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30、天才

 

 もうすぐ学園祭だ。

 春の体育祭で活躍してしまった生徒会は学園祭でも大いに期待されている。おまけに学園祭が終わればすぐに生徒会選挙、新生徒会始動となるので、生徒達が生徒会に入りたいと思うような面白い企画をすべきである。だが弓奈にしてみればもう走るのは勘弁だし、オープニングセレモニーの運営だけで手一杯だ。弓奈はどうすれば楽で目立たぬ学園祭に出来るかばかりを考えていた。

「会長は何か案があるんですか」

 まずはボスの意見を頂こう。

「あるわ」

 会長は議長席に腰掛けながら一切書類に目を通さずスケッチブックに何かを描いている。

「あるけれど、内緒よ。弓奈ちゃんか鈴原さんが私と同じことを提案するまで私は待機するわ」

 本当は何も思いついていないに違いない。会長は絵に夢中なのだ。向かいの椅子に腰掛ける紫乃が露骨に軽蔑した視線を会長に送り始めている。この場を丸く収めるにはまず弓奈が何かを提案せねばならないようだ。

「じゃあ私が提案するのは・・・」

 弓奈は小声で続けた。

「・・・あ、あやとり大会」

 会長が上品にクスっと笑う。紫乃も少し頬を赤くしてそっと弓奈から視線を反らした。どうやらアウトらしい。

「私は生徒会で学園の沿革について大規模な展示を行ってみるのがいいと思います」

 紫乃がそう言って立ち上がった。立ち上がっても大して背は高くない。

「生徒会室にはこれほど学園の歴史的資料が揃っているというのにこの豊富な情報が現状わずか三人の生徒会員のものとなっています。愛校心がどうとかいう堅苦しい議論を抜きにしても、学生同士の知の共有に理由は必要ありません。すぐにでも実施すべきです。場所はどのクラブからも使用申請が来ていない第二体育館の一階フロアで。いかがですか」

 さすがは学園長の娘。紫乃の提案は理に叶っている。これに決定すればきっと弓奈の望む「目立たない学園祭」は実現できるに違いない。

「ダメよ」

 会長は左手で色鉛筆をくるくる回しながら紫乃の提案をあっさり却下した。ちなみに会長は両効きで、稀に左右二本ずつ計四本のペンを操って描画している時がある。弓奈はこの描法をこっそり「カニさんスケッチ」と名付けている。

「・・・会長、なぜです?」

 紫乃はよくこのジトっとした眼差しを会長に送っているが、なぜか弓奈はあの目で見られたことがない。

「理由は内緒だけど、とにかくダメなのよ」

 どうやら会長が楽しくないと判断したようである。

「17時56分まで待ってあげる。お二人で学園を回って生徒会員以外の人に助言を求めてくるといいわ。これはとてもいい勉強よ」

「ジョゲン ・・・ですか」

 なぜか時間だけは具体的な指令である。

「その通りよ。ただし、助言を求められる相手は一人だけ。おススメは第二体育館の一階を通ってから食堂の渡り廊下を回ってくるルートかしら」

 意味が分からなかったが、このまま生徒会室に閉じこもっていてもこれ以上良いアイデアが出て来ないことは確かなようなので弓奈と紫乃は連れ立って管理棟の外へと繰り出した。




 銀杏紅葉に彩られた広場は爽やかな空色の下に広がっていた。弓奈は秋の風の香りが好きである。

「言われた通り第二体育館へ行ってみましょうか」

「うん」

 弓奈は最近、自分と一緒に歩く時の紫乃の歩幅は少し狭くなることに気がついた。これがまるで小さな動物のようでとても可愛らしいのだが「可愛いね」などと本人に言ったら硬派な紫乃ちゃんに嫌われてしまう可能性があるのでこのことは弓奈の胸の中だけにしまっている。

 フロアに人影はなかった。窓から緩やかに降りる秋の陽だけが穏やかに床に照っているだけである。

「展示にはぴったりだと思いますけど」

「そ、そうだね」

 会長に却下されたことがよほど癪に障るらしい。納得のいかない悔しさ以外そこには特に何もないので二人はフロアを去ろうとした。

「あれ。あんたたち何してんの」

 一枚だけ開いた窓からテニスのユニフォーム姿の少女が顔を覗かせた。彼女がおバカで有名な安斎舞であることは口元から覗いた輝く犬歯を見れば分かる。舞の姿を見て真っ先に動き出したのは紫乃だった。

「こんなとこうちしか来ないと思ってたのに、まさかあんたたちが来るなんて・・・」

 紫乃は何も言わずに窓を閉めた。

「ちょっと! なんで閉めんの! 鈴原!」

 紫乃はすました顔で窓に背を向けている。弓奈はどうしていいか少し迷ったが舞のために窓の鍵を開けてあげた。

「こんにちは」

「あ? ・・・こ、こんにちは」

 弓奈が予想外に礼儀正しかったので舞は少し動揺したようである。

「こ、ここは、テニス部員が練習の合間に涼みにくる所なの。窓が開いてるのは、そのほうがフロアの時計が見えやすいから。わかった?」

 何も訊いていないのに舞は語り出した。

「だから間抜け面した生徒会員がうろついてるの見ると、噛み付きたくなるんだけど」

 この人に噛み付かれたらちょっと痛そうだと弓奈は思った。

「・・・つかぬことをお伺いしますが、テニス部のみなさんは学園祭の日って何されてますか」

 弓奈が質問すると舞は腕を組んで目を閉じた。格好をつけているのかもしれない。

「きょ、今日と同じ。練習に決まってるでしょ。うちらはあんたたちみたいに暇じゃないから」

 会長がここで展示会を開くことに反対した理由が判明した。ここは邪魔者が入る場所なのだ。

「弓奈さん、お忙しいテニス部のお嬢様は置いて先へ急ぎましょう」

「そ、そうだね。それじゃ失礼します」

 弓奈が頭を下げてフロアを去ろうとすると、舞は慌てて彼女を呼び止めた。

「あ・・・待って!」

「はい?」

「あんたもしかして・・・私のこと覚えてないとか?」

「え・・・」

 弓奈は以前どこかでお会いしましたっけという言葉を呑んだ。実は弓奈が直接舞に会うのは春の体育祭以来だったので彼女の顔をすっかり忘れているのである。

「さ、弓奈さん。小物は無視して行きましょう」

「今なんて言った!? ちょっと鈴原!」

 助言は一人にしか求められないルールである。小物に構ってはいられないのだ。




 食堂へ続く渡り廊下は東洋一美しい連絡歩道橋という名で海外の観光案内誌に掲載されているらしいが、壮麗なのは外観だけで中は割とさっぱりしておりフワフワの赤いじゅうたんが延々と続くだけである。

「あれ」

 二人が立ち止まった先に知っている人影が歩いていた。

「香山先生、こんにちは」

「倉木さぁーん。鈴原さぁーん。おはよー」

 先生は寝ていたらしい。

「・・・どうする紫乃ちゃん」

「・・・先生にお伺いしてみましょうか」

 香山先生のほうがサンキスト女学園歴が長いし、彼女の寝起き天然脳が何か素晴らしい案を導き出してくれるかも知れない。二人は助言を求める相手を香山先生に決めた。

「先生、実は私たち、学園祭の日に生徒会で何か企画したいと思ってるんですが」

「ふぇー」

「ちょっと会議が煮詰まって外へ出て来たところなんです」

「お腹すいちゃった」

「もしよろしければ先生のお知恵を貸していただけませんか」

「んー」

 香山先生はお腹をさすりながら首をかしげた。先生は目がパッチリしていて時折同い年くらいに見えることがある。

「じゃあカフェで」

「か、かふぇですか」

 先生はきっと何かを食べさせてもらいたいだけである。

「でもあの、私たち三人しかいないので、お店をやるのは少し難しいかなぁって」

「お願ぁい。先生もお手伝いしに行くからぁ」

 きっと試食係である。

「ど、どうしようか紫乃ちゃん」

「そう・・・ですねぇ」




「会長。ただいま帰りました」

「あら、お帰りなさい」

 会長は窓際の椅子に腰掛けて珍獣クロフネの頭を撫でながら秋色の桜並木を眺めていた。スケッチはもう終わったらしい。

「それで、何か素敵な案は頂いて来られたのかしら」

 会長はゆるやかに立ち上がる。会長の髪の香りを弓奈は微かに感じた。

「はい・・・それが、香山先生から頂いた案なんですが。生徒会で喫茶店を・・・」

「まあ素敵」

 会長はクロフネをぽふっとデスクの上に置くと、先程まで熱心に何かを描いていたスケッチブックを持ってやって来た。

「はい。どれがいいか、お二人で選んでおいて下さるかしら」

 会長がそう言って差し出したスケッチブックには8種類のウェイトレス衣装が描かれていた。モデルは明らかに弓奈である。

「こ、これは・・・!」

 なぜか紫乃が食いついた。

「大丈夫よ。予算とは別で私が用意してあげるから」

「会長・・・おしり触らないで下さい」

 会長は鞄を持つと「今日もごくろうさま」と言って弓奈にウインクをし、生徒会室を華麗に去っていった。どうやら会長は初めから今年の学園祭ではカフェをやる気だったらしい。全て会長の思惑通りに回っていたのかと思うとなんだか弓奈は急に体の力が抜けた。

「私たちも帰ろうか」

「そうですね」

 もしかしたら会長は現場に足を運ぶことの大切さを二人に教えてくれたのかもしれない。腐っても生徒会長なのである。

「そういえば、私たち全然時計見ないで行動してたけど、今何時なのかな」

「ちょっと待って下さいね」

 そう言って紫乃はブレザーのポケットから小さな懐中時計を取り出した。

「今は・・・17時56分です」

 戻ってくる時間まで読まれていたらしい。

 

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