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4、ふたり

 

 硬派で近付き難い印象を手に入れるためにはそれなりの団体に所属するのが手っ取り早い。例えばクラブ活動である。

 硬派なクラブと聴いて何を思い浮かべるかは人それぞれであるが、弓奈の場合は運命と言っても過言ではない強烈な力によってあるひとつのクラブに限定されていた。

「弓道部・・・」

 弓道など一度もやったことはないが、名が名なので惹かれるものがある。しかしピカピカの学生手帳のクラブ・同好会の一覧ページに弓道部の記載はない。これほど大きな学園に弓道部がないのは実に残念である。アーチェリーの同好会はあるのだが、これは弓奈の目指すイメージとは少々異なっている気もする。

 弓奈はとっくに食堂のエビドリアを食べ終えているのだが、学生手帳とにらめっこをしながらいつまでもお皿の底をフォークでつついている。弓奈は考え事をしている時は他に何もできない少女なのだ。お昼時の食堂は生徒たちでごった返しているのだが、なぜか弓奈の両隣りと向かい側の席には誰も腰掛けない。彼女を遠巻きに見守る生徒たちの想いは同じ。皆弓奈のお近づきになりたいのだ。だがそういった攻めの姿勢を一瞬でも見せれば弓奈に羨望の眼差しを向ける他の多くの生徒から目を付けられてしまう可能性があり、逃げ場のない全寮制女子校においてそれは社会的な死を意味する。

「んー・・・」

 彼女らの思惑を知る由もなく弓奈は存在しないクラブについて悩み続ける。この調子では卒業までに友達ができるかどうか怪しいものである。

 ふと、弓奈は自分のテーブルからおよそ3メートル離れた食堂の柱時計付近で、掲示物の貼り替え作業をしている生徒を発見した。弓奈は視力がそこそこいいので、その生徒がたった今貼ったプリントの見出しをかろうじて読むことが出来た。

『学生手帳の記載内容訂正に関するお知らせ』

 なんていいタイミングだろうか。もしかしたら弓道部は存在するのかも知れない。弓奈はランチのトレイを持って立ち上がり返却口で丁寧に挨拶をして食器を片付けると、周囲のアツい視線に気づかぬまま掲示板に近づいた。

「何のお知らせですか」

 弓奈は係の生徒に話しかける。

「クラブのページに弓道部が追加されたりとか・・・ないですかね」

 弓奈の声に少女は振り向きもせず画鋲の刺し直しなどをしている。

「学生手帳の記載内容訂正に関するお知らせです」

 少女は冷たい声でプリントに書かれてある通りの回答をした。弓奈はどれどれと言ってプリントを覗き込む。そこには『学園の沿革 十七代目学園長 鈴原真理子ページ六行目:(誤)フラダンス教育表彰→(正)フランス教育表彰』と書かれている。今の弓奈にとっては実にどうでもいい情報だ。

「やっぱり弓道部ないのかぁ」

 弓奈がそうつぶやいて肩を落とすと脇にいた少女が口を開く。

「剣道部や柔道部もありません。このあたりがサンキスト女学園は独善的欧化教育を生徒に押し付けていると非難される所以です」

 彼女は掲示板を見渡しながら少し怒ったように続けた。

「ですが校風は校風です。文句があるなら入学しなければよかったんです」

 弓奈ははっとして少女を見た。どうもこの少女は他の生徒たちと何か存在を異にしている気がしたのだ。こうして自分と話していても少女は一向に緊張する様子もなく、華奢な体で黙々と高所の無断張り紙を剥がしクシャクシャに丸めたりしている。他人を寄せ付けないこの雰囲気、まさに弓奈の理想とする人物像だ。自分もこれだけ硬派な女になれば同性から恋愛感情を抱かれることもあるまいと弓奈は思った。

「あの! ひとつ質問が」

「なんですか」

 少女は先ほどから一度も弓奈のほうを見ない。弓奈はこの距離感がたまらなく好きだ。

「私、あなたみたいな硬派な人になりたくて! そういう人が集まるクラブを探してるんです!」

「・・・そうなんですか」

「どこかご存知ないですかね」

 少女は掲示板のアルミフレームの埃をティッシュで拭き取ったりしながらしばらく沈黙したのち口を開いた。

「クラブではありませんが、ある意味非常に硬派で人が寄り付かない団体ならありますよ」

「団体?」

「はい」

 少女はプリントや画鋲をまとめて帰る準備を始めた。彼女は少しだけ微笑んでいる。

「それにしても、軽薄な女性になりたくないというあなたの高い志、私は感心しました」

 彼女は作業中にできたブレザーのわずかな乱れを指で丁寧に整える。ひどく几帳面らしい。

「もしよかったら放課後この棟の屋上へ来て下さい。あなたならきっと・・・」

 ここで初めて少女が顔を上げ弓奈と目が合った。そのとたんに少女は動かなくなり、持っていた画鋲をひとつ床に落とした。

「あ、あの・・・どうしたんですか」

 少女は弓奈より背がこぶし一つ分低い細身の生徒で、幼げな顔立ちだが凛とした目元から真面目でクールな印象を受ける。だが今はどことなくクールというより乙女チックな表情でじっと弓奈を見つめているのだがそれは何故なのか弓奈には分からない。自分の顔に何か付いているのだろうかと弓奈は自分の頬や口元に触れてみたりしたが特に何も無さそうである。クールな女性にも乙女な顔をする瞬間くらいあるのだろうと弓奈は納得することにした。

「あの、じゃあ私そこへお手伝いに行っていいんですか」

「え・・・あ、はい」

 少女は急に小声になって弓奈から目をそらした。

「き、厳しい作業ばかりですが。それでも平気だという自信がおありなら・・・来てもいいです」

 少女は強気とも弱気ともとれる奇妙な物言いをして弓奈に背を向け歩き出す。弓奈は少女の背中に言った。

「私、倉木弓奈っていいます! どんなお仕事でも頑張ります! あなたみたいになりたいです!」

 少女は返事の代わりに一度立ち止まったが、振り返らずにそのまま食堂から去っていった。

「掲示委員会かなぁ」

 元より弓奈は頑張り屋なのでそういった委員の仕事に精を出すことに吝かでない。あの少女のようなおカタい娘になり、同性との不用意な接触を避けることで弓奈の理想とするシンプルで無難な学園ライフを手にすることができるはずである。

 ふと周囲を見回してみると、二人のやりとりを盗み聞きしようとする女子生徒たちが柱時計の陰に集まっていた。彼女たちは弓奈に見つかると愛想笑いをしてから慌てて散っていった。このようなことは日常茶飯事である。

 さて放課後にビッグな楽しみを得た弓奈は、早めに教室に戻ってフランス語の予習でもしようかなどと考えつつ足を一歩前へ踏み出した。その瞬間、彼女はスカートから細くキレイなふとももを覗かせて飛び上がった。

「いったーい!」

 画鋲がひとつ落ちていた。

 

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