21、白い洋館
『次は終点、女学園前。女学園前でございます』
弓奈は白いワンピースにコサージュの付いた波々麦わら帽子というかなり大人しいスタイルでやって来たつもりなのだが、ここまでシンプルだと逆に浮いてしまっている気がしてきた。紫乃との待ち合わせの時間まではまだ時間があるので駅前で時間を潰さなくてはならなず、どこか目立たないで済む喫茶店はあっただろうかと弓奈は悩み出した。
『お忘れ物をなさいませぬよう、お気をつけ下さい』
車掌のおねえさんの綺麗な声に促されて弓奈はホームに降り立った。さすが夏休みだけあって人影もまばらである。学園周辺は有名な避暑地なので八月でもそれほどひどい暑さではないが、日焼けはなるべくしたくないので弓奈はとりあえず駅ビルに向かおうとした。しかし、弓奈と紫乃が待ち合わせ場所にしている花時計横のベンチに何気なく目をやると、そこには既に見知らぬ少女が腰掛けている。もしやと思い弓奈は帽子を目深に被ったまま少女にこっそり近づいてみた。
「・・・紫乃ちゃん?」
そこには紫色のリボンタイをしてフリルのゴシックブラウスを着た紫乃がうつむいて座っていた。学園長の娘なので私服はきっとおしゃれだろうと思っていたのでそこに驚きはなかったのだが、弓奈は紫乃のある一点に釘付けになって立ち尽くした。
「か・・・」
「あ、弓奈さん。私少し早く来すぎてしまって」
「か・・・」
「な、何をそんなに見ているんですか」
「可愛いいいいいいいい!!!」
弓奈は紫乃を抱きしめる勢いで急接近した。紫乃は驚いて両手を上げる。
「な、なんですか急に」
「どうしたのその髪!? すっごく可愛い!」
「あ・・・これは美容室で。小熊会長の好みなので似合っているかどうかは・・・」
「似合ってる! すごく可愛いよ」
もしかしたら小熊会長と自分はすごく趣味が合うのかも知れないと弓奈は思った。なんと紫乃の髪は前髪をまっすぐに切りそろえられた、まるでお姫様のようなスタイルに仕上げられており、初めて彼女に出会った日の夜に弓奈が感じた通りものが見事そこに具現化されていたのだ。
「やめてください・・・可愛いだとか。そういうの興味ないですから」
そう言いつつも紫乃は今日ほど会長に感謝したことはない。大好きな大好きな弓奈から「可愛い!」と言われたのだから今にも卒倒しそうである。
「お言葉に甘えて、紫乃ちゃんのおうちに居候させて頂くつもりで参りましたよ」
紫乃が電話で必死にお泊まりを勧めるので弓奈は翌日の着替えも持って来た。女の子の家に泊まるなど弓奈にとっては自殺行為だが、相手は安全な紫乃であるし家族もいるらしいので何の問題もないだろうと判断したのだ。
「・・・合宿のつもりでいて下さいね。はしゃぎ過ぎないように」
「はーい」
二人はバスに乗った。紫乃の家は学園のすぐ側にあるらしいことは聞いていたが、バスがどんどん学園に近づくにつれて弓奈は不安になってきた。
「もしかして紫乃ちゃんの家って、学園の中とか?」
「惜しいです。学園の裏です」
バスは学園の塀に沿って走り続ける。こうして見るとサンキスト女学園がどれほど巨大な学校であるかがよく分かる。弓奈はこの学園について知らないことがまだまだたくさんあるのだ。
「次で降ります」
「あ、私ボタン押すね」
そう言って弓奈が降車ボタンに手を伸ばすと、ちょうど紫乃の顔の前に胸がやってきた。頭を少し後ろに下げればぶつかることはないのだが、紫乃はとっさの誘惑に負けて顔をその位置から動かさなかったので弓奈の胸は柔らかに彼女の頬をかすめていった。
バスを降りると目の前に白い洋館が建っていた。ここが紫乃の家である。
「すごい・・・綺麗なおうち」
弓奈の家がまるごと収まってしまいそうなほど広い庭は美しく整えられた芝の緑に覆われ、まもなく日が暮れるというのに夏色にまぶしく輝いている。
「紫乃ちゃんのお母さんとかお父さんもいるのかな」
「母は小熊会長と一緒に姉妹校へ親善訪問中です。しばらく帰ってきません」
そういえばそんなことを会長が言っていたのを弓奈は思い出した。
「父も今はフランスのルーアン・リヴ・ドロワットで時計修理店を営んでいますので、会うには数年待って頂く必要が・・・」
「いやぁ・・・すごいご両親だねぇ」
だが確か電話では家族も一緒だと言っていたのにこれはどうしたことかと弓奈は首をかしげた。
「少し散らかっていますが」
紫乃が玄関の鍵を開ける。
「どうぞ」




