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23、姉妹

 

 紫乃はベッドに腰掛けてランプの灯をぼーっと見つめていた。

 今日は妹の雪乃に完敗したようである。家族以外の人間と口を利かないはずの雪乃がまさか弓奈に懐くとは思っていなかったので紫乃の計画は総崩れだった。夕食後も雪乃は弓奈の側を離れず、彼女に星座の本を読んでもらったりしていた。夕食の準備は全て紫乃がやったので片付けは自分も手伝うと弓奈は主張したのだが、客人を働かせる訳にはいかないという妙な意地を張った結果妹に彼女を占領されてしまったのだ。入学以来弓奈一筋で毎日クールなキャラクターを必死に作り頑張っている自分が妹にあっさり抜かされるのかと思うと悔しくて仕方がない。

「はぁ・・・」

 もう眠る時間だ。弓奈には客間を貸したので別々の就寝である。今頃は体育祭の日の夜に見たあの可愛い寝顔で小さな寝息を立てているに違いないのだ。

 そういえば弓奈が授業中にウトウトしているところを紫乃は見た事がない。その代わりにヘアゴムを使って自分の細いももをぺしぺし攻撃したり顔を天井に向けたまま足をバタバタさせたりしているのをよく見る。きっと少しでも紫乃のような硬派な少女に近づこうと頑張っているのだろう。紫乃はそんな弓奈が愛おしくてたまらない。

(会いたい・・・)

 もう布団に潜った後ではあるが、紫乃はこっそり弓奈の寝顔を見に行く事にした。

 廊下には空調が無いのでむしむしする。客間へ行くには雪乃の部屋の前を通らなければならないのだが、彼女を起こしてしまっては面倒なので一度一階へ降り東側の階段を上って弓奈の元へ潜入することにした。

「弓奈さん・・・起きてますか」

 起きていたらどうしようか考えていなかったので部屋から返事がなかったのは幸いだった。紫乃はこっそり扉を開けた。布団がもぞもぞ動く気配はない。

「弓奈さん・・・」

 もう一度小声で呼びかけてみたがやはり反応はない。紫乃はゆっくりと枕元を覗き込んだ。しかし、どうしたことかそこには弓奈の姿がなかった。布団に一度潜った形跡はあるので化粧室にでも行ったのだろうか。そっと枕にふれてみると少しだけ温かい。紫乃はその枕を持ち上げてそっと抱きしめた。

「・・・弓奈さん」

「弓奈」

 不意に部屋の外から声が聴こえた。雪乃の声である。紫乃はとっさにベッドに上がり布団の中に身を隠した。

「お話しよ」

 雪乃が部屋に入ってきた。こんな時間に家をうろついて、おまけに客室へ忍び込んでくるとはなんて行儀の悪い妹だろうと紫乃は思ったが、よく考えるとそれは紫乃も全く同じなので彼女を叱ることはできない。雪乃は紫乃のいるベッドに潜り込んだ。

「弓奈、寝てる?」

「ね、寝てないです」

 思わず返事をしてしまった。こうなったら弓奈の振りをしてやり過ごすしかない。

「弓奈は明日も泊まる?」

「あ、明日には帰るかなぁぁ」

 普段敬語ばかり使っているので弓奈のしゃべり方を真似するのは疲れる。いくら背中を向けているからといって実の姉が分からないということは雪乃も寝ぼけているということだ。落ち着いて対処すれば乗り切れる。

「弓奈は次いつここに来る?」

「冬休みとかかなぁぁ」

 そもそもなぜ雪乃は弓奈を呼び捨てにしているのだろうか。同級生である自分は彼女を弓奈さんと呼び、小熊会長ですら弓奈ちゃんと言っているのに・・・そんなことを考えていると、突然紫乃は背中に温もりを感じた。雪乃がくっついてきたのだ。紫乃ですら自分からここまで弓奈にくっついたことはないというのに妹ときたら実に大胆な女である。

「弓奈はおねえちゃんの友達?」

「は、はい。うん」

 友達であることは間違いない。

「弓奈はおねえちゃんのこと好き?」

「え」

 なにを言い出すんだこの子は・・・紫乃はすぐにでも寝返りを打って雪乃のほっぺを引っ張ってやりたいところだったが、ここは適当に答えるしかない。

「好きとかじゃなくて、ただの友達だよぉぉ」

 そう答えた瞬間、雪乃が優しくしがみついてきた。姉妹なのでこれくらいの触れ合いは頻繁にあったはずなのだが、なぜかこの時は懐かしいような切ないような不思議な感じがした。

「ずっと友達でいて。それで、また遊びにきて」

 雪乃の声がひどく淋しそうに聴こえた。紫乃は雪乃に友達がいないことを知っている。なんとか妹を励ますべく紫乃はひと呼吸置いてから可能な限り弓奈っぽい口調で答えた。

「また雪乃ちゃんに会いにくるよ。私は雪乃ちゃんの友達だもん」

「友達・・・?」

「そう、友達」

 勝手な事をしゃべってはいるが、きっと弓奈本人もそう思っているだろうと紫乃は信じている。自分が弓奈のことを好きになった理由のいくつかは、そういった彼女のハートにある。こうして弓奈の立場になってみると分かるのだ。彼女の心がいかに広く、温かく、そして澄んでいるかが。紫乃は些細な事で妹に嫉妬していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。今では久しぶりに見る妹の幸せそうな姿に紫乃の小さな胸はほっこりと温まる気分である。

「弓奈・・・」

 雪乃はそう呟いて紫乃の背中に頬擦りすると、やがてスヤスヤ眠り出した。


 さて本物の弓奈はというと、実は紫乃の部屋に行っていたのだ。せっかくのお泊まりなのだから夜におしゃべりをしてみたかったのである。ところが紫乃の部屋に彼女はおらずしばらく待っても帰って来ない。紫乃はきっと秘密の部屋で勉強でもしているのだろうと思った弓奈は諦めて客間に帰ってきた。

「ただいまぁ・・・」

 独り言を言いながら扉を開けた弓奈は驚いて立ち止まった。そこには自分が眠るはずのベッドで頭をつけ合わすようにして仲良く眠る鈴原姉妹がいたのだ。

「可愛いぃい!」

 なぜ二人がこの部屋に集まったのかは分からなかったが、少なくとも自分がここで寝ていいことは確かなので弓奈はそっとベッドに潜り込んだ。そして自分と紫乃で雪乃を挟むように並んで横になった。

「おやすみ。紫乃ちゃん。雪乃ちゃん」

 返事の代わりに小さくて温かい雪乃の手のひらが弓奈の指を握ってきた。

 

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