表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソラアイ。  作者: 梶原ちな
番外編
16/18

extra.失恋爆弾は不器用に発射する




「なんだ、お前か」



そうです。変なおじさんじゃないです。

休み時間に飲み物を買いにきた通行人A的なあたしです。


なのに、なんで自販機でばったり遭遇しただけのヤナセンパイにため息をつかれるのか。

しかもあからさまにがっかりされなきゃいけないのか。

大変、遺憾です。


まあ、わからないこともないんだけど。



「あーはーん? ヤナセンパイ、あたしで残念でしたね!? かなかなは榛馬センパイと教室アバンチュールですよ」

「だれも、んなこと聞いてねえよ。バカ女」

「あ、か弱い後輩に向かって舌打ちしましたね! しかもバカじゃないですー! クラスでは下の中くらいですー!」

「それって下から数えたほうが早いんだろ? バカ確定じゃねえか、バカ女」



この傷心メガネの口が悪いことなんて、百も承知。


ここで暴れださないことに感謝するがいい。

あたしは寛大なのだ。



「残念でしたね! バカな子ほどかわいいんですよ! あ、これにしよ、かなかなと半分こしよーっと!」

「お前……、わざとだろ」

「ええー? なんのことですかあ? バカだからわかんないっすー! てへ!」



ヤナセンパイの視線に屈することなく自販機のボタンを押す。

先に攻撃してきたのはそっちなんだから、こっちは無罪だ。



「でも、」

「あ?」

「センパイがかなかなたちの邪魔するなら、がっつり攻撃しますけど」



あたしの友達、無二の親友。

ちょっとしたクール系女子な彼女はようやく、脱力系イケメンセンパイとの関係を進展させた。


まだはっきりと付き合っているわけじゃないみたいだけど。

これはもう、ほとんど時間の問題のような気がする。


いわゆる友人ポジションなあたしだが、この結果には大変満足しているのだ。



(じれったいなこのリア充がおまえら両思いだからはよくっつけこっちの精神衛生に悪いわ!)



と、つねづね思っていたのである。

だれか壁ください。



「んなことしねえよ」

「あれ、知恵熱に浮かされてジュース爆弾投下したのはだれでしたっけー?」

「おま……!」

「ヤナセンパイ、炭酸派でしたよね? ささ、どうぞどうぞ!」



ちょっといいすぎましたごめんなさい。

気持ちよく飲み干すがいい、傷心メガネよ。


もう一本買いなおして、センパイの横に並ぶ。

いきおいよく飲み干しているお隣の手を見ると、思っていたよりずっときれいだった。


あたしは、知っている。

その手から生み出されるものが、笑っちゃうくらい下手くそなことを。



「そういえば、ヤナセンパイってツル折るの下手ですよね」

「っつ、ぶ……! おまえ、なんでそんなこと知って!」



いつからだったっけ。



「その他もめっちゃ不器用ですよね。クリップの星とか、もう原型とどめてませんでしたよ。かなは、気づいてないですけど」



彼女が休み時間に外へ出るようになったのは。

窓の外に散らばるそれを、集めてくるようになったのは。




『なにそれー!? また拾ってんの? キタナイかもだよ、ぺってしなさい! ぺっ!』

『ナニイッテルンデスカ、果歩サンハ』

『なんでカタコト!? いやならいやっていえばいいじゃーん!』



どうやら授業中に落ちてくるらしいそれは、あたしの親友を大層喜ばせていたようだった。


彼女がカタコトで話すのは自分の意にそぐわないことがあるから。

そのクセはささやかな抵抗、らしい。



『これなんか変じゃない? 下手くそだよー!』

『そう? よくわかんないんだけど』



彼女が集めたそれをいっしょにながめていると。

たまに、あきらかに形のおかしいものが混ざっていた。


小さかったり、破れていたり。

歪んでいたり、折れていたり。


その不器用なただひとつを探すことが、ひそかにあたしの楽しみになっていた。



『あー! あったあった! やっぱりここだったかー! あー、よかったあ!』



そんなある日のことだった。


移動教室で、クラスにだれもいない時間。

忘れてしまったプリントを探し当てて、歓喜の声を上げているあたしの視界をなにかが掠めたのは。


窓の外を見てみれば、それは一羽のツルで。

英語のプリントらしき藁半紙で折られていたそれは、あの不器用シリーズのひとつだった。



『あれ? なんでひとつだけなんだろ』



首をかしげつつ、窓から腕を伸ばしてそれを拾うと、片隅に名前らしき一文字が目に入った。



『木偏にー、……ああ、ヤナギ、かあ』



不器用なだけじゃなく、間抜けなんだな。

名前の入ったプリントで作るなんて。


そのときは、たんにそう思っただけだった。

だからなにも考えずにポケットに入れたのだ。


そのツルに込められた願いにあたしが気付くのは、大分あとのことになる。




「センパイ」

「……なんだよ」



なにもそんなに不機嫌な顔しなくてもいいのに。

眉間によったシワが将来的に般若になったら、ちょっともったいないと思う。


さっきから耳が赤くなっているのがバレバレです。センパイ。

こういうところも、ほんとうに不器用なメガネだ。



「このあいだの液のりハートは上手でしたよ! 縦長すぎだったけど、色はきれいに入ってたし!」

「なんでわかるんだよ……。余計なお世話だ、バカ女」

「的確なアドバイスですよ! 失礼な!」



うちの机の引き出しには、あのガタガタなものが眠っている。

あたしが見つけた、たったひとつのものたちが。


彼女のために降らせた彼の想いは、溶けてしまうまえにくすねてしまった。

最悪だってわかっているけれど、だけどもったいない。


受け取ってもらうことのないものを捨てるのは、あたしだけで充分だ。



「あたし、不器用シリーズのコレクターなんで! マニアとしてはコンプしたいんですよー!」



真夏の青空。

きっと、きょうも窓の外ではなにかが落ちてくる。


あたしに向けてじゃない、彼女のためのきれいなものが。



「これからもお願いしますね! ヤナセンパイ!」



それは花だったり、星だったり、想いだったり。

ひとつだけ混ざる、自分に気づいてほしい不器用な気持ちだったり。


だれにも気づかれることなく捨ててしまった、形になる前のなにかだったりする。



「ほんとうにバカだろ。お前」



口の悪さなんて、寛大なあたしにはノーダメージ。

バカバカ言われ過ぎて、もうゲシュタルト崩壊寸前のこの頭は向かうところ敵ナシなわけで。


手元の未開封の缶を、思いっきり振り回す。

上下左右じゃ足りないから、腕ごとぶんぶん音を立てて。



「は? おま、なにやって、」



炭酸好きなセンパイにささげる、この甘ったるい愛のシャワー。

ここは暑いから、きっとちょうどいいと思います。



プルタブに指をかける。

もちろん、飲み口はセンパイに向けて。


あたしの失恋爆弾が発射するまで、あと一秒。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ