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青春の定義

 青く広がる教室の窓。

 騒がしく話す生徒たち。

 そして……


 僕の左腕に寄生する青い野菜…


「ふへへへへ〜」


「は、離れてってば…」


「へへへへ〜」


 茶色の短い髪が青いヘアピンと共に僕の腕を攻撃してくる。それをやめたと思ったらスライムを触るかのような手つきで腕をつまみ始めた。

 行動は変わっても、宝石を初めて見る子供のように目を依然と輝かせていた。


 お、おかしい。こうなるなんて思っていなかった…


 ***


「どうかな?これが僕の秘密だよ。」


「…こ、こんなの……こんなのっ……」


「分かったならもう僕に──」

「ロマンありすぎでしょーーーーっ!」


「え」


「ま、マジ!?人狼?水の超能力?しかも仕事!?人狼が人狼を監視する仕事!?え、誰?誰から依頼出てるの!?ま、マジ!?これが現実ってマジィ!?」


 えぇ…何この人……

 いや、ホントに。なんなの?


 普通、血とか死ぬ瞬間とか見たらその場から逃げ出したくなるもんだよね?

 

「怖く…ないの…?」


「怖くないに決まってるでしょ!」


 僕は怖いよ!?


「ね、ねぇ!ちょっとでいいからその左腕のしく……くちゅん!…あ、あははごめんごめん。」


「傘はある?」


「いや…?」


「…はぁ……」


 尻尾を伸ばして、裏路地に入る前に置いておいた鞄から小さな折りたたみ傘を取り出す。


「うぇ!?すご!伸びた!尻尾伸びたぁ!」


 そして取り出した傘をそのまま夏空さんの頭上へ落とす。


「いてっ。」


「いちいちうるさい。ほら、頭出して。」


「う、うん。」


 ベトベトで冷えた髪の毛の上に左手を乗せ…

 一気に吸い上げてみる。


「うわあああ!何この感覚ぅう!」


「だからうるさいって。」


 はぁ…一番厄介な人に秘密をバラしてしまったのかもしれない。


「はい。傘貸してあげるから一人で帰ってね。体乾かしてあげたんだから文句ないでしょ?」


「うん!こんな不思議な体験させてくれてありがとね!」


「え…う、うん……」


 夏空さんは傘を広げて少しよろめきながらもその場に立ち上がった。


「ねぇねぇ、その人はどうするの?」


 そう言ってさっきとは違う心配そうな顔して、俯き気を失っている女性へ視線を向ける。


「その人は仕事の関係者だから僕が連れて行くよ。」


「そ、そっか…じゃあ、そのフードの人たちは?」


「うーん…仲間の誰かが運んでくれるよ。」

 

 ***


「青峰と夏空ちゃん何かあったのかな?」

「青峰のヤツ……動き始めたか……」


 そろそろまずい…このままでは僕の学生生活が過酷なものになってしまう…

 ただでさえ仕事で疲れてるんだ、安息の地がなくなってはやっていけない!


 …ちょっと驚かせてみようか。


 以前笑顔で触られる左腕をハリネズミのように針を纏わせる。痛い思いをすれば…


「すご!変形したー!!」


 …悪手だった……


 ###


 その後もこんな調子で、僕の抵抗は虚しく左腕は好奇心を満たす食い物にされてしまった…


 ###


「…君…帰りまでついていく気かい?」


「だって大事なこと聴いてないもん!」


 僕の後ろから数歩離れて夏空さんは歩いていた。

 ただでさえ暑く感じるのに、彼女がいると余計暑く感じる。


「…その大事なこと話してくれたら離れてくれる?」


「うん!」


 本当か?と疑いたくなってしまうが、僕にはもうそんな体力残されていなかった。

 きっと仕事とか、人狼についてのはな──


()()()()()()()()()()()?」


「は?」


 彼女の声とともに、明るく湿った静かな町を風が爽やかに通り抜けていく。振り返ると同時に僕の顔をかすめた風は力強く、ひんやりとした心地良い風だった。

 

 とても澄んだ青が彼女の背中で広がっていく。 


「…な、なんなんだい?はは、こんな僕と友達って…」


「はぁ…もう!こんなこんなうるさいよ!」


「なっ!?」


「その変な愛想笑顔も!全っ然ダメ!」


「ぜん…」


「青峰くん全然楽しそうじゃないじゃん!()()()()()()()()()!」


「は、はぁ!?」


「青春だよ青春!もっと遊ぼうよ!楽しもうよ!1回しかないんだよ?学生生活で青春しなきゃなにするのさ!」


 胸を抑えながら声を絞り出し、とても力強く彼女は僕に言葉を投げかける。


 僕が学生生活に求めているのは、人についての勉強と、仕事からの休息だ。

 青春……そんなのは健全で輝いて生きる人間に許された行為だ。僕なんかという出来損ないに……


『藍くんも青春しなきゃダメだよ?』


 っ…


「青峰くんが何を抱えて、何を思って過ごしてるのか分かんないけどさ、私、君に助けてもらって分かった事がある。」


 一歩前へ彼女は進む。

 真っ直ぐな瞳で僕を見つめている。


「やっぱダメだよ!君は青春しなきゃダメだよ!」


「…っ!」


 僕は人間っていうのを知らない。

 青春なんて以ての外だ。


 ただでさえ()()()と過ごしてきて分かったことが人の善悪の区別ってなだけなのに。

 過去も未来も分からない中途半端な存在に複雑な青春を知れって?

 そんなの…


「わからないよ…」


「わからないなら私が教える!」


「は、はぁ?」


「その変わり君のことも教えて!」


「……取引ってこと?」


「取引なんて冷たいものじゃないよ。これは友達になるってこと!」


 気づいた頃にはもう、夏の空が僕の目の前に歩いてきていた。

 無邪気に伸ばす、彼女の手のひらに…


 僕の手は──


「へへへ〜よろしくね!()()()()!」


「…本当なんだよね?教えてくれるって。」


「まっかせて〜!忘れられない青春過ごすことになるからねー。」


 固く結んだあのあたたかい手は離れていき、彼女は鼻を高くしながら胸を張った。


「じゃ、じゃあ…」


「ん?」


「今、教えて!青春の定義。」


「…へ?」


「せ、青春は何をすれば青春なんだい?遊ぶことって言ってたけど、鬼ごっことかすればいいのかな?それとも──」

「……ぷっ…あははははは!」


「え、え…?」


 突然、彼女は腹を抱えてヒーヒー言いながらその場に崩れた。


「ちょっ、いや、ごめ!違う!違うけど…ぷっ…くふふふふ……」


「な、なにさ!そんな笑うことないじゃん!」


「い、いや…気にしないで〜。」


 涙を拭きながら彼女は立ち上がる。

 息が絶え絶えで、僕が一言発したらさっきのようにまた崩れてしまいそうな顔をしている。


「まあ、でも…アオくんって結構重症なんだね。周りに私みたいな人いなかったの?」


「君のような強引すぎる人はいなかったけど、この僕でもわかる青春を過ごしていた人達は居たよ。でも、とても僕には真似できないような輝きっぷりで正直、青春は分からずじまいだったけどね。」


「その人達ってアオくんの秘密知ってるの?」


「…うん。知ってるも何も僕を助けてくれた人だから。」


「助けてくれた?」


「ちょっと長くなるから、歩こうか。」


 首を傾げる彼女を背にして自宅へまっすぐ歩いていく。「まってよー」といつものような明るい声を出しながら駆け足で僕の隣に並んできた。


「…恩人達の話をする前にまず、人狼について話してあげる。」


「いいの!?」


「そういう約束でしょ?」


「ま、まあね。」


「……人狼っていうのはね。月の光を浴びて変身するっていうそんなメルヘンな存在じゃなくて、()()()()()()()()()()()()のことを言うんだ。」


「お〜。」


「…あれ?そこは驚かないの?」


「なんか……慣れちゃった!」


 だ、ダメだ…調子狂う…


「え、えっと……今はないけどその強化人間を作ろうとした組織に僕は体を改造されたってこと。うーん……()()()()()って言ったほうがいいかな?」


「…ま、混ぜられたって何を?」


「狼と。」


 夏空さんの顔は徐々に青くなる。

 …生物を冒涜したような実験だ。

 遠慮の「え」の字が無いような彼女もそんな反応してしまうのは仕方のないことなのだろう。


「そして……その人体実験の末に突然変異を起こした人間もいる。…僕にこの力をくれた人もその一人なんだ。」


「……」


「なんだい?そんなボケっと見て。慣れたの次は飽きたとでも言うのかい?」


「え?あ、いや。…その力くれた人とってもいい人なんだなって。」


「っ…なんで……」


「笑ってたから。」


 彼女の顔にはいつもの笑顔はなく、ただ真剣な眼差しを僕に向けていた。


 …やっぱり苦手だ。バカみたいに詰め寄ってくるのに、的確な意見を出してくる。

 その瞳に毎回驚かされる。


「……いい人だったよ。初めて名前を呼んでくれた大恩人だからね。」


 左腕をじっと見つめてみる。

 …今でも感じられる。お姉さんのことを。

 この水の冷たさがいつも思い出させてくれる。


「…ふふ、それからは例の組織に利用されてさっき話した恩人達とバトったんだ。」


「え!?バトってって……け、結果は?」


「負けたよ。完敗。でも、悪い気はしなかったよ。チリヂリになりそうだった僕の心を繋ぎ止めてくれたからね。」


「…なぁーんだ。」


 彼女は手を後ろに回しながら僕を追い越し、安心したような笑顔を見せた。


「え?」


「そんな顔できるってことは、第一段階はもう終えたんだね。」


「だ、第一段階…?」


「そう!第一段階。フェーズがあるんだよ!青春には。」


「な、なるほど。」


「そして最終段階!()()()()()()()()()()()()()()!ただそれだけだよ!」


「そ、そんなのって単純すぎないか…?」


「いいのいいの!実際そんなもんだよ?」


「…やっぱりまだわからない……」


「焦らなくてもいいよ〜。わかる日は来るんだから。へへ!」

 


 △△△

 


「うわ〜!ひろー!」


 私の目の前に広がったのは、建てられたばかりのような白い壁や妙に落ち着いてしまうようなインテリアなど明らかに()()なリビングをしていた。


「…あんまり散らかさないでよ?」


「私をなんだと思ってるの〜?」


「…そりゃ…はぁ〜」


 アオくんは動いてしまう口を止め、言いたかったであろう言葉の代わりに小さな溜息が出てきた。


「うわ〜!ソファふかふかぁ〜。あ、この戦隊フィギュア──」

「水いる?」


「あ、うん!」 


 荒らすなよと釘を差すように鋭い目つきで見られてしまう。

 そんなことしないと笑って見せてもそっぽを向かれてしまった。

 キッチンに立ったあと、レバー式の蛇口を引き、ジャーっと音を立てながらコップに水を注ぐ。

 

「はい。」 


 そして白い手袋と共にコップが私の元へ……


「うわっ!伸びた!」


「驚くことないじゃないか。」


 何気ない顔で渡してくる水の左腕に、初めて出会った猫を触るような緊張を覚えながら、コップを受け取って一気に飲み込む。

 いくら秘密を知ってたとしても…やっぱり慣れないなぁ…


「ふぅ〜水分補給ぅ〜」


「まったく…いちいち驚かれると僕の胃が持たなくなるよ。」


「あはは…ごめんごめん慣れるように努力するから…」


 アオくんは向かい側に座って、両手につけている手袋を外した。

 締まりきったカーテンから漏れる眩い光がアオくんの透明な左手を白く、青く乱反射させていた。

 形のない水のはずなのに、とても綺麗に整った手のひらの形に目を奪われてしまう。


「ねぇ。」


 まるで宝石だ。


「…ね、ねぇ?」


 そう言えば今までは布の上だったけど、直だとどんな感触なんだろう…


「夏空さん?」


 ちょっとだけならいいよね…ちょ、ちょっとだけ……

 だ、大丈夫!お手々にぎにぎするだけだから…


「夏空 青菜さん!」


「は、はい!」


「……」


 ま、まずい。ジトッと私のこと見てる。

 お、抑えろ私…このままでは秘密を知るどころか、知るという行為ができなくなるかもしれない……


「えっと…その…家に呼んだのはお礼がしたかったからなんだよ……」


「どうしたの?急に改まって。」


「…忠告したいんだ。」


「忠告?」


 さっきまで眩かった日の光は隠れてしまい、薄暗い青色が部屋を彩り始める。

 私に向けた暗く光った深い(あお)色の瞳は、私の知らない重苦しい緊張と威圧感を放っていた。

 彼の瞳は私の心に新鮮な気持ちと形のない不安を運んできた。


「4年前、恩人達のおかげで、人狼を造った組織は消えた。でも…ここ最近人狼の目撃情報が何件も上がってきたんだ。」


 アオくんが俯きざまに見せた瞳は悔しさと怒りが混ざり合ったような、珍しく感情的な瞳だった。

 …それが初めて見せた()()()でもあった。


「……いるんだよ。()()()()()()()()()()()()()()。」


「…っ。」


「目的も分からないし、被験体調達のツテも分からない。…ホント、イラついてくるよ。…()()()()()がまた広がってたらって思うと。」


 水の腕が波打っている。

 とても棘があるようで、触ってはいけないような…そんな怖さがある。

 アオくんは大きなため息をついたあと、その場に立ち上がって部屋であろう扉に向かっていった。


「お礼はそれだけだよ。もう僕から話すことはない。」


「…ねぇ、私、この話を聞くにおいて一番重要なこと説明されてないことに気づいちゃったんだけどさ…」


「……なんだい?」


「…君は……君の仕事は…その…()()()だったりするの?」


「…ふふ、ううん。違うよ。」


「え?」


「ちゃんと秘密にしててよ?…僕は──」



 △△△



「うーんと…これを……こう!」


「ガァあアぁあがゔゔいぁああだア!!」


「うーん…まただぁ…失敗。」


 闇に覆われる白い箱の中。

 何者達かの悲鳴が響き渡る。


 何十も何百も何千も。


 止むことはなく、増え続ける一方だ。


 何十も何百もの、鋼の檻を叩く音が聞こえる中、小さなハミングと共に軽い足音が先の見えない廊下へ響く。


 虎視眈々と鋭く光る檻からのスポットライトを浴びながら、慣れた手つきでペラペラとファイルを捲る。


「うーん…やっぱり人間の身体って狼以外の動物と相性が悪いのかな?それともミックス(装置)が悪いだけ?」


 少年はとある扉で立ち止まる。

 少年の目の前には扉に凭れ掛かる背の高い無口の青年がいた。


「おーす!警備お疲れー!」


「……」


 青年は短い銀色の髪をなびかせ、扉から数歩離れた。


 少年は悲鳴のような音を出しながら重く冷たい扉を開く。赤血色に染まった裾を引きずりながら、黒く汚れた少年は歩いていく。

 

 ドロっと歪む恍惚な笑顔に、とある誰かが声をあげた。


「ーー!ーーー!!」


「なんていってるの?まあいいや。今回はね趣旨を少し変えてみようと思うんだ〜。」


 その誰かは青く涙を流しながら、訴えるようにして身体を動かす。

 鳴り響く金属音に隠れるようにして一本のメスが胴体部分に突き刺さる。繊維が千切れる感覚が『赤』と共にジワジワと少年の手元へ伝ってくる。


 もう一度悲鳴のような音がこの部屋に響き渡った。


「はーあ……せっかくお使いに出させてあげたのに連れて行かれちゃうんだからあの2匹。」


 少年は肩を落としながらも腕を動かし、順調に赤色へと染まっていく。


「ーーー!ーーーーーーー!」


「えへへ、そういうことだからよろしくね。No.1031のお姉さん!()()()()()()、失敗しないよう一緒に祈ろうね!」

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