1.気楽にいこう
よく晴れた日のお昼頃のとある部室。
「ちょっと待って!!ちょっと待って!!」
私立葵カ丘高校の校内に響き渡る一つの声。
「はぁ?」
返事と同時にゴドッと響く鈍く固い音。そして、
「イィィィイヤァァァアアア!!!!!」
待ったも虚しく快晴にまで響いた男の悲鳴。それを何食わぬ無表情な眠たい目で眺める女の子宮野刹那17歳いて座。
「何してくれとんじゃぁあ!!」
悲鳴の次は涙ながらに激怒する少年高峯玉樹17歳獅子座。
「前々から思ってたのよ、邪魔だなーって。邪魔な物はゴミよ。ゴミをゴミ箱に入れて何が悪いの」
平然と自分の理論を並べる。しかし玉樹の怒りと言うより最早嘆きは収まらない。
刹那が捨てたのは、以前から玉樹のコレクションしていた昆虫のほぼ未完成の標本だった。因みに中身はカブトムシとモンシロチョウしか入っていなかった。
「夏になったら取りに行こうと思ってたんじゃねーか!!」
「去年もそのままの状態で置いてあって同じこと言ってたけど、アホだから冬にしか行かなかったじゃない。・・・何を取りに行ったのか知らないけど」
ここは小さな部室である。何部かと言うと、限りなくどうでも良い適当な内容ばかりやっている『娯楽部』。要は『何かして遊ぼうぜ!』な部活である。
一応進学校なのだが、ある意味アホな人・・・と言うより、変わった人の割合が多い部活である。
「だからってなんで捨てるんだよ!!俺がその虫捕まえるのにどんだけ苦労したと思ってるんだ!!秋になりかけてたまだちょっと暑い日に生き残ってた貴重なものだったんだぞ!それだけの為に5時間も費やしたんだぞ!!?」
アホなのは否定しないのね。
「夏ならそこら辺歩いてるだけでもゲットできるのにアンタ馬鹿ね、今更じゃないけど。そもそも始める時期が違うのよ。これだから単細胞は・・・。」
「っ・・・!何でそんなに貶されなけりゃぁならないんだ・・・!」
「高校生にもなって一人で燥いで虫取りだなんて全く幼稚ね。ところで、私が昨日までここに置いておいたぽぽちゃん人形知らない?」
「お前にだけは言われたくねぇな!!そして知らん!」
「・・・・・」
ハッキリと言い切ると、刹那は眠たげな目を更に細め、軽蔑の眼差しに変わった。
「・・・な、何だよ・・・」
するとわざわざ残念そうにため息をつき、口を開いた。
「どこまでも使えない男・・・」
「ハァア?!」
「がっかりね。今更じゃないけど」なんて言って部室を後にした刹那。あまりの言われようにただ立ち尽くすだけの玉樹であった。
今日は外での部活で、他のメンバーとは他で待ち合わせている。だったら何故わざわざ部室に来たかというと、やはりぽぽちゃんを探しに来たのだった。(ちなみにその人形は妹のものである。何故持ってきたかというとそれは謎・・・。)
そして成り行きで一緒に集合場所に行くことになってしまった2人。場所は部長のおばあちゃん家だった。この大きく古風な屋敷にメンバーはよく集まる。
「よく来たねぇいらっしゃい」
いつも朗らかな笑みで迎えてくれる部長婆。というか咲江さん。
部屋に行くと、既に殆どのメンバーが集まっていた。そして無駄に爽やかな部長の三谷圭介18歳蠍座、好きな物梅干しの彼は2人に気付くとニコリと笑った。
「とりあえず土下座ね」
「いやいやいや!!可笑しいでしょ!?」
すかさずツッコミを入れる玉樹であった。
部長圭介は尚も笑顔で告げる。
「だって君達遅刻だよ?30秒も」
「たったそれだけ!?いいじゃんそんくらい!!しかもまだいない奴いるし!!」
部員は全員で10人と少数だ。ここにはまだ9人しかいない。
と、刹那はいつもながらの涼しい無表情でスタスタと圭介の所に歩いて行った。
「お土産です」
「わーありがとう♪座っていいよ」
「何でだぁ!!」
またもすかさず玉樹はツッコむ。
「それいつの間に買ったんだよ!?つーかそれ賄賂的なアレだよな!?いいのそれで見逃しちゃうの部長!!」
「うん」
「えぇ!?」
サラリと流された。
「悪いと思ったら詫びの品とか用意するでしょ?社会人の常識だよ」
「俺高校生だから!」
そう言った直後、後ろから怠そうな声が聞こえた。
「遅れてすみませーん」
振り返るとふわふわの金髪のまだあどけなさ残る可愛らしいルックスの男の子がライトブルーの眠そうな目をして立っていた。いわゆるハーフだ。
「やっと来たね~翔ちゃん、座ってー」
「はい」
「えぇ!?『座って』ってなるのコレ!?俺だけ扱い酷くない?!」
そう言いながらゆったりと歩いて行くルイス又は翔君16歳を目で追った。
本名、ルイス・カイヴァミール・翔太。母がフランス人だ。因みに父の名字は神谷だ。とくに名前にこだわっていることもないので、神谷翔太と名乗ったりルイス・カイヴァミールと名乗ったりする初対面だとちょっと困る子。因みにだいたいの外国語はペラペラである。
「今回は免除してあげるから早く座んな」
文句の多い玉樹に笑顔で促した。口ではそう言っているものの、本人はただ玉樹の反応を面白がっているだけだ。渋々座る玉樹。「そろったねー」と嬉しそうに言う圭介。そして話し始めた。
「今日はね、みんなの心身をスッキリ綺麗にしようと思って呼んだんだ」
とかいいながら軍手と大きな袋と鎌などを後ろから取り出した。
「何だよその『普段は心身汚れてる』みたいな言いか・・・」
「草むしり。よろしくね♪」
「ただの雑用じゃねェか!」
やはり玉樹がツッコミを入れるので、圭介は笑顔で首を横に振った。
「違うんだなー。雑用なんかじゃないんだなー。掃除をしながら自分の内面もスッキリさせようっていう部活動なんだなー」
言いながら玉樹の前まで歩いて来ると、軍手を持たせてニコリと笑った。
「みんなもよろしくね」
本当に良く笑う。笑っていないときがあるのかと思うくらいだ。寧ろ笑顔がポーカーフェイス。
「みんなすまないねぇ」
そう言いながらお茶とお菓子を盆で持ってきてくれた咲江さん。
「全然♪私達こういうの好きですから。ね、薫」
「うん!学校でもよくやる(やらされる)よ、部長に頼まれて。ね、紗苗」
この2人は双子の姉弟。姉が華弥紗苗、弟が薫だ。顔が本当に瓜二つの1年生。
「あらあらそう言ってくれると助かるわ」
穏やかな笑みで嬉しそうに笑う。それを見て2人は更に機嫌を良くして笑った。
…と、折角いい気分なのに…
「え?今何て?そのバァ…――!!」
『さん』とでも言おうとしたのか、ヘッドホンをつけて愛嬌のある笑顔で言いかけたが、隣にいた少年に抑えられた。そしてやや乱暴にヘッドホンを外されて頬を膨らます。
「何やねん」
「お前が何やねん!人の話聞く気ィないやろ!」
「俺はジャッキーのBGMだけ聴いてりゃァ何でも出来るんやで?」
「人の話すら聞けてねぇじゃん」
ふふん、と何故か胸を張るヘッドホンの少年、西城蓮17歳乙女座、何気にボンボンのお坊っちゃんである。それを窘める少年速水陽一通称『陽ちゃん』17歳牡牛座はちょっと短気な性格。因みに2人は大阪出身の幼馴染みだ。
「雑草だけとればいいのね?」
2人のやり取りなど無かったことのようにやり過ごした少女、というよりお姉さんは早々と軍手を持って部屋を出て行こうとする。
「夏目、あなたも早く軍手と手袋を持って来なさい」
「はい、お嬢。因みに軍手と手袋は同じです」
「…わざとよ」
クールなオーラを纏った、実家は極道のお嬢さん五十嵐みやびは意外と天然な18歳。 そして常に側で護衛をしている冷静な黒髪ショート美少女、頼河夏目16歳はか弱そうな外見とは裏腹に実はスゲー強いというさすが極道の恐ろしい子。というより、五十嵐一家は武道に長けている。
「素直な学生さんたちばかりで本当に助かるわ、ありがとね。圭ちゃんもこんないい部員さんばかりで良かったわね」
「いいやみんな結構変人だよ」
決して謙遜などではない。本音からそう言ってるのだろう…。
「あらあら失礼なこと言うもんじゃないよ。大切な仲間だろう?」
「だってさおばあちゃん、例えば玉樹なんて冬に網を片手に半袖半ズボンで家を飛び出て行くんだよ?しかもその理由分かる?『難しい時期に虫を捕まえた方が凄いから』だよ?アホでしょ。誰がムカデなんて見せられて賞賛するんだよ」
「何だとォ!?部長なんて『笑顔は体にいいから』っていっていっつもポーカーフェイスになってんじゃん!笑顔で怒られる側の気持ち考えてみろよ!あれめっちゃ体に悪ィぞ!」
軍事をはめて拳をつくり怒っている、何気にやる気のある玉樹は子どもっぽさ満載だ。
「何言ってんの?“俺”の体にいいだけだけど」
やはり笑顔で返す圭介。次に何か言い返そうとした玉樹の言葉を双子が遮った。
因みに咲江さんは笑いながらもう出て行った。
「はいはいもう終わり!つまんないことはさっさと終わらして帰ろうよ!」
「そうそう。腹に足しにもならないような嫌なことは先に終わらせちゃうのが一番だよ」
…あれ?さっき『こういうの好き』だって言ってなかったっけ?
「ほら見てみなよ!お嬢なのに一番乗りだよ?みやび先輩は」
見ると既に庭に居り、みやびと一緒にせっせと草を刈っていた。
と、不意に振り返った。
「恩は売れば売るだけ良いことがあるのよ」
薄く笑いながらそう言うと、また草を刈りだした。
「…腹黒い人ばかりだ」
今更でもないが、玉樹はみんなの笑顔に恐怖を抱いたのだった。
渋々草むしりを始める玉樹。ふと左を見てみると翔ちゃんが団子虫をコロコロと転がして遊んでいた。かと思えば反対側では蓮が超ノリノリで草を毟っていた。ノリノリすぎて草があちこちに飛んでいる。少し砂と草が自分にもかかってくるほどに。
そして後ろを振り返り今さっき出てきた部屋を見てみると圭介が優雅にお茶をすすっていた。
「っておい!!何してんだよ!!部長が率先してやんなきゃだめだろ!?」
お茶を飲むと静かに息をはく圭介。そしてお茶を飲んでいてゆったりした気分のようで、物凄く柔らかな眼差しで笑顔を向けてきた。
「僕はみんなの安全のため、監視役だよ」
「監視してんの?!それで監視出来てんの?!だったら蓮を注意してよ!俺もう被害被ってんだけど!」
そう言いながら砂のかかった服を指差し主張した。
「・・・ふ。そんなもの・・・。子供は何の子だい?」
「風の子!」
「ブー。大地の子だよ。だから気にしないと思うよ?」
「俺のことだから!俺が一番気持ち知ってるから分かるから!」
「・・・なに?」
わざわざ間を溜めて驚いた風に言った圭介。
「いや『なに?』じゃなくてさ!・・っつ!あぁもういいよ!ずっと正座でお茶飲んでて足がしびれちゃえばいいよ、あと飲みすぎでお腹壊せばいいと思います!」
そう言いながら作業を再開するべく前を向いた玉樹に、
「・・・人を呪わば穴2つ・・・」
「うるせえよ!」
案外早かった反応に少しキョトンとした圭介だったが、またクスっと笑うとお茶をすすった。
「あぁ面倒くせぇ…」
小言を言いながらまた草むしりを始めると、「お嬢」と凛とした声が聞こえたので振り向いてみた。
「もういいんじゃないですか?」
見ると満タンのゴミ袋3つを寄り添わせ、充実した感じの笑顔で夏目を見たみやびだった。
「そうね。これなら誰も文句無いでしょう」
すると一体その細い体のどこにそんな力があるのかと思う程軽々と夏目1人で3つ全部のゴミ袋を持ち歩いてきた。
「さぼってはいけませんよ」
夏目はみやびの後ろを歩き、すれ違い様に言った。
「さぼってはー…ないんだけど…」
何故か夏目には強く出れない玉樹。別に意識しているとかそういうのではなく、あまり感情を面に出さない性格の人は何となく苦手なのだ。万が一2人になってしまうような事があったら気まずすぎる…。
そんな事を考えていたら思い切り泥つきの草が飛んできたので、さすがに蓮には注意した玉樹。
「おぃ、さっきから色々飛んでんだよ」
しかし全く反応せず、頭でリズムを刻みながら相変わらず笑顔で草を飛ばしている。
「おい!聞こえないのか!?」
シカトされる(←別にしてないが)と言うのは本当に腹立たしい。
「おい!!」
言いながらまるでツッコミのように頭を殴った。その拍子にヘッドホンが取れてトテっと落ちた。
「おーぃ!今いいとこやったのに何すんねん!愛用ヘッドホンが砂にまみれてもうたやないか!」
「俺の顔はプラス草だ」
そう怒ると、蓮は一瞬ポカンとして玉樹の顔を見た。かと思えば感心しだした。
「おぉー!見事に民族衣装みたいになってるやん!どこの部族?」
あははと笑いながら、最後の言葉は諸に標準語だった。
確かに茶色の砂に緑の草とでインディアンの化粧のようになっている。しかもランダムに投げられたとは思えないほどのシンメトリーだ。
「俺凄いわ~」
何故かご機嫌にヘッドホンの砂を払いつつニコリと言った。
「まぁ確かに自分の顔に何かしら投げられたら怒るわなぁ」
玉樹は思った・・・。何でコイツ謝らない!!?
「まぁあんま気が短いと長生きせんで?その分俺や部長なんかは100歳位生きそうやなぁ。なんたって穏やかやし」
なんでコイツ人生の話ししてんだ?!草から人生に話し移るのか!?つーかアンタの場合まず最初に耳を悪くするだろうよ。
「気にせんことが一番やで?心を広~く持とうな」
いやいやいや!人に危害加えて気にしないってそれはいけないと思います!そこは気にしてください。仮に足を踏まれたとして「気にすんなや」なんて言われたら「ハァ?」若しくは「舐めとんのか!」て言われるよ怖い人に。
てか何で俺が説教されてるみたいになってんだ?!
「僕はね、『ごめん』で済むなら『ごめん』て言った方がいいと思うよ」
だんご虫をコロコロしながらこちらに振り向いた翔ちゃん。あぁ、この子は争い事嫌いそうだもんなぁ。と、玉樹がそんな事を思っていたら・・・。
「翔太!お前それでええんか!?男としてプライドないんか!?」
さっきまで「気にすんな」と言っていた人が猛烈に語りだした。・・・気にしてるじゃん。
「お前そんなだと舐められるで!?つまんない人間になってしまうんやええんか!?」
「別に構いませんよ。舐められて困る事もないし」
この子こそ何も気にしなそうだ。と言うより、端から無気力無関心な目をしている・・・。こういう子が怒ると恐いんだろうなぁ。てか怒るのかな?
「それじゃ何か?お前は自分の主張は抑え込んで心にも無いこと言って解決するんか!?」
「解決するならいいじゃないですか。そもそも問題というのは解決させることに意味があるんです」
「何やお前の頭ん中は硬いわ~。そんなんで人生楽しいんか!?」
「はい」
即答。翔ちゃんは海外旅行やらなんやらが多いので結構充実しているのだ。『なんやら』をツッコんでも何も良いことは無いので良い子は素通りしましょう。「じゃあ悪い子は?」とか言っちゃいけません。
「あぁもういいから、さっさと終わらせて帰ろーよ」
面倒になってきてしまって投げやりな気分。草のことはもういい。泥のことはもういい。そもそもこの作業が終われば何もかも丸く収まるのだ。・・・いや、特に問題が起きてるわけではないけど・・・。
結局なにげに一番頑張っていたのは玉樹だった。因みに夏目が関心していた。「凄いですね」とストレートに言われただけで浮かれてしまう単純な頭をしているため、夏目への苦手度がグーンと減った。寧ろ「この子いい子じゃん」と思った今日1日だった。
*
「痛てて・・・」
家に帰り、ドテッと自室のベッドに倒れ込んだ玉樹。慣れない作業で早くも筋肉痛になってしまった。
「そういえば前テレビで『畑仕事が一番の全身運動』、みたいなこと言ってたっけなぁ。ラジオ体操も然り」
植物を植えるより寧ろ抜く作業だったが、しゃがんだり立ったり移動したりと言う行動はあまり変わらないのだろうか・・・。
「最近のお年寄りは元気だよなぁ~」
咲江さんは今年で84歳だ。しかしそんな高年齢には全く見えずピンピンしている。
「今日咲江さん、雑巾持って走り回ってたしな」
まさか「雑巾がけ」という言葉を知らないのだろうか・・・。雑巾持って走ってるって言われても絵的に何がしたいのか分からない。
「あぁ~にしても疲れーたっ。運動不足かな?いやいや使わない筋肉使ったらそりゃあ痛くなるなる」
確かに好きでスクワットのような運動をしょっちゅうやってる人はそういないだろう。
「明日はー・・・土曜か」
葵カ丘高校は土曜も学校がある。と言っても午前中で授業は終わり。
「そういえば宿題やってなかったな~」なんて思いながらも疲労感から睡魔が襲ってきた。
玉樹は性格的にはアホな所が多いが、学業の方は意外と優秀な成績を収めている。特に得意なのは生物だ。昆虫好きから生物には興味が沸くとか・・・。特に図説など絵の多いもの。顕微鏡で何か生き物を覗くのも本人的には楽しい。一番素晴らしいのは、生物だけは100点しか取ったことがないということだ。
「・・・ん・・・」
明日起きたらやろう。そう心に決めて眠りに落ちた。しかし玉樹が宿題を提出するまでに学校で四苦八苦することになるのは、未来でのお楽しみだ。