3 ヴィンセント
俺、ヴィンセント・フェルスター侯爵子息は驚いていた。
と言うのも、三年前に結婚してしまった幼なじみのミレシア・ヴェルディア侯爵令嬢が、俺の所属する騎士団の寮にメイドとして現れたからだ。
週明けの昼休みに見かけた時には、自分の目を疑った。
ミレシアの実家の侯爵家では、メイドや使用人に聞いても嫁ぎ先が分からず、父親のヴェルディア侯爵に聞いても教えてもらえなかった。
だから、予定のない休日にはミレシアを探していた。
女性の集まるような店に行けばミレシアが来ているかもしれないと思って、妹を連れて行く。
三歳年下で17歳になったばかりの妹もミレシアの行方を気にしてはいたが、社交界デビューした後は俺と一緒に出掛ける機会も少なくなった。
昨日は、一人で女性に評判の店の前まで行ったが、店内までは確認が出来なかった。
そういう心残りが、幻を見せてるんじゃないかと思った。
でも、声をかけるとミレシアは俺に気づいて驚いていた。
本物のミレシアだ。
だが、
「離縁されたんです」
から、何故、騎士団の寮で働くことになるんだ?
その答えは、リュートが持っているミレシアの手紙にあった。
『夫を探さなくてはいけません』とミレシアの字で書いてある。
リュートがミレシアと結婚していた夫で、離縁したのか……?
というには、ミレシアの手紙を握って青ざめているリュートは弱々しくて、妻を離縁したばかりの夫には見えなかった。
今日の午後の練習試合では俺がミレシアに会った後で動揺していたとはいえ、俺に二勝しているし、弱い騎士ではない。
——そのリュートが、今日の午前中の練習試合では俺に三戦三敗している……。
何かがおかしい……。
「で、リュート、お前はミレシアとどういう関係なんだ? その手紙はなんだ?」
深く考えている暇はなく、リュートがネイサン様とジュリアン王太子に囲まれていた。
三年前に社交界で出会ったミレシアをずっと思い続けていたという ネイサン・ローゼン公爵子息。
ミレシアに一目惚れしたかのように振る舞うジュリアン・フェルネス王太子。
二人とも本気でミレシアを好きなのかは分からないが……『夫を探さなくてはいけません』と書かれたミレシアの手紙を見たらどうなるか……。
リュートはヴァルセイン子爵家の嫡男で、この二人よりも圧倒的に身分が下だ。
相手は、身分差が気にされない騎士団内でも別格の二人だった。
「ジュリアン様、ネイサン様、その手紙はミレシアからリュートに送られたものです。ミレシア自身が他人に読まれるとは思っていないものなのでリュートから無理に聞き出すのは控えて下さい」
「ええ!」
「……そうだな」
不満そうなジュリアン様と納得してくれたネイサン様。
「……しかし、ヴィンセント。君もミレシアと知り合いなのか?」
ネイサン様には気づかれた。
「そうだよ、ヴィンセント。ミレシアってただのメイドじゃないの?」
ジュリアン様も疑問に思ったようだ。
「それは、ミレシアの事情もあるのでまだ言えません。リュートについても同じです。ミレシアにも確認して、お二人に話せる事は俺が報告に行きます」
俺は数日以内に報告する事にして、一旦この場を納める。
二人は納得して、階段を登って自分の部屋に戻って行く。
「リュート、俺たちも部屋に入るぞ」
俺は、まだ青ざめているリュートに声をかけた。
「ああ……助かったよ、ヴィンセント」
リュートは焦点の合わない目で答えると部屋に入って行く。
俺も続いて部屋に入った。
騎士団の寮の二人部屋はベッドが並が二つ並んでいて荷物を置く棚があるだけだった。
リュートはベッドに腰掛けると、ミレシアからの手紙をボーッと見ていた。
話しかけても頭に入らない様子で、『夫を探さなくてはいけません』というミレシアの手紙が相当にショックなようだが……。
「リュート、お前はミレシアを離縁したつもりはないんだな?」
リュートが顔を上げて俺を見た。
「……ヴィンセント……分かってくれるのか?」
「分かるって……どうしてそうなってるのかは分からないが、お前がミレシアと別れたくないと思ってるのは見ればわかるだろう」
リュートが自重気味に笑う。
「そうか……見れば分かるのに、ミレシアは出て行ってしまったのか……。そして、騎士団の寮で夫を探すって……」
やはりミレシアの手紙に『騎士団の寮で夫を探す』と書いてあるのか。
けれど、なんでわざわざ騎士団なんだ……。
他の場所でもいいはずだし、何故、実家の侯爵家に帰らないんだ?
ミレシアにも事情がありそうだ。
それに、騎士団の寮にミレシアを入れたのは騎士団長だろう?
騎士団長は俺の親父だ。
ミレシアのことも当然、昔から知っている。
侯爵令嬢だと知らずに雇ってるわけじゃないんだ、事情を必ず知ってる。
騎士団長はあいにく今は騎士団にいないが、戻って来たら事情を聞きに行くか。
あまり会いたくはないが——。
「俺はミレシアにも事情を聞いて、ジュリアン様とネイサン様に報告しなきゃいけない。リュートのためにもミレシアが何を考えてるのかは聞いてくるから、その後でどうするのか考えろよ」
リュートが俺を見つめる。
「いいのか……?」
「いいって……別に俺が許可する事じゃないだろう? 単に幼なじみのミレシアが勘違いで夫と離縁したなら、誤解を正してやろうとしてるだけで」
何処にいるがずっと心配だったのが、やっと居場所もわかったんだ。
「あ、ありがとう! ヴィンセント!」
リュートの顔がすっかり明るくなっている。
「ただ、伝えたいんだ、ミレシアにちゃんと、愛してるって……!」
それがリュートの本音なんだろう、見てればわかる。
——ただ、言葉にされると、胸の奥がザラっとする。
ミレシアと三年間、結婚していた奴が本当にいたのか。




