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第三章 晴々兎茶4

「キャン!」

 一里家の玄関を開けると、焦げ茶の毛むくじゃらが中庭へ飛び出していった。

「あ」

 莉々(りりな)が逃げちゃった。わたしの横を通り抜けて中庭から正門方向へ走って行き、右に向かって逸れる。

「あちゃあ」

 莉菜姉以外に懐いてない小型犬である。犬種はポメラニアン。

 名前から分かる通り、名付け親は莉菜姉。莉菜姉が中二のときに、近隣の保健所から貰ってきた。元々の飼い主から虐められていたらしく、極度の人見知りで警戒心が強い。莉菜姉は無口だが、姉妹の中で誰よりも優しいところもあり、根気強く莉々菜と心を通わせていった。そりゃもうガシガシ噛まれまくっていた。

 家族で懐かれているのは莉菜姉のみ。


「ごめん、莉菜姉。莉々菜が外出ちゃった」

 部屋に入ると莉菜姉は、わたしを見てなんでもなさそうに言う。

「あとで探しに行く」

 正門は基本閉じられているため、誰かが開けない限り莉々菜が出て行くということはない。莉々菜はよく塀と家の壁の間に隠れる。正門から向こうには出て行こうとしない。中庭に留まらない理由は、境ファミリーの人間の出入りが激しいため、警戒しているのだろう。

「実は相談があってさ」

 莉菜姉は部屋の中央のテーブルにちょこんと座った。斜め向かいを指で示される。わたしは素直に従い、真剣な表情の莉菜姉と向き合う。

「莉菜姉って経験豊富だよね」

「……?」

 言いにくそうな演技のわたしに、普段と違う物を感じたのか、眉根を上げる。

「た、例えばだけど。誰かに無理やり迫られたときとかって――」

「……!」(約:なにかされたの!?)

 ガッと腕を掴まれる。危機迫った顔の莉菜姉がこんなに近くにある。

「ちがくてちがくて! その人が、立場上いけない人だったりとかさ、好きになっちゃいけない人だった場合に莉菜姉だったらどうする? こっちもちょっとは向こうに好意は抱いていた場合とかさ」

「……………………」

 莉菜姉はそれから考え込むように黙った。流石に焦れる。

「莉菜姉?」

「…………考えてみる」

 これはどっちの反応? 

 無口と言えども表情に出やすい莉菜姉は、ある程度考えを読みやすい。

 お兄ちゃんから既に何かしらのアプローチを掛けられている場合――そして、莉菜姉が既にお兄ちゃんと男女の関係になっている場合は、兄と自分のことを悟られているのではないかと焦るだろうと踏んだ。部屋が近い分、莉菜姉はお兄ちゃんから狙われやすいだろうし。

 或いは、お兄ちゃんを拒絶、答えを保留している場合でも、この相談をどう答えるか悩むだろう。妹に姉の考えを強要してしまうようで答える事を逡巡する――そう思った。

 しかし、今の莉菜姉の表情はそのどちらでも無い。

 何か別のことを考えているように思う。心配事と警戒の中間の表情。

 莉菜姉がお兄ちゃんからまだ何もアプローチを掛けられていないという可能性が大きいだろうか? それなら安心なんだけど。

「……莉々菜見てくる」

 そう言って莉菜姉は部屋を出て行く。わたしも何となく付いていった。わたしの質問の答えは? 保留?

 莉菜姉と一緒に中庭を出て、南棟のアーチを抜けてぐるりと家の裏側へ周る。三メートルはありそうな塀と家の間を歩いて行く。ちょうど『口』型のお家で言えば左辺の外側。

「うん?」

 この辺の地面は土がむき出しになっている。塀と家の影になって日差しも当たりにくく湿気っぽい。自然と土も柔らかい。

 下を見ると足跡が残っているのに気がついた。何度もここに来ているのか、犬の足跡がたくさん残っている。それと同様に莉菜姉の足跡。さらにもう一つ、大きい足跡。サンダル。足跡は夏目家の裏で途切れている。正確に言えば、夏目家の廊下の窓の真下だ。そこで途切れている。足跡の向きから見て、ここから出て行った? ように思える。

 このサイズは、境ファミリーでも、パパとお兄ちゃんしかいない。

 そうして上を見上げる。

 昨日の見たことと何かが繋がり始める。しかし、まだ材料が足りない。

「キャン!」

 莉々菜がいた。薄暗がりの中で莉々菜が吠えている。莉々菜は莉菜姉以外にはよく吠える。一緒の家に住んでいることもあり、お兄ちゃんと巫子さんにはあまり吠えないみたいだけど、懐いてない。慣れてはいるって感じ。

 莉々菜はわたしを警戒の眼差しで見ている。

「……ふう。じゃね、莉菜姉。莉々菜も。相談乗ってくれてありがとう。忘れちゃってもいいよ。大したことじゃないし」

 単純なことだ。わたしの考えすぎ。

 反応から見れば、まだお兄ちゃんは莉菜姉に迫ってはいないのだろう。真面目な莉菜姉は、わたしの質問に真剣な恋愛相談だと思ってしまって考え込んでしまった。

 教師と生徒、彼氏持ちや既婚者との禁断の恋を妹がしてしまったのではないか? 姉として止めるべきか否か。そう考えているのだろう。

 莉々菜がわたしを警戒してしまって近づいてこないんだなと悟ると、わたしは莉菜姉に向かって手を振り踵を返した。

「待って」

「なに?」

 莉菜姉に呼び止められたので顔だけ振り返る。


「……兎茶には気をつけて」

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