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32、コスモス

 

 学園祭の前日準備は全て終わった。

 会長の指示通り第三家庭科実習室はゴシックな色遣いで飾り付けられた。喫茶店は会長の名からとって「生徒会喫茶アンナ」と名付けられた。昼間この教室の窓からは花壇に咲くコスモスがよく見えるので弓奈はこの会場をとても気に入っている。

「紫乃ちゃん。ちょっと花壇見て来ていい?」

 紫乃は一生懸命明日のセレモニーの段取りのメモを見つめているので声がかけづらかった。

「え、もう外は暗いですけど」

 危ないことはしない、それがサンキスト女学園生徒の基本である。

「ほんのちょっとだけ。すぐ戻ってくるから」

 明日を迎える前にもう一度花を愛でておきたいという心理は花好きの女がよく抱くものである。

「勝手にして下さい・・・」

 折れる時も紫乃はクールである。

「ありがと!」

 弓奈は革靴に履き替えて外へ出た。学舎の裏側なので灯りもなく、11月も間近な夜風は弓奈の頬に冷たい。ここへ来て冬服のセーターの有り難みが分かった。

「コスモスちゃーん」

 人は花や小動物と戯れるとき声が高くなりがちである。

「寒くなぁい?」

 弓奈がしゃがんでコスモスの頭を撫でていると、彼女は自分の背後に小さな靴音を聴いた。

「寒くなぁい? じゃありません。花は風邪引かないです」

 紫乃はそう言って弓奈の隣りにしゃがみ込んだ。どうやら弓奈の体を心配して来てくれたらしい。

「来てくれたんだ。紫乃ちゃんも風邪引かないでね」

「私は風邪なんて引いたことないです」

「え?」

「えって・・・なんですか」

「なんでもない」

 弓奈はブレザーを脱いで紫乃に着せてあげようか迷ったがなんだか照れくさいのでやめた。

 紫乃はいつも弓奈の側にいてくれる。どんな優しい言葉よりもこの事実が弓奈の一番の宝物だ。なにしろ紫乃は自分に決して恋をせず、本当の意味で「友達」でいてくれる稀少種なのだから。どのようにしてこの感謝の気持ちを彼女に伝えばよいか弓奈は時折深く悩む。「いつもありがとう」と言うは易いが、嘘偽りも真実と同じ色で吐く言葉というものに弓奈は近頃疑問を感じている。だからなんとか行動で恩返しをしたいのだが、どうしたものか・・・弓奈は本人の隣りで平気で考え事をする女である。

 ふと顔を上げると、薄紅のコスモスが晩秋の夜風に静かに揺れた。

「・・・コスモスって漢字で秋の桜って書くよね」

「そうですね」

「じゃあ、これも夜桜なのかな」

「違うと思いますけど」

 思えば桜舞うあの季節からおよそ半年が過ぎたのだ。コスモスの額をくすぐりながら弓奈は感傷に浸った。初めて紫乃に出会ったのは一人淋しいランチタイム、そして初めて彼女の指に触れたのは深い青に染まる大空の中だった。

「空も・・・きれいだね」

 無数のまたたきが空いっぱいに広がっている。雪乃ちゃんと見上げたときとは少し違う秋の星座たちだ。大四辺形を抱えたペガサスが逆立ちしたまま夜空を駆け、弓奈を再び古の物語へいざなう。

「そういえば・・・宇宙のこと英語でコスモスって言わなかったっけ」

「一般的にはスペースが、科学的議論の場ではユニバースが使われます。コスモスは文学的表現です」

「もしかしたら、この花を見に来た人が必ず秋の夜空にも見とれたからコスモスの花って名前がついたのかな」

「違うと思いますけど」

 冷静なツッコミをもらった弓奈はなんだか急に可笑しくなってクスクス笑い出した。ずっとこうして紫乃ちゃんとお話していたい・・・弓奈はそう思った。そしてこの感覚こそが友達と呼ばれるものだと弓奈は信じて疑わない。

 遠くに流れ星を見た瞬間、二人の背後でシャッターが切られる音がした。振り向くとそこには実習室の窓から身を乗り出し備品のデジタルカメラを構える小熊会長がいた。

「写真で記録させてもらったわ。お二人の可愛い後ろ姿。今度は絵に描かせてね」

「んんー!」

 紫乃がうなりながら会長を追いかけて行った。弓奈も会長の鮮やかな盗撮っぷりに腹を立てかけたが紫乃が先に怒ってくれたお陰でなんだかどうでもよくなった。弓奈はもう一度花壇を振り返ってから二人のあとを追って温かい実習室へ戻った。

 ちなみにコスモスの花言葉は乙女の真心である。

 

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