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14、ナンバーワン

 

 弓奈は唖然とした。

 一学期中間試験の成績上位者30名は一覧表にして学舎の広いエントランスに貼り出される。今回の試験で総合39位だった勉強熱心な紫乃に付き添って弓奈はそのエントランスへやってきたのだが、一覧に挙っている名前を見て彼女は全身妙な汗をかき立ち尽くした。

「今回は少し失敗しちゃいましたが、次回は上位者一覧に乗ってみせます」

「え! あ、うん」

「私がもう少し本気を出せば20番くらいは容易いですから」

「そ、そうだね。紫乃ちゃん頭いいもん」

「んー上の方は字が小さくて私の視力では見えにくいです。弓奈さんが知ってる名前はありますか。」

「・・・さ、さあ、どうだろう」

 弓奈は何かをごまかすようにそう言うと「ちょっと待ってて」と紫乃に言い残し化粧室へ駆け込んだ。鏡の前でカバンからファイルを取り出し、つい先ほどのホームルームで配布された成績表を確認した。さっきはしゃっくりがずっと続いていてそれを止めようと必死だったため全く成績表など見ていなかったのだ。紫乃と違って弓奈は試験前の二日くらいしか勉強をしなかったし、勉強をするページもオレンジの香りがするおもちゃのサイコロを振って決めていた。なので当然成績はあまりいいものではないと思っていたし、成績そのものに興味もなかった。

「うっそ・・・」

 だがどうだろう。弓奈の手の中の頭が痛くなるほど数字が並んだ成績表の一番右下、総合順位の欄に記されていたのは・・・

「一位!?」

 やはりエントランスの一覧表は間違っていなかったのだ。だがどう考えてもこれは弓奈の実力とは思えない。中学生の頃の弓奈は平均点をとるのに必死だった少女なので、入学できたことが夢のようなこのサンキスト女学園で一位を取れるわけがない。原因はあのサイコロによる導きか、弓奈に備わっているサイキックパワーのどちらかだろう。

「どうしよう・・・」

 せっかく弓奈が遠慮しまくった謙虚な毎日を生きようとしているのに、成績でトップなんかとってしまったら目立ってしまう。万が一これでモテてしまったらあのオレンジのサイコロはアツアツの湯船に沈める刑だ。

「あれ倉木さんじゃない?」

「倉木さん! カッコイイ」

「私はあの子可愛いと思うんだけど」

「頭も良かったんだね」

「生徒会からオファーが来て仕事手伝ってるって話聞いたけど」

「私弓奈様と結婚するの」

「ちょっと誰か話かけてきてよ」

「おしゃべりしたらうち鼻血出るわ」

「あたし先週廊下で倉木さんと目があったの!」

「ホントに!? ちょっとその目触らせてよ」

「い、痛い痛い!」

 周囲の生徒たちのそんなささやきに気づかない振りをしながら弓奈は紫乃を迎えにいった。

「紫乃ちゃん、今日はもう寮に帰ろう」

 弓奈は背後から紫乃に小声で言った。

「弓奈さん、申し訳ないのですが上位10人くらいの名前を読んでいただけませんか。見えそうで見えないんです」

「んー上から田中さん佐藤さん、あとはみんな山田さん。さ、寮に帰ろう!」

「え! あ、はい」

 弓奈は一刻も早く紫乃をこの場から引き離したかったので彼女の腕を抱きしめるようにして学舎のエントランスを出た。山田さんが多すぎることに紫乃は大いに疑問を持ったが、そんなことより自分の腕に当たる弓奈の柔らかい胸の感触のほうが気になってしまってそれどころではなかった。

 その様子を遠くから見ていた生徒がいる。彼女は一年生寮の二階のベランダからこちらへ向かってくる弓奈たちを眺めていたが、やがて小さく舌打ちをして階段を降り始めた。

「ねえ、あなたさ」

 弓奈たちの前に立ちはだかる女子生徒。彼女は弓奈と同じくらいの身長でストレートパーマをあてた綺麗な黒髪をしており、リボンは緩みまくり口元からワイルドな犬歯が覗いている。そう、いつか家庭科実習室で生徒会長に襲われていたときに扉を開けてくれた生徒だ。

「あなたさ」

「こんにちは! この前はありがとうございました!」

「え」

 別れ際に「ばかあああ」と罵ったはずのなに弓奈がフレンドリーな笑顔を向けてくるので彼女は動揺した。

「ちょ、調子に乗らないでくれない?」

 彼女はツカツカと弓奈に歩み寄った。

「ちょっと可愛くってかっこ良くて運動が出来て頭が良くて性格も良いからって、調子に乗らないでって言ってるの!」

 彼女はそう言って弓奈の肩を突き飛ばした。弓奈は「きゃ!」っと声をあげてタイルに尻餅をついた。

「弓奈さん大丈夫ですか!」

 紫乃が慌てて駆け寄った。ここだけの話、弓奈のキレイな太ももが見られたので紫乃にとっては幸せな瞬間だった。

「平気平気。ありがとう紫乃ちゃん」

 突き飛ばした方の少女はというと、自分でやったことだというのに尻餅をついた弓奈を見て「しまった」というような表情をして立ち尽くしていた。やがて自分を奮い立たせるようにこぶしを握りしめると大きな声で言い放った。

「うちお前のこと好きじゃないから!」

 突然なにを言い出したのかと弓奈たちは目が点である。

「・・・好きじゃないんだから」

「う、うん」

 だからどうしたというのだろうか。二人に見つめられた少女は耳を赤くして背を向け走り出した。

「ばか」

 階段の踊り場で振り返りそう吐き捨てていった。

 彼女の姿を目で追いながら弓奈は考えていた。あの少女は弓奈のことが「好きじゃない」だけでなく「嫌い」なのではないだろうかと。きっと彼女は生徒会長小熊アンナのファンで、あの日会長が弓奈にイタズラしようとしている現場を見て弓奈に嫉妬したのだ。だとすれば彼女から恨まれて不思議は無い。弓奈は今まで人から憎まれた経験が皆無だったのでちょっと新鮮な気分だ。確かに少し残念だがこれも青春の1ページ。会長のイタズラもちょっとした冗談のつもりだろうし、自分も同性には全く興味がないということをさっきの少女にいつか話してあげようと弓奈は思った。そうすれば一件落着なのだから。

 紫乃は紫乃で違うことを考えていた。自分の大好きな弓奈を突き飛ばした上に「ばか」などと言って去った愚者の背中に火矢でも放ってやりたい気分だったが、感情に身を任せていてはクールな紫乃ちゃんの名が廃るのでぐっと堪えた。落ち着いて考えてみれば弓奈を狙う人間が一人減ったということは紫乃にそれだけチャンスが増えたということに他ならないのだ。幸と不幸は表裏一体である。

 この二人の考えが全く外れていたことに本人たちが気づくのはもっと後になってからである。

 

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