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ソラアイ。  作者: 梶原ちな
本編
13/18

12.だってそれは、




目の前が真っ暗で、まぶたに触れる手が熱くて。

その声だけが、あたしのなかを響き渡る。


なんで急に真後ろにいたの、とか。

どうして足を引きずるあの音が聞こえなかったの、とか。


わけがわからないことがたくさんありすぎたけれど、でも。



「かなかなをいじめないで、柳原くん」



繰り返される言葉が、その音が。

いつもみたいにのんびりとしたものじゃなくて。


怒りや苛立ちを含んだ慣れないものだったから、ちょっと心臓が変な動きをした。



「は、ハルく、」



突然の出来事に動揺しまくっているせいか、うまく声が出なくて焦れる。

聞きたいことも、言ってやりたいことも山ほどあるのに。


それなのに、なんでこんなに満たされているんだろう。



「――お前、なんでいるんだよ。話が違げえだろ」



ほんのわずかに上擦った声が、あたしの背中にいるひとに放たれる。


その攻撃的な音に目の前の指が震えると思ったのに。

しっとりとした熱を帯びるそれは、揺らぐことなくあたしに夜を与えていた。



「話が違うのはこっちのほうだよ?」

「は、お前なにいって、」

「余計なことはしない主義じゃないの? ねえ柳原くん」



あの日、食堂にいたハルくんはクソメガネの言葉にまったく反応してなくて。

それがあたしには怯えているように見えて、彼を逃がすことばかり考えていた。


だけど、いまここにいるひとは。

あのときとはちがって、まるで別人のようだ。



「おれはね、しってたんだ」



ハルくんのもう片方の手が、あたしの汗ばむ指に触れた。


人差し指から、中指に。

次々と撫でられるその感触に、背がふるえる。



「いつもひとつ、まざっていること」

「……っ、てめ、」



メガネの踏み込んだ足音と、その下で唸る砂。

あたしの指を撫で続けるハルくんは妙に冷静で、だけどその指だけはやたら熱かった。


会話の意味がわからない。

でも、クソメガネがなにか焦っているというか怒っていることだけは確かだった。



「今日だけ、きみにあずけるよ。でもあしたからは許さない」



握り締められた。

その言葉と同時に。


あたしの手は、あたしが思っているよりも小さくて。

包み込む、というよりは、誰にも見えないように覆い隠されていた。



「かなかな」



てのひらにこもる熱。

後ろから耳元でささやかれる彼だけの呼び名。



「ずっと、あえなくてごめん」



その息遣い。

耳朶に触れる彼の音。


細い指と指の隙間からこぼれるひかりが、染みる。



「あしたの放課後、窓の外をみて」



誰にも聞こえないように。

あたしにしか届かないように。


熱く、甘く、響く。



「やくそくだよ」



覆われていた手がゆるんで、小指を握り締めていく。



「お返事は?」



一連の出来事になにも反応できずにいれば、急に見返りを求められた。


溶け出してしまいそうなほど熱を持った首を、必死に縦に動かすと指が離れていった。

それでもまだ、視界は奪われたままで。



「じゃあ、いまから手を離すけど、五十数えてから目をあけて」

「……なん、で?」

「やってみればわかるよ。――うそついたら、ちゅーするから」

「は!?」



予想外の予告に、一気に汗が噴出す。


頭は茹で上がる寸前で、目の前は真っ暗で。

もうなにがなんだかわからない。



「はい、スタート」



非情に、そして無情に離された手と開始の合図。

いままで塞がれていた目は、初夏の日差しに耐えることができなくて眩む。


外気に触れたまぶたをこすって、うっすらと見えたのはクソメガネの姿。

ぼんやりとしたそれすらかすんで、表情がうまく捉えられない。



「ハルく、ん……!」



あわてて振り返ろうとした矢先、今度は強く手首を捉えられた。

大きな音を立てて落下する缶やペットボトルの音。



「――見んな」

「ちょっと、邪魔しないで! ハルくんが、」

「見んなっていってんだろ!」



つかまれた手首を、クソメガネの声と同時に引き寄せられた。

体勢が崩れて、前のめりに下降していく。


転ぶかと思った次の瞬間には、顔に布越しの熱があたった。



「っ、あぶないじゃないですか! もう!」



不本意ながら、クソメガネの胸のあたりに顔をうずめる結果となり。

あわてて顔を上げて抗議しようとすれば、その目はずっと奥のほうを睨みつけたままだった。


握られたままの手首を力ずくで振りほどいて。

その勢いのまま、振り返る。


だけどもうそこに、ハルくんの姿はなかった。






「なんか遅くね? これはもしかしてってか!?」

「いやいや、ヤナに限ってそれはねーんじゃね? しかし俺は、ヤナにカルピス一本」

「おいおいー! 後輩ちゃんは上原とだろーが! とかいいつつ俺も、ヤナにファンタ一本」

「かなあああ! はやく帰ってきてえええ! そんなあたしはセンパイにドクターペッパー五本!」

「きたー! 果歩ちゃんドクペかよ! じゃ、次はポカリいっとく?」



なに勝手に賭けてるんですか。

なんで飲み物限定なんですか。


意味のない賭け事はやらないでください。とくに果歩さん。

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