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第三章 晴々兎茶

「しかし、こうして見ると、我が家には正統派お姉さんキャラが不足していると思わないかい?」

 扉を開けた瞬間、むわっとした空気が鼻につく。

 嗅ぎ慣れているような据えた匂い。なんだろ、これ。何かが混ざったような。まあ、夏だしね。

 エアコン付けないからなあ、この娘。

 晴々兎茶は無駄に間接照明をきかせた薄暗い室内にいた。ベッドの上に座り、窓枠に肘を付いて外を見ている。気取ってるけど、そっからだと塀と住宅街しか見えなくない? 格好付けてるようだから言わないけど。

 部屋の中は、なんというか……一言で言えばわたしの趣味じゃない。

 コンクリ打ちっぱなしの壁に、ビル街と夜の工場を映したモノクロ写真が飾られ、着けもしないシルバーアクセサリーがケースに入れられ飾られている。

 チラっと部屋に入ってきたわたしを見た。

 わたしは無言で自分を指差した。

「君は変な子だ」

「お姉さまに言われたきゃないやい!」

「それ、止めてくれよ」

 困った顔が愛おしい。

 晴々兎茶。わたしと同い年の女子高生。お母さんを亡くしてからこの家には一人で住んでいる。どこかの家に入ればいいのに、頑なにそれはしない。一人でこの家で過ごしていると、もう昔のようにお母さんと過ごせないと猛烈に寂しくなる――そんな瞬間がやってくる。それが気に入っているんだとか。

『普通は耐えられないだろうが、この家ならば、みんなすぐ側にいるからね。やっていけるよ』

 とは、この娘の言葉である。姉妹の中でも群を抜いて変わっている子。

 正統派っていうのなら兎茶こそがそうだ。お姉さん……ってのとは、ちょっと違うかな。

 お姉さまがしっくり来る。もちろんわたしの中だけで。

 かわいいっていうより綺麗。肩まで伸ばしたさらさらの黒髪と、お父さん譲りのキリッとした目つき、さらに亡くなったお母さんの美々さんの口調を真似した漫画の中の王子様みたいな口調が、より一層彼女の魅力を引き立てている。

「ごめんごめん。心の中だけに留めとく」

「それもよして欲しいんだけどね……穂々。こっちへきて欲しい」

 兎茶はわたしを手招きする。きゅんきゅんした。

「――ねえ、兎茶。お兄ちゃんのこと……好き?」

 わたしは兎茶の座るベッドに上がり、彼女に甘えるようにしなだれかかった。そんなわたしを、わたしより頭一つぶん高い彼女は、優しく受け止め、頭を撫でてくれる。

 ……兎茶ってわたしより、ちょーっとだけ胸あるんだよね。

「好きだけど」

「ええー! いやー!」

 彼女の胸に頭をぐりぐりする。

「なんだよ突然。男としてってことか?」

「うん」

 顔を上げると、すぐそこに兎茶の唇がある。わたしは顔を近づけ兎茶の唇と、己の唇を重ね合わそうと近づき、徐々に瞳を閉じていく。

「…………むちゅ」

 兎茶がキスはされまいと手のひらガードをしていた。

「もー。なんでー!」

「貞操の危険を感じたから」

 よく言う。先に襲ってきたのそっちな癖に。

 この部屋で初めて交わった夏休み前のある日のこと。文字通り濃密な時間だった。わたしも兎茶もエアコンが苦手なため窓を開け放ち、禄に風の吹かない部屋で。どきどきした。めちゃ暑くて熱かった。

 初めてだったし。

「それに、昼間に汗をかいたからね。私だって、女だから気にするよ。お風呂に入ってからがいいし、そろそろお腹も空いてきた。しかし、食べた後ともなれば、お腹も少し出るかもしれないし、そうなると肌を見せるには恥ずかしいね。今日は止めておこう」

 理屈っぽいけど、その理屈がいちいち乙女ちっくで、まちきっちゃんと似てるな、と思う。同じ家にいると似るのかな。

「ていうかなんで夕飯来なかったの? どこかに行っていたの? ミステリアス少女気取りなの?」

「携帯持ってないだけなのに、酷い言い方だね……。普通に家にいたよ。寝てただけ。そしたらこんな時間だ」

「ええー? いたの? 言ってくれればいいのに」

 布団も乱れているし、本当に寝ていたようだ。まー、姉妹一ひ弱だからねー兎茶ちゃん。夏はガチで苦手なのかも。かと言ってエアコン入れると、わたし以上に具合悪くなる子だからねえ。

 兎茶は携帯を持たない主義だ。縛られるのが嫌いなんだとか。わからなくもなくもない。兎茶は予定を家族に伝えないから困る。毎回仲が良いと思われてるわたしに訊かれるのだ。だから先ほどの夕飯の席でもわたしに訊かれた。わたしが知らないとなれば家族で兎茶を見た者はいないか、みたいな伝言ゲームが始まったりもする。

「ま、いいや。ちょっと知恵を借りたいんだけど」

「夏休みの宿題かい? できれば後に」

「じゃなくって」

 わたしは兎茶の言葉を遮る。

「わたしの純血が汚されそうなの!」

 兎茶の眼の色が変わった。

 間違っちゃいない。

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