジャマをしてしまってすみません・・・」

 本当に仕事をしていたかどうか怪しいというのに弓奈は素直な少女である。小熊会長はメモを受け取ると弓奈の頭のてっぺんからつま先までじろじろと見てこう言った。

「あなたもしかして、一年生の倉木さんかしら」

 いったい自分の体のどこに名前が書いてあったのか弓奈に心当たりはなかったが、戸惑ってばかりでは会長さんに失礼なので「はい」と返事をした。すると小熊会長は子ネコのように人懐っこく微笑んだ。

「階段を上がってきておつかれでしょう。中で少し休んでいかれたらどうかしら」

「あー・・・いえ、私体力だけはあるので、その・・・平気です」

 帰ろうとする弓奈を引き止めるために小熊会長は彼女の背後に回って腰にそっと手を触れた。

「遠慮しないでいいの。良質なダージリンが入ったから紅茶を淹れてあげるわ」

「で・・・でも」

「とってもいい香りなのよ」

 いくら頼まれ事を果たしたからといって自分が生徒会長とお茶できるような人間でないことは弓奈自身よく分かっている。だが小熊会長の執拗な誘いをこれ以上断る理由も気力もなく、少しだけ生徒会室に寄っていく決心をした。

「じゃああの、少しだけ」

 小熊会長が左の頬だけでひっそり笑った。

 

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