08.見下して笑ってるって思ってた。
『かなちゃんにお願いがあるの。昨日の、上原くんのお世話をお願いできないかしら』
『は!?』
『だめかしら』
放課後。チャイム。
次に聞こえた校内放送に、耳を疑った。
『ナニヲオッシャッテルンデスカ、ナカちゃんセンセイ』
呼ばれたのは、自分の名前。そして、保健室に大至急というかすれた音声。
思い当たる節が――――ないわけではなかった。
『まあ見事なカタカナ発音。そんなにイヤなの?』
『絶賛イヤデスネ』
辿り着いた保健室でにこにこと笑う白衣の保健医と向き合うこと数分。
聞かされたのは、とんでもないオネガイゴト。
『お願い。ね?』
『ムリデス』
『かなちゃんじゃないとだめなの』
『イヤデス』
あの事件のただの目撃者にすぎないあたしには関係ない。
そう思っていたのに。
『かなちゃん、聞いて。実はね、上原くんクラスでうまくいってないの。前の学校でも、そういった事情があってね』
『はあ……』
『仲良くしようと空回りして、言う事を鵜呑みにして。笑っているように見えて、大分無理してきたみたいなのよ。かわいそうに』
『それで、なんであたしが』
『かなちゃん、すぐに駆けつけてくれたでしょう? なにか気づいてたんじゃないの?』
図星を、突かれた瞬間だった。
してやったり、という顔を浮かべたナカちゃんに反論もできなかった。
『そ、それとこれとは、話が別じゃないですか!』
『上原くん、病院に行くときにね、かなちゃんのこと探してたの』
『なんで、ですか』
『下のほうに手を向けてね、探すみたいに、あの子はどこですかって聞くのよ』
落ちてきたひとは、きっと毎日空からモノを降らせたあのひとなんだろう。
それは、なんとなくわかっていた。
消しゴムのかけらにノートの切れ端。
星型に作られたクリップ。
あのひとはなにを思って、あの青に散らしていたのだろう。
『だからね、しばらくでいいの。ケガした足が治るまででかまわないわ。上原くんをお願いできないかしら』
気づいてほしかったのだろうか。
教室の息苦しさや、気持ちのもどかしさに。
助けてほしかったのだろうか。
雪や花びらや星を、降らせて。
『センセイ。あたし――――……』
下にいるかもしれない、だれかに。
** *
「ようやく帰ってきた! おっそいよ! ぷんぷん丸だよ、ってあれ、センパイは?」
「……たぶん、教室に帰ったと思う、けど」
「え!? なんで!? ってかメロンクリームパン! しかも二個!?」
「あげないよ」
「ケチ! かなかなのけちいいいい!」
とても女子とは思えない咆哮を上げた果歩があたしの背中をばしばしと叩く。
痛いけど怒る気にもならないのは、この気温のせいなのか。それとも。
「センパイ! かなかながひとりで二個も食べようとしてますよ! センパイ、帰ってきてくださーい!」
興奮していきり立つ果歩を尻目に、小さくため息をつく。
吐き出したものが熱に溶けて消えていくのを感じながら、痛む何かをぐっと抑えた。
『仲良くしようと空回りして、言う事を鵜呑みにして。笑っているように見えて、大分無理してきたみたいなのよ。かわいそうに』
『上原の御守も大変だな。保健の先生に頼まれてんだろ? かわいそうに。』
クラスでうまくいかなくてケガまで負っている、カワイソウな先輩。
保健室の先生に頼まれてしかたなくお世話する、カワイソウな後輩。
そんなふうに他人から見えていた、あたしとハルくんの関係。
ハルくんをかわいそうに思ったことなんて、一度もない。
自分のことをかわいそうなんて思ったこと、一度もない。
『ごめんなさい』
あたしはただ、気になっていただけだ。
だらしない恰好も、猫背も、ぼさぼさの髪も、ボタンを掛け違えたシャツも。
足のケガを治さないことも、あんまり食事を摂らないことも。
バカみたいなあだ名も、毎日教室にくるのも。
手をつないだのも、後ろから抱きしめられたのも。
毎日何かを降らせていたことも、あの日落ちてきたことも。
吐き出すように泣いていた、その声も。
ただ、気になっていた。
あたしの空を見る趣味にちょっとした色をつけてくれた、そのひとのことを。
「か、かな!? ちょ、そんな一気に!? え、ええ、なに泣いて……、あ、のどにつまったの!? だれか、だれか水をー!!」
ハルくんが買ってくれたメロンクリームパンは、やっぱりあたしには甘すぎた。
だけど口に詰め込めば詰め込むほど、ほんのすこし塩からい味がした。
『センセイ。あたし、お世話とかそういうのはちょっと違うと思うんです。その先輩にも失礼だと思うし。だからお断りします。ただ、まったく気にならないかと言われればそれは嘘になるので――……、いや、だから、来るものは拒まないっていうか! ちょ、にやにやしないでくださいよ! あ、足が治るまでは心配だなって! ってだからにやにやしないでくださいってば!』
気になってた、それだけなのに。
こんなに胸が痛むなんて思わなかった。
ねえ、あの日のあたし。