第一章
いくら若い男女が一つ屋根の下、なんて言っても、恋愛に発展するなんて、そうそう起きることじゃないし、それとなく姉妹にお兄ちゃんの悪行を伝えていけば何も心配要らなくない?
「と、思わなくもないけど」
家族とはいえ、異母という要素があるから。
近しい他人、そんな距離感で考えている人も中にはいる? わたしはないけどさ。
家族は家族。
しかし、それは今までわたしが生きてきた人生で、時に蔑まれ揶揄されてきた、その苦い経験が築き上げているだけの、いわば吹けば倒れるような家族という防壁なのかもしれないな。
わたしは部屋で一人考える。ベッドの上で熊のぬいぐるみを抱いて顔を埋めながら考える。
このファミリーの中で、四人の姉妹との関係を、今までわたしに気づかれずに持っていたというだけで結構凄い。だって丸見えだ。誰がどこの家に向かったか、なんて中庭を眺めていれば一発でわかっちゃうし、グループラインで予定も把握されてる。
……逐一中庭は監視していないな。外で会うことだって可能だ。部屋にいたってスマホがあればいくらでも話せるし、グループラインもあくまで予定だ。
だけど、わたしたち家族にはルールがある。
家族に嘘は付かない。これはパパから口酸っぱく云われている小さい頃からのルール。みんなが守っている絶対のルール。
うーん……。でも、隠し事ならその限りじゃないだろう。セーフの範囲内って暗黙の了解もある。家族に隠し事ってぜったいよくないけど。いって人間だもん。
関係を持っている――これはお兄ちゃんの言葉から連想したわたしの想像だ。
何も肉体関係とは限らない。詩舞ちゃんなんかは、「にい、好き! 結婚してー」なんて、お兄ちゃんとのやり取りを兄が誇張して言ってきたとも限
……限るか。
明らかにわたしが理解できるのを分かってて言ってきてる風だったし。詩舞ちゃんは置いとこう。詩舞ちゃんまで頭に入れるとへんなんなる。
まずは、誰と誰と誰がお兄ちゃんの毒牙に掛かっているかを把握することから始めるべきか。
沙弥姉は確定として。
わたしは自分の部屋の大窓からベランダに出た。柵にもたれかかって中庭を眺めた。
誰もいない中庭。澄んだ池と向日葵と黒揚羽。むしむし暑い。じりじり焦げる。
「まちきっちゃんだ」
セーラー服姿の黄熊まちきちが正面玄関を通って帰ってきた。中庭を抜けて自分ん家=黄熊家に向かおうとしている。ふと、まちきっちゃんはこちらを見上げた。から手を振ってあげた。向こうも片手を上げた。もう一方の手にはバスケットシューズと手提げ袋。
「おつかれ」
聞こえていないだろう。そのまま黄熊家へと姿を消した。
「そういえば、まちきっちゃんが金髪にしたのって夏休み入ってすぐだった」
夏休みになって髪を染める子は多いけど、部活をしているまちきっちゃんがそんなことをするなんて驚きだった。いくら校風自由とはいえ。
肩に掛からないくらいの、癖のある黒髪が一夜にして、金――それも白に近い色――に変わっていた時は、びっくりし過ぎて姉妹全員で取り囲んだほど。
「イメチェン」
なんて、ぶっきら棒に言ってたけれど、心なしはにかんでいたな。
「その頃か」
夏休み始めにお兄ちゃんと関係を持ったのだろう。お兄ちゃんの金髪とお揃いにでもしたかった。あのクール(ぶってるだけ。結構乙女)な、まちきっちゃんが、全然趣味じゃなさそうな金に染めたのも時期が合うし、何よりあのお兄ちゃんにプレゼントしたというネックレスが良い証拠。
夏休み始めに関係を持った。
意を決したまちきっちゃんは、お兄ちゃんにプレゼントを贈った――自然な流れに思える。勇み足にも思えるが、他に要素という要素がない。疑うべきところから疑ってかかろう。とりあえずまちきっちゃんで。
あとの二人は誰? 他にやるべきことは?
思いつくものから上げてみよう。スマホのメモ帳アプリを立ち上げる。箇条書きで書いていく。
・お兄ちゃんが次に手を出しそうな子を探る。
・姉妹たちのお兄ちゃんに対する気持ちを改めておく。
・既に関係を持った四人とはどこまでいっているのか?
・お兄ちゃんは最終的にどうしたい?
この辺りだろうか。
そして、わたしは探ったあとに最終的にどうしたいんだろう。とりあえず姉妹たちにはまともに生きてほしい。こんな歪んだ家庭に生まれて、この先の生き方までお兄ちゃんにつられて変に歪んで生きる必要はない。
外で恋人でも何でも作ればいい。莉菜姉みたく。
その莉菜姉も怪しいもんだけどさ。
『俺はできればこの家族の中で全てを完結させたい。続けていきたいんだよ』
お兄ちゃんの言葉が木霊する。
最終的にどうしたい? という問いの答えは、既に言っているも同然か。
「全員に手を出す気だ。わたし含めて」
……気持ち悪い。ぎゅっと体を抱いた。
それはいやだ。それだけはいや。
「まずはまちきっちゃんと沙弥姉だ」
あの二人がお兄ちゃんをどう想っているのか。
そして、その先を見据えているのか。
訊かねばならない。




