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20、美容室

 

「これ」

 紫乃が電話番号の書かれたメモを差し出した。

「電話かけてくれれば・・・出てあげなくもないです」

「わぁ、ありがとう紫乃ちゃん!」

 弓奈も自分の家の電話番号をメモして紫乃に手渡した。

「私ホントに夏休み紫乃ちゃんの家に遊びに行っていいの?」

「はい。いいんです。塾以外はやることもないので・・・かまってあげます」

 改札口の前には夏休みの到来を喜ぶサンキストの生徒達であふれている。ほとんどの生徒が帰省するために大きな荷物を抱えており弓奈もその一人だ。

「それじゃあ八月に入ったら電話するね!」

「はい・・・ですが、電話したくなったら今日でも明日でもかけていいですよ」

「わかりました師匠! 電話越しにそのクール具合を学ばせて頂きます!」

「ホントに・・・暑苦しい人ですね」

 紫乃はそう言いながらいつまでも弓奈の側を離れない。

「それじゃあ紫乃ちゃん、私は電車だから。またね」

「あ・・・はい。また」

 弓奈が子鹿のように軽やかに改札を抜けていく。紫乃は彼女の後ろ姿が他の生徒達の制服に紛れて消えていってしまうのを最後まで見つめていた。

「お二人とも本当に仲がよろしいのね」

 その声に紫乃は突然夢から叩き起こされたような気分になった。振り向くとそこには私服姿で白いレースの日傘を差した小熊会長が微笑んで立っていた。

「・・・小熊会長。いつからそこにいらっしゃったんですか」

「モネがシャルル・グレールに弟子入りした頃からかしら」

 会長はまた訳の分からないことを言っている。

「・・・余程お暇なんですね。それで、そんな何世紀も前から一体なにを」

「弓奈ちゃんを見送りに来たにきまってるじゃない。だけど、お二人があんまり絵になったものだから私の入り込む余地がなかったの。素敵だったわ。弓奈ちゃんも、鈴原さんも」

「私も・・・?」

「ええそうよ。鈴原さんには鈴原さんの良さがあるわ」

「私の良さ・・・ですか」

「そ。だから今度私のヌードモデルになってくださる?」

 紫乃は小熊会長の靴をわざと踏んで歩き出した。

「冗談よ鈴原さん。それより、ちょっとだけ私に付き合って欲しいのよ」

「・・・どんなご用なんですか」

「あなたに関することよ」

 会長は爽やかな水色の瞳で真っ直ぐに紫乃を見つめた。シュールな言行と卑猥な思考が玉に傷だが、会長は基本的に尊敬出来る先輩である。紫乃は彼女の用事が真面目なものであると信じて会長についていくことにした。

「この通りにカットして頂けますかしら」

 会長がトランプ柄のクラシックなカバンから取り出したのは小さなスケッチブックだった。美容師の若いおねえさんはスケッチブックの中の少女の顔とチェアーに腰掛ける紫乃とを見比べながら「・・・すごく似てますね」とつぶやいた。

「あの・・・会長。美容室に来たのはいいんですが、カットするのは私の髪なんですか」

「シャンプーまでしてもらった後に何を言ってるのよ」

 小熊会長は窓際のソファに腰掛けてにこにこ笑っている。

「私からのプレゼントよ。一学期頑張ってくれから」

「え」

 鏡越しに見た小熊会長の姿はいつもより少し大人っぽく見えた。

「でも頑張ったのは小熊会長や弓奈さんも一緒で・・・」

「それなら大丈夫よ。私合理主義者だから一石三鳥の一手で済ませようとしているだけだわ」

 会長の言うことは本当に訳が分からない。

「お会計だけして私はお先に失礼しちゃおうかしら」

 そう言うと会長は紫乃の正面に来て中腰になり、彼女の目を覗き込んだ。ここが美容室であることを忘れているかのような挙動である。

「ねえ鈴原さん」

「な、なんですか」

「すっごく美味しい紅茶に出会って、実はこれからしを使ってるんですよぉなんて後になって教えられたら、私はからしも好きになっちゃうかもしれないわ」

 やはり意味が分からなかったが、紫乃には会長がなにか大事なことを言っているような気がした。

「あなたは美味しくなるわ。だから焦らないで、諦めないで、毎日を楽しめばいいのよ」

 会長は紫乃の頬に付いた髪を指先で優しく払うとレジにお金をぽんと置いて美容室から出て行ってしまった。

「あ・・・」

 ありがとうございますと一言いえなかったことが悔やまれたが、万が一とんでもない髪型にされたときにくやしいので結果が出てからにしようと紫乃は思った。紫乃が一度も見ていない会長のスケッチが彼女の髪の命運を握っているのだから。

「お客様はサンキストの生徒さんですよね」

 突然美容師のおねえさんが口を開いた。紫乃はサンキストの制服を着ているので一目瞭然だ。

「今の方は生徒会長さんなんですか」

「ええ。一年生の時から会長をされている方です。時折気持ち悪いですがカリスマ性がある面白い人ですよ」

「そうなんですかぁ・・・素敵な人ですねぇ」

 美容師のおねえさんは目を閉じてなにかを妄想し始めた。この人もサンキスト女学園の出身に違いないと紫乃は思った。なにしろこの学園を出た人間は大人になってからも独特の空気感を漂わせるらしく、紫乃には近頃それが分かるようになってきた。それはいいのだが・・・

「あの、美容師さん! 危ないので目を開けて切っていただけますか!」

 

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