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銀髪の青年

 『……い』


 ……ん?


 真っ暗な空間にかすかに声が聞こえる。

 手足の感覚がなく、浮いているのかどうかすら分からない。


 ただ…聴こえてくる声しか感じ取れない。


 『あ…い』


 僕は知っている。聴いたことがある。

 温かい水のように優しく包み込んでくれた、忘れてはいけないこの声…初めて名前を呼んでくれたこの声……

 ああ、この人は……


 『(あおい)


 ###


「姉さんっ!」


 ─ブーー…ブーー…


「……夢…?」


 何もない左腕に手を当て、夢の内容を振り返ってみる。静かに血液の流れる音が聞こえてしまうほ──


 ─ブーー…ブーー……


「ああ、もう!うるさいなぁ。」


 静寂をぶち壊すブザー音へ顔を向ける。

 何度も鳴り響いているせいで、小鳥のさえずりが聞こえなくなっている。


 僕にくっついてくるあの人のようにうるさい。


 カーテンから漏れ出る朝日の光に、スマホは負けずと発信者の名前を写していた。


「夏空さん……?」


 休日の土曜日。これから仕事もあるし、ギリギリまで寝ていたいんだけど……


「……もしも──」


「おっ#ーー!よぉ〜#〜!!」


 僕は後悔した。

 ノイキャンですら抑えきることができないほどの轟音が僕の鼓膜に突き刺さる。


「もう寝るね。」


「ちょっと!私のもーにんぐこーるだよ?」


「コールじゃないでしょ、ただのノイズでしょ?」


「ヒドイ!」


「じゃあ切る──」

「秘密。セレストさんに教えたの?」


「は……?」


 赤色の切断ボタンに指を伸ばそうとした直後、突然、衝撃的な言葉が損傷しかけた鼓膜を印象強く揺らした。

 

 冷たく淡々と流れた、変に大人しい夏空さんの声。

 

 身に覚えのない話と同時に来るものだから、僕は頭の中に(もや)がかかったように何も考えられなくなってしまう。 


「な、なんだいその話?」


「っていうかまず確認させて!」


「え、う、うん。」


 有無を言わさず、鋭く入り込んだ槍に口が止まってしまう。


 夏空さんの声に少しの焦りが見えたのは気のせいだろうか?


「……私以外にアオくんの秘密を知っている人って何人いるの?」


「え?」


「『え?』って、と、とにかく答えてよ!」


「うーん…6人と1匹かな。」


「い、意外といるじゃんっ……私の心配はいったい……」


 ……?

 さっきから深刻そうになったり落ち込んだり、どうしたんだこの人。


「ねえ、そんなことよりさ、セレストさんに秘密を知られてるって話。どういうこと?」


「え、あ〜…それ以上の情報はなくてさ。ただすこ〜し匂わせちゃったらそう言われて……」


「匂わせ…?」


「え、えっとぉ…あ、あははは…」


「ふ〜ん。そ。」


「ご、ごめんてぇ!これから匂わせるようなことはしないからさぁ!」

 

「わかってるならいいよ。じゃ、切るね。」


「え?もっとお話しないの?」


「しないよ。もう一度寝る。」


「えぇ〜?勿体なくない?」


「勿体なくない!これから仕事なの!」


「え!しご──」


 ─プツ…


 これ以上話すと、仕事の話にまで手を出してきそうな気がしたので切った。


 まあ、勿体ないと言われたらそうかも知れない。

 土曜日の朝7時に起きれたもんなら何でもできる気がする、と思うのは誰だってそうだろう。


「何しよっかな……?」



 △△△



「き、切られた……」


 そう理解してしまうと全身に力が抜け、身体がどっと背もたれに凭れ掛かる。

 何度も見ている自分の部屋の天井がいつもと違って見える。


「はぁ〜……逃げ切れなかった……」


 もう一度願って天井から机へと視線を落とす。

 そこには大量のプリントと積み立てられた教科書たち……


 落ちたのは気分だった。


 うぅ…欠席補充としてこんなやらされることある!?

 まあ、たくさん休んじゃったけどさぁ…

 えっと?1、2、3、8枚……


 早く起きなければよかった……


「アオく〜ん……」


 助けてぇ〜……

 


 ###




 そして私は外に出た。

 


 静かな大通りをブラブラと歩き、適温の中、高くそびえ立つビルを見上げる。


 あはは!休憩だよ休憩!


 これは、『テスト週間になれば部屋の掃除が進む』とか、『ダイエットをしようと講座動画を観ていたら朝になっていた』とか、心理行動的なものなのだろうか……?


 まあ、人間誰しもそうなるから仕方ないよね。

 みんなそうだからね。


 しっかし……

 

「ヒマだぁ…」 


 私がキライな事トップ2位の『暇』くん。

 

 こいつが顔を出してくる=人生を無駄にしている、と一緒だからね。

 だからどうにか面白そうな──


「…ん?」


 街をいろいろ眺めていると、隣の誰もいない歩道から白い日傘を差した女の子が目にとまった。

 目元は隠れていてわからないけど、微かに見える明るい金色の髪と上品な白いワンピースをしている、アオくんより背が高くて、私より背の低い……


「あれ…セレストさん?」


 眼と勘には自信がある。

 何かあってもそれで乗り越えてきた。


 あの威厳のあって女の子らしさもある人は、セレストさんぐらいしか思いつかない。

 

「っ!」


 そしてセレストさんらしき人は日傘を閉じて路地裏の前に立ち止まった。

 白く目立つ彼女の姿を薄い影の路地裏が一際目立たせている。

 

 顔を見て分かった。セレストさんだ。


 彼女は右左と周りを見渡しその影の中へゆっくり歩いていく。


 その純白のワンピースはとても場違いに見え、まるで誰かに気づいてほしいような……いや、助けを求めているように見えた。


 …顔にもそう、浮かんでいた。


「面白そうだけど、危ないやつだよねこれ……」


 固唾を飲んで浮かび上がる汗を拭いながらゆっくり近づいて様子をうかがってみる。


 裏路地にいい思い出なんてない。

 もし、危ない人とセレストさんが話してて、私が見つかったら…そう思うと背中に冷たい雫が走る。

 

 ……あの時はアオくんがいたから今の私がいる。

 

 きっと深追いするべきじゃないんだろうけど……


「あんな顔……」


 放って置く訳には行かない。

 

 私が足を止めない理由はただの正義感じゃない。

 私はあの顔がキライなだけだ。

  

 あんな顔できるクセに、平気な顔するのが一番嫌いなんだ。


 ……このことはアオくんに伝えたほうがいいだろう。


 そう思って、携帯で状況を伝える。

 今既読は付かずとも、いずれ気づいてくれるならそれでいい。

 録音アプリを開いた後、背後に気をつけながら音を立てないように影の中へ忍び込む。

 入り組んだ裏路地に迷ってしまわないよう、耳を澄ます。


「答えてっ!」


 ……居た、次の角右!


 音を立てず歩いた後、いるであろう次の角へカメラレンズを小さく覗き込ませる。


 あそこにいるのは……セレストさんと……


 ()()()()()…?


 ***


「……」


「な、なんだい?そんなに驚いて。」


「い、いや、その現実味がなくて……」


「人狼がいるのに、たかが職で現実味がないとか──」

「職も職でしょ!」


「え、う、うん。」


 一瞬、本当に仕事が殺し屋だったらどうしようかと思っていたけどそんなことなくて良かったぁ……

 っていうか監視、保護とか言ってたし、この職業も頷ける。


「あっ、ごめんもっと大事なこと思い出した。」


「え?」


「ちゃんと覚えておいてよ?」


 アオくんは身体を真っ直ぐ私に向けて、口を開く。


()()()()。人狼の特徴の1つだよ。もしそれと出会ったら……逃げるか助けを求めることをお勧めするよ。」


「じゃあアオくんに助けてもらうね!」


「……お好きにどうぞ。」


 ***


「話が違う!」


 強く踏み込んだ罵声が銀髪の青年に投げられる。

 いつもの口調ではないセレストさんは、余裕がなく素を表しているように見えてしまう。


「……」


 青年は動じず沈黙を続けた。


 無口な彼だが、この場に居るとどこかとてつもない緊張を覚えてしまう。

 心臓が依然鳴り止まない。


「やぁ」


「っ!!」


 心臓が跳ね上がり、身体の体温が急激に下がった。

 後ろにいる声の主に向けて拳を構える。


「ちょっ、ストップ!僕、僕だって。君が呼んだんじゃないか。」


「あ、てかシー!」


 身振り手振り大きく否定するアオくんの口を手のひらで覆う。

 ビクッとアオくんが驚き、もがこうとするが、事に気づいたのかすぐに大人しくなった。


 ###


「さっきはごめんね。」


「ううん、大丈夫。来てくれてありがと。」


 小声で相手に聞こえないように話しながら、レンズを覗かせて一部始終を撮る。


 しかし、セレストさんの声は先ほど違って小さくなっており、微かに口が動いていることしか分からなかった。


 ─コクン


 男は小さく頷いて先が見えない暗い道へ消えていく。セレストさんは消えたことを確認した後、どっと肩を落とし空を見上げた。

 胸に当てた彼女の手は震えている。


「……なんで……こんなことに……」


「セレストさん。銀髪の彼と何を話してたんだい?」


 っ!えっ、行くの!?

 てっきり私が先だと……


「っ!?な、なんでここに…!」


「隠れている彼女からだよ。ね?」


「あ、あははは……」


 スマホが見えないように後ろへ回して、何もなかったかのように笑ってみる。


「っ…貴方達には関係ありませんわ。」


「いや、あるね。」


 アオくんはいつものように余裕を出してニヤリと笑った。


「聴こえてたよ。ねぇ、詳しく聞かせてよ。」


 青い影が世界を包む。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」 

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