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一方そのころ

作者: 混沌の肉塊
掲載日:2026/04/01

 水をたくさんと、塩と、砂糖と、クエン酸と、それと米を一粒。

 指でそれをぐちゃぐちゃにかき混ぜると、だんだんねっとりとしてくる。


『や、少年。』


 そしてそれを机の上にぶちまけると、ゆっくりと人の形を象って、人差し指ほどのお姉さんになる。


『今日はいつになく不機嫌そうだね。友達と喧嘩でもしたかい?』


 僕は放課後、毎日のように化学室に忍び込み、この小さなお姉さんと話していた。


『ははは!そりゃ傑作だ、君のストレートパンチが顎にクリーンヒットしたらさぞ痛かろうに。』


 特にいじめられている訳でも、遊ぶ友達がいない訳でもない。

 人と関わるのが面倒臭かった、というのが一番納得の行く答えだったかもしれない。


『おや、大丈夫かい?その手の甲の引っかき傷、まだ血が出てるじゃないか。』


 僕が学校でまともに喋るのは、このセーラー服の小さなお姉さんだけだった。


『酷いやつだ、子供の喧嘩で爪を立てるなんて。』


 お姉さんは、いつも30分ぐらいで消えてしまう。


『おっと、そろそろ時間かな。』


 チリになったり、水みたいになったりする訳じゃない。


『じゃあ、また明日だ。少年。』


 まるでお姉さんという現象そのものが、初めからなかったかのように、ぱっと消えてしまう。

 そして、さっきまでお姉さんがいた場所を、少し見つめてからゆっくり帰路につく。

 それが僕の日常だったし、これからも同じ日常が続くと思っていた。


 …



 人生とは、思わぬところで分岐点が顔を出すものだ。

 東京から引っ越してきた、転校生の長音さん。

 からからと笑う、ポニーテールが似合うその女の子が、僕の前に座っていた。


「ゆーとくん!あーそぼ!」


「……なんで僕なんかと。」


「い〜じゃん、それとも……」


 そして長音さんは。


「……わたし、嫌われちゃったかなぁ?」


 それはもう、アホほど可愛かった。


 …



「じゃー、明日の放課後すぐね!」


「……うん。」




 結局、始終流されるまんまだった。

 まぁ、もともと他人と関わろうとしなかった僕が、キラキラした女の子に流されるのは当たり前だろう。


 その日も、いつもと同じように化学室へ忍び込んだ。


 水をたくさんと、塩と、砂糖と、クエン酸と、それと米を一粒。


 …



『それで、明日は何をして遊ぶんだい?』


「……あ。」


『はははは!まさか聞き忘れたのかい!ひどいやつもいたもんだ!』


「ごめん……」


『別に謝ることはないだろうが……』


「……」


『……それで、明日は来られないのかい?』


「うん。」


『……そうか。』




 お姉さんは、珍しく落ち着かない様子で、指先で髪の毛をくるくると弄りながら、暫く黙っていた。


 怒らせてしまっただろうか、と思って僕が何を言おうか悩み出してようやく、お姉さんは困ったように肩をすくめてみせた。


『良かったじゃないか、少年。』


「……怒らないの。」


『怒る訳ないだろう!良いじゃないか、遊びに行くんだろう?』


「でも、明日は会えないんだよ。明日も僕と会うはずだったのに。」


『君はけっこう義理とか気にするタイプかい?』


「義理?」


『ああ違う、そんなことはどうでもいいんだ。』


 すうと、小さなお姉さんの目が少しだけ細められた。


『わたしは人間じゃない。そして、君は人間だ。それが、それだけが重要なんだ。』


 その細められた目の中身は。


「……そんなの、関係ないじゃないか。」


 諦めと羨望の入り混じった、ひどく汚いものに見えた。


『人間には、人間の友達がふさわしいだろう?』


 お姉さんは、何かに絶望していると、そう思った。


『保護者面をするつもりはないが、ずっとわたしと会いに来て、他の友達の気配がしない君が心配でね。』


 だからだろうか、この物知りなお姉さんが、今日だけは、ただの人差し指ほどの大きさの女の子に見えた。


『一緒に遊べるような友達がができたって聞いて、嬉しかったんだぜ?』


 嘘だ。

 痛々しい、真っ赤な嘘だ。

 お姉さんが嘘をついているということより、あのお姉さんが、僕程度の人間に見抜かれるほどのお粗末な嘘をついているということが一番辛かった。


『おっと、そろそろ時間のようだね。』


 そうだ、お姉さんは30分もしたら消えてしまう。

 けれど、今日のこのお別れは、なにかしてはいけないような、嫌な感触がした。


「待ってよ!今日くらい、もうちょっと話させてくれてもいいじゃん!」


『いいや、待たないね。今日が最後の別れという訳でもないだろうに。』


「でも!」


『いいか、少年。君は私じゃなくその女の子を選んだんだ。それは恥じることでもないし、悔いることでもない。』


 右手に付いたねっとりとした液体が、いやに冷たい。

 そういえば、手を洗っても拭いてもいなかった。

 何も言えないのがもどかしくって、僕は指を荒々しくズボンに押し付けた。


『次会う時は、感想とか色々聞かせてくれよな。』


 ただの人差し指ほどの大きさの女の子は、もう僕の知るお姉さんに戻っていた。

 そこには、もう僕が付け入る隙も、異を唱えられる隙も、残っていない。

 もう指には何も付いていないのに、やっぱりまだ、ねっとりとした不快感が残っていた。


『それじゃあ、またな、だ。少年。』


 そうして、僕のこの日は、終わった。



 あれ?


 お姉さんって、人間じゃないんだっけ?


 …



「あっは!やっぱり来てくれた!もし来てくれなかったらどうしようって思ったよう〜」


 長音さんは可愛い。

 そして、その美貌の使い方を完璧に理解している。


 それが、何か人のなりをした怪物のようで、妙に恐ろしかった。


「それで、何するの?」


 だがまあ、こんな無害そうな顔をした少女が、突拍子もない危険なことをやろうと言い出すことはないだろう。

 そう思って、特に躊躇せずに尋ねた。


「ん〜?こっくりさん!」


 ……そんな事はないかもしれない。



 …



 やると決まってからは早かった。

 お決まりの、はいといいえ、鳥居の書かれた五十音表と、長音さんがこっそり持ってきた十円玉を、覚悟を決めて机に並べる。

 なんともお手軽な都市伝説である。


「じゃ行くよ〜?」


「はい……」


 十円玉に置いた指が、長音さんと触れ合う。

 その手が異様に冷たくて、この場に人間が僕しかいない気がして、背筋に嫌な感触が走った。


「こっくりさん、こっくりさん」


 こっくりさんとは、降霊術の一種である、とされている。

 こっくりさんが呼び寄せるのは、主に近くの動物霊とされる。

 その霊に尋ねたいことを口に出し、それに霊が、十円玉と五十音表で答える。

 それが、都市伝説として定着した、こっくりさんの全容である。


「「おいでください」」


 本当に?


 動物霊と人間の霊の違いとは、一体何だ?


「わっ!動いた!まだ質問もしてないのに……」


 なぜ死んでいる霊が、生きる人間の知らないことを知っているのか?


「『あ』『ま』……」


 霊は、生きている人間より上位の存在なのかもしれない。


 だからだろうか?


「『し』『ろ』……」


 こっくりさん、という都市伝説には、絶対にやってはならない禁忌がある。


「なにこれ……私の苗字……?」


 十円玉が動いている途中に手を離すこと。

 それは、十円玉がいかなる動きをしようと、あってはならない。


「きゃっ!」


 十円玉から手を離すと、呼び寄せられた霊に憑依され、廃人化する、と言われている。


 椅子から飛び退いた長音さんの瞳孔が、大きくなったり小さくなったりしていた。

 そして、長音さんが十円玉をふっ飛ばしたことで、当然僕も十円玉から手が離れていた。


「ご、めん……大丈夫かい?』


 そう言って立ち上がった長音さんから、何か異様な雰囲気を、僕は感じ取った。


 駄目だ。


 僕は人間で、今目の前にいるのは、人間とは相容れない生き物だ。


 そう思った。


『何か、言うことは?』


 今喋っている長音さんは、長音さんじゃない。

 僕に分かるのは、それだけだった。

 でも、僕は。


「またね……?」


 と、そう言うべきだと、なぜか思った。


『違う、さよならだ。』


 僕のアホみたいな返事に、長音さん、じゃない、長音さんに成りすました何かはそう答えて、また何かを呟いた。


 楽しかった?寂しかった?

 何と言ったかは分からない。

 ただ、長音さんのような女の子には似合わない、儚げな微笑みを浮かべていたのが分かった。



 …


 結局、その呟きを最後に、僕は気を失ったらしい。

 らしいと言うのは、僕が警備員さんに起こされる前の最後の記憶がこれだからだ。


 こんな非日常体験を僕がしていたと聞いたら、お姉さんは羨ましがるだろう。


 そう思って、次の日も化学室に忍び込んだ。


 水をたくさんと、塩と、砂糖と、クエン酸と、それと米を一粒。

 指でそれをぐちゃぐちゃにかき混ぜると、だんだんねっとりしてくる。


 今日は違った。


 いつまで経っても、指先から垂れるのはサラサラしたただの水だ。


 そうして、僕がお姉さんに会うことは、二度となかった。

このページへの不正なアクセスは禁じられています。

意図せずアクセスしてしまった場合は、このページを閉じずに、対応地域処理官の到着まで待機してくださサさササササsassアs



……クリアランスレベルBを確認。報告書を表示します。


事件番号6372

2025年■月■日を始めとして、■■県■■■市から、定期的な祟り現象が観測される。

国防省はこれを第二級霊的国防非常事態として認定。

祟り現象発生区域は、四回目の発生時に、■■中学校3階の化学室と特定される。

即日、天代家当主による対テロ級陰陽陣の発動準備がとられるも、当該祟り現象の支柱霊の無害性と特異性により見送られる。


五十四回に渡る祟り現象発生の後、現在の天代家当主、天代 長音により擬似的な完全顕現を発生させることで支柱霊の鎮圧が為された。




追記:支柱霊は、2011年■月■日に同校で自殺した女子生徒(螟ゥ莉」 逅エ髻ウ)のものであると特定された。自殺の原因は、同校管理者への尋問により同校生徒からの嫌がらせであると推測され、当該生徒三名は、天代家当主である天代 長音の独断により殺害されている。


追記:この文書にゴーストホールによる脆弱性と、それによる一部文字の欠落、また一般インターネット回線への流出が確認された。対応の是非を問う。


追記:お仕事なのは分かるが、レディの秘密をこうも大仰にまとめて報告するのはあまり感心しないな。あの何も知らないただの少年に見られたらどうするんだい?

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― 新着の感想 ―
少年って呼んでくるお姉さん大好き=(^.^)=
好きです この他とは違う感じの雰囲気毎回毎回どうしたら出せるんですか。
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