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ソラアイ。  作者: 梶原ちな
本編
10/18

09.だけど、きみはとうめいな




「ああ、もう一週間……! 一週間だよ!」

「ソウデスネ」

「かなは平気なの!? あんなに! 毎日! 通い妻してたセンパイが、だよ!?」

「ツマジャナイデス」




日に日に暑さを増していく夏空と室温。


開け放ったドアや窓から風が入り込むこともなく。

ただひたすら茹で上げられるだけの日々。


変わったことといえば。

毎日姿を見ていたハルくんが、ぱったりと来なくなったことくらいだった。



「調査によれば、センパイは毎日学校に来ている模様。しかし、遅刻早退を繰り返しているとのウワサであります!」

「ソウデスカ」

「心配じゃないの!? センパイが来ないうちのクラスなんて、奥さんに逃げられた旦那が帰る家くらいにむなしいモノになっちゃうよ!」

「ダンナジャナイデス」


こぶしを握りしめ、果歩が熱弁振るうも痛みは拭えない。


窓の外には空。

終わりの見えない、青。


廊下を引きずるあの音は、もう聞こえない。


「かなかなひどい」

「……だから、その名前で呼ぶなっていってるでしょ」


真後ろの席から、あたしの背中にひどいひどいと指で書く果歩。

そのくすぐったさよりも、呼ばれた名前にどこかがうずいてしかたなかった。



『かなかなー』



わかってる。

重なるのは、あの間延びした独特の声。


何度注意しても直らなかった呼び名。

それがいまさら、こんなにも響くなんて思わなかった。


「かなかなあ」

「だからやめてっていって、」

「やだ! だって、センパイとあたしでつけた特別なあだ名なんだもん!」


注意した先から反論してきた果歩を振り返る。

頬を膨らませて近づいてきたその顔は、めずらしく紅潮しているように思えた。


「なにそれ」

「ええー、覚えてないの!? センパイが初めて来たときのこと!」


果歩の指が、教室の後ろのドアへと向けられる。

そこはいつもハルくんが入ってきていた扉。


あのへらへらとした顔で。

足を引きずりながらあたしの名前を呼んでいた彼の姿がぼんやりと浮かぶ。


「見た目めちゃくちゃかっこいいひとが、あそこでかなの名前呼んでてさ。声震えてたじゃん。それがかなかなって聞こえて」


そんなことあっただろうか。

あたしの記憶の中のハルくんは、いつも堂々とうちの教室に入ってきたような気がする。


しかもあのときは、いろいろあったばかりだっていうのにウワサになってる張本人が来てそれどころじゃなかった。


うちみたいな女子クラスに男子が来ること事態めずらしくて、とにかく大騒ぎだったし。


「かなかなってセミみたいですねってあたしがいったら、あのひと、それがすっごい大発見みたいに目かがやかせて笑ったんだよ」


ああ、それはちょっと覚えてる。


あのときはふたりから呼び名を連呼されて。

それでまたいつもみたいに長々とお説教したような。


そうだ。

ハルくんを本格的にしかりつけたのはあの日からだった。


「いろんなこと言われて大変だったはずなのに、かなのこと見て、名前呼んで、それだけですっごいしあわせそうな顔してるんだもん」


勢いよく席を立った果歩があたしの席の前に回る。

そして、その手が机を思いっきり打ちつけた。


赤い火花を散らす痛々しい音に、目が醒める。



「だから、このあだ名は特別なの!」



果歩の声が、教室に響く。

驚いたクラス中の視線があたしたちに集まるのがわかった。



「前にセンパイがいってたよ! センパイが呼んだらかなは会いにきてくれるんだって、どこにでも来てくれるって! それって、いまじゃないの!?」



それは、保健室でのあたしの大暴走した発言のひとつ。

足をちゃんと治しもしないで毎日来るハルくんに、腹が立ったから言い放った言葉で。



『かなかながねえ、おれが呼んだら会いに来てくれるんだって。どこにでも来てくれるんだって。ねー、かなかな』

『つまりいちゃいちゃしてました、と! 思う存分いちゃいちゃしました、と!』

『ちちち、ちが! なんでそういう……!』



保健室から帰ってきて。

ハルくんが果歩に報告して。

果歩にからかわれて。


ただ過ぎ去って忘れていく。

そんなたわいもない会話のひとつだったはずなのに。



「なにを気にしているんだか知らないけど、妻をしあわせにするのは旦那の役目だよ! センパイをあんなふうに笑わせてあげられるのは、かなだけなんだからね! だれになにを言われようが、思われようが、そんなのどうでもいいじゃん! 自分がいまどうしたいのかがいちばん大事なんだから! こんなところでいつまでもぐずぐずべちゃべちゃふて腐れていないで、はやくセンパイに会いにいきなさーーい!」



まるでいつものあたしみたいに、長々としたセリフを言い切った果歩が腕を引っ張る。


思わず椅子から腰を浮かせると。

そのままドアのほうに向かって、ずるずると引きずられていった。



「か、かほ……!」

「がんばって、いってこーい!!」



ドアの外から押し出されて、廊下に出る。


一瞬にしてドアが閉められて。

扉についている小さなガラス窓から、手を振られているのが見えた。






「なんだなんだ、大きい声を出して。ケンカか? 思いっきりやれ! ははは!」



ちがいます。

でも、思いっきりやられました。


というかそういう熱血教師キャラでしたっけ、通りすがりの生徒指導の先生。

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