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第三章 晴々兎茶2

「間違っちゃいないが、大分誇張したね」

 わたしの話を聞き終え、兎茶は喉の奥でくつくつと音を立てるように笑った。

「そうかなあ?」

「何も今すぐ兄さんが君を襲ってくるってわけでも無さそうじゃないか。きちんと手順を踏んで好きになってもらうよう努力するんだろ? 兄妹通しとは不健全の限りだが、その方法は実に健全だと思うね。最も、私たちの存在事態が不健全の極みみたいなものかもしれないが」

 兎茶は変わらず窓際にもたれ掛かっている。わたしは部屋に一脚だけある硬い椅子に座り直して昼間起きたことを語って聞かせた。

 お兄ちゃんから聞いた言葉、既に四人と関係を持っているらしいこと、その内三人は沙弥姉、まちきち、碧姉だということを伝えた。

「仮に子供を作るつもりがあったとして、血が繋がってるからと言って必ずしも、子供に障碍が起きるわけじゃない」

 わたしは気になっていたことを訊いた。

「血が濃すぎるとよくないとか言うよ」

「そう目立った確率では起きないって話だよ。近親婚自体が珍しいだろう? そもそもこの現代においてそれ自体、例が少ないんだよ。比べることができない。たまたま障碍を持った子が生まれたとして、それはどこの家庭でも起こり得る、普遍的なことに過ぎない。しかし人間は、そこに何らかの理由を見出したがる生き物だ。人間は心理学的にもネガティブな話題に反応しやすい生き物だからね」

「でも法律でだめー! って言われてるじゃん」

「婚姻関係を結ぶことが認められていないだけだよ。それに……兄さんがやろうとしていることは、父さん――境優之介がやったことと何が違うんだい?」

「それは、」

 何が違うと言うんだろう。

 兄妹通しはよくないっていうのも、結局のところ、世間が認めないからであって、それを否定することによって、わたしたち家族の在り方を否定することにも繋がっていやしないだろうか? お兄ちゃんがやろうとしていることは、確かに指摘されてみれば、パパのやったことと大差ないように思える。

 蛙の子は蛙。子は父の背中を見て育つというが、やっぱりお兄ちゃんもそうなのかな。そうなると、お兄ちゃんと既に関係を持っている四人も、決して流されず、本質を兎茶のように見抜いた上で同意したのかもしれない。

 もしかしたら、わたしの方が表面的な部分だけで、動いていたのかもしれない。

「でも、調査は続けるべきだ」

 そんなわたしの悩みを断ち切るように兎茶が断言する。

「どうして?」

「沙弥は現場を直接目撃した。まちきちは本人からの自供があった。しかし、碧は君が憶測で物を言っているだけだからね。冷蔵庫から飲み物が消えていたから、碧はお兄ちゃんと関係を持っていた――というのは些か早計な気がする。私だって先日、菓子とアイスを何個か持っていかれたしね。碧についてはもっと調べるべきだと思うよ」

 兎茶は意外と甘党。甘党ってか子供舌。菓子とアイスは常に常備。好きな料理はハンバーグ。

「具体的にはなにを?」

「そうだな――今日一日の行動と、それから双子とのやりとり」

「双子?」

「最近あの双子と、碧がこそこそやり取りしているのを見る機会があってね。気にはなっていたんだ」

 あー。そういえば、夕飯の席で怪しかったな。関係ないと思って伝えていなかったけれど、兎茶の場合は、双子と家が隣だもんね。目にする機会はあるか。

「それに――」

「なに?」

 兎茶は、それまで外に向けていた視線をわたしに向けた。

「碧みたいなやつが、兄さんのその言い分に納得すると思うかい?」

「あ」

 碧姉の性格を思い出す。独占的で、ここぞって時にお兄ちゃんの横を譲らない、お兄ちゃんが好きだと公言して憚らないマイペースな姉。

「むー。たしかに納得しないかも。むしろ猛反発しそう」

「そうだろう? 君だったらどうする? 私なら彼女を攻略に掛かるのは一番最後にするね」

 攻略て。人のこと言えないけど。

「最後? 碧姉こそ説得次第で、どうとでもなりそうじゃん」

「君の言うように猛反発を喰らったら? 既に他の姉妹と関係を持っていることを彼女に知られることはそれだけでリスクに繋がるだろう? さっきも言っていた通り、世間的倫理的に見ればアウトなんだ。告発なんてされたら溜まったものじゃない。世間的に公表はしなくても、家族には告発するかもね」

 姉妹攻略途中でそんなことされたら、他の子は警戒しちゃうかもな。

「でも、沙弥姉は親公認っぽいよ?」

「沙々(ささみ)さんか――あの家の場合は事情が異なる。もう何年も部屋から出てこない娘に兄さんは直接会った挙げ句、恋仲にまで発展させた。多少任せてもいいかという気になってもおかしくないかもしれない。本当に公認かは怪しい物だが、様子見くらいの扱いになっているかもしれないね。それに、私たちの親はその辺の恋愛に対する価値観が独特だろうから」

「多少のオイタなら許してくれるかもって?」

「そういうこと」

 そんなこともあるか。何が普通で何が間違ってるとか、まず前提がおかしいんだからそこを気にしてもしょうがない。現代社会でハーレム? 頭おかしいの? とか言われるし。

「彼女を最後にする理由――私だったら、子供を口実にするね。人質と言い換えてもいい」

「……人質?」

 突然出てきた不穏な言葉にドキッとする。

「既に他の姉妹全員と関係を持っている。お父様もそれぞれのお母様も、それについては納得している。そして、もう姉妹のお腹の中には子供もいるって具合にさ」

「そんなやり方……人質って、認めなければお腹の中の子がどうなるかってこと?」

「そこまでは言わないだろうけどね。いくらでもやりようはある。そうして、兄さんが君に言ったことをもう一度繰り返す。家族完結云々を強い意思を持って。それにお父様がやってきたことと何が違うのか、と伝えれば、今の君のように、碧姉さんの中にも迷いが生まれるかもしれない。そうして彼女をだんだんと解きほぐしていけばいいさ。

 碧姉さんの認識で、間違っちゃいけないのは、碧姉さんは本来おっとりした性格なんだってことだ。兄さんに対して少し譲れない物があるだけで……。だからこそ慎重にね。決して彼女に悟られないことだ」

 碧姉の認識については思うところがあるけれど……。

 隠れていた雲間から月が顔を出す。兎茶の瞳が月に照らされ怪しく光る。

 わたしが何度も兎茶と交わったときにも嗅いだような淫靡な香りが、開け放たれた窓から風が乗せられやってくる。

 ――魔性の女。

 そう思う。

「ふふ。面白いね。ラブコメじゃ決してないね。愛憎劇でもない。うちの家族の中に、こんなことで恨みや憎しみを抱く者はいない。じゃあミステリー? 日常の謎? どれも違うように思える。これは私たち家族だからこそ起こり得た問題なのかもしれないね。強いて言うなら私たちの(さが)、みたいなものかな」

 ――性。生まれ持っての性。決して逃れられない性。家族。

「兎茶はお兄ちゃんのこと好きになったりする?」

 先程した質問をもう一度問い返してみた。


「知っているだろう? 私はレズビアンだ」

 再びの質問の意味は理解した上で、彼女はそう断言した。

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