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3、鉄棒

 

 クール路線も徹底しすぎるとモテてしまうのかもしれないと弓奈は気づき始めた。年上から気に入られるほど可愛くなく、年下から好かれるほど格好良くないというのが弓奈の理想の自分である。実現のためにはまず、目立たない事が重要だ。

 1年C1組の記念すべき最初の授業は体育だった。フランス語あたりの無難な授業を期待していた弓奈だったが、運動は嫌いではないので体育館への移動等の面倒さを除けば悪くないスタートではある。

 ところがこれが大問題だった。今日に限って弓奈はかなりエッチなデザインの下着を身につけていたのだ。誤解しないで頂きたいのは、決して弓奈にそういった趣味があるわけではないということである。サンキスト女学園は全寮制なので、新生活を始めるにあたり必要な物資の多くを学園周辺で調達する必要がある。現在都内の工場で経理をしている沢見という女性と弓奈は知り合いなのだが、彼女がこのサンキスト女学園の出身で、寮での新生活にも詳しいため「これ、何かの足しにしてねん♪ 私の可愛いユミナちゃん」というメモと共に大量の衣類を送って来てくれたのだ。そして中身をよく確認しないままに沢見のプレゼントを新生活の下着に採用してしまったことを、今朝になって弓奈は激しく後悔したという訳だ。

 男性には分からない話かもしれないが、女子校の更衣室の中は少々破廉恥な場所である。自分の下着を他人に見られることを恥じらうような乙女はそうはいない。ところがラッキーなことに入学してまだ日が浅いので、更衣室の雰囲気は比較的大人しかった。これならば壁際にうずくまり、カバンでバリケードを作って、ハムスターのようにちょこちょこと着替えることが許されるだろう。少々格好わるいが、弓奈はまだサンキストの制服のシャツに慣れていないので体操着を着てからシャツを脱ぐなどというイリュージョンは出来ないからやむを得ない。

 弓奈がもぞもぞと着替えている間に紹介しておくと、彼女の下着はふわふわのレースをあしらっておきながら情熱的なカーマインレッドとブラックを基調としたテーマ不鮮明の逸品で、下は黒いリボン付きの一部透け透けTバックである。なぜ沢見が弓奈の下着のサイズを知っていたのかなどはだいだい察していただきたい。

 見事誰にも見られずに着替えを成功させた弓奈を待っていたのは運動らしい運動のないオリエンテーリングだった。着替える必要なんてなかったじゃないかと弓奈は担当の先生をじっとにらんでみたりした。担当の先生は香山という若い女性で、なるべく女性を避けようとしている弓奈ではあるが、体育の担当くらいは正直女性の方がいいと思っていたのでこの点は良かった。

「えー時間が余っちゃったので、ここで先生の得意技を披露しちゃいます」

 年甲斐も無くキャピキャピした先生が望まれてもいないプチサーカスを自ら開演したがるので、生徒たちは観覧という形で彼女の趣味に付き合うことにした。先生はわざわざ室内用の鉄棒を倉庫から運び出してフロアに設置し、逆上がりで鉄棒に上がってから反対を向いて鉄棒の上に座った。

「コウモリ回りしまーす!」

 先生はそう言って元気良く後方へ体を傾けたにも関わらず、逆さまにぶら下がった状態で停止してしまった。

「あれぇ?」

 先生は盛り上がる余りコウモリ回りという技のやり方を忘れてしまったらしいのだ。弓奈は運動がそこそこ得意なので先生のコウモリ回りの何が間違っているのか一目瞭然であるが、それを指摘するほど弓奈は愚かではない。目立たないように生きる・・・今朝自分にそう誓ったばかりだからだ。しかし生徒たちは妙な雰囲気になるし、先生は逆さまのまま首をかしげているしでとても授業にならない。仕方なく弓奈はそっと先生に声をかけることにした。

「あの・・・先生。コウモリ回りって手を離すんだと思いますよ」

 先生は弓奈のアドバイスを聴いて「ああ!」と言って鉄棒から降りた。

「君かわりにやってくれない?」

 よもやと思ったが、早くもクラスで一番の美少女として注目を集め始めていた弓奈には惜しみない拍手が送られ、あっという間に引き下がれない状況が出来上がってしまった。弓奈は仕方なく立ち上がり鉄棒を握った。

 あまり格好よく目立ってしまうとモテてしまう危険がある。おこがましい悩みに聴こえるだろうがこれが弓奈の現実なのである。だがせっかくこうして皆の前に出た以上サクッと成功させてしまいたい気もする。

「・・・よいしょ」

 弓奈が鉄棒に上がっただけで数人の女子生徒から歓声があがった。この時の弓奈のかっこよさといったら、のちに生徒たちの夢に出るほどである。弓奈は鉄棒に座って手を離し、後ろ向きに回り始めた。弓奈のポニーテールが空中に豪快な運びで風を描く絵筆のようにぐるぐると回った。生徒たちは弓奈にすっかり見とれている。何度か回ってみせたので弓奈はそろそろ降りることにした。難易度が非常に高いことは確かだが、降り方自体は単純だ。タイミングを見計らって脚を鉄棒から放し、回りながら着地するだけである。少々楽しくなっていた弓奈は完璧なタイミングで美しく脚を伸ばし、鉄棒から降りた・・・はずだった。

「ほっ」

 物語の意外性の中には幸と不幸のどちらかが潜んでいる。少なくても弓奈にとってこの瞬間は不幸であった。半年程使用されていなかった室内用鉄棒には相当量のホコリが付着しており、倉庫の湿気と相まって半天然の強力なすべり止めとなっていたのである。これのせいで、手も使わずに脚だけで回っていた弓奈の体操着はなんと20センチ程下にズレていたのだ。おまけに鉄棒から脚を離したあとは遠心力が脚部下方に働く。あわれ、弓奈の体操着のパンツは遥か前方に吹っ飛び、弓奈のオトナのパンツが生徒たちの目に飛び込んだ訳である。

「いやあ!」

 すぐに事態を察した弓奈はシャツを下に伸ばして必死にパンツを隠した。一部透け透け黒いリボンのTバックを。その恥じらう姿は非常に可愛いかったが、今更頑張って隠しても後の祭りである。生徒たちの脳裏にはその刺激の強いパンツがすっかり焼き付いてしまったのだから。

 こうして弓奈は「かっこよくて、可愛くて、そしてとてもエッチな美少女」として有名になっていくのであった。

 

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