第4話、秋葉さん
暗い中慎重に進んで行くと、程なくして目的の広場に着いた。
しかしこの広場、……広いな。
煉瓦が引き詰められたこの広場は、中央に行くに従ってなだらかに下っている。そのため全体を見渡せているのだが——
目算だけど、広さはちょっとした小学校のグラウンド四個分はありそうだ。
広場には点々と街灯が設置されているが、中央のワンサイズ大きな街灯も含め全て橙色に明かりを灯している。それと遠くに見える建物の明かりからも、どうやらこの街の光源は全て橙色に統一されているようだ。
そして広場の街灯も他と同じく光量が少ないため、一人一人の顔の判別が出来ない。ただ広場全体に多くの人のシルエットが集まっているため、そこそこの安心感はあった。
ところでソラは何処だ?
先にここに来ている事は間違いないが、ソラは怖がりだ。となると何処からか、俺が来るのを待っている可能性がある。
……えぇい!
俺は半引きこもりなため気が進まないが、ここに集まっている人達から顔が見えるようにしないといけないわけか。
唯一光量が多く広場の中央にある、大きめの街灯下に移動する事にした。
しかしこれって、ある意味晒し者だよな。
他の場所と違い薄っすらとだが全身が照らされているため、みんなから視線を受けている気がする。
俺以外、誰もここにいないわけだ。
それから暫くの間顔が見えるように立っていると、恐る恐るこちらに近づいてくる陰が一つ。そしてこちらの顔が確認できたのか、その陰は途中から小走りでこちらに駆け寄ってきた。そうして腕に抱きついてきた陰——ソラ——は、上目遣いで目をうるうるとさせていた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 」
「もう、大丈夫だよ」
その言葉だけでは不安なのか、ソラは俺の胸に顔を埋める。
しかしソラは本当に可愛い。
肩で切り揃えられた艶やかな青味がかった黒髪は清楚さと活発な印象を併せ持ち、絹のように滑らかで色白な肌は少し運動するだけで頬が桃色に染まっている事を教えてくれる。
う~ん、自分で言うのも何だが、やはりソラはどこに出しても恥ずかしくない、世界一、いや宇宙一可愛い妹だ。
そこで様々な所からの視線に気がつく。
そう言えばそうだった!
必要以上の暗さの中に有る唯一の街灯の所為で、ここはいま闇夜に浮かぶステージのようになってしまっているんだった。
そんなところで抱き合う男女。
もしかしたら今、ここにいる全ての人がこちらを見ているのかもしれない。
俺はソラの手を掴むと、急いで暗がりへと走って戻った。
明かりから遠ざかり少し歩くだけで、俺たちは完全に闇へと溶け込む事が出来、視線を全く感じなくなっていた。
そして広場全体を見渡せる、広場の外周付近で腰を下ろす。
「少しは落ち着いたか? 」
その問いにソラはコクリと頷くが、手をしっかりと握り締めてきている事から、無理をして頷いたように思える。
しかしここまで暗いとは、……秋葉さんにも会えるかな?
秋葉さんはかなりのゾンビマニアで、好きなタイプがゾンビっ娘。またいつか双眼鏡を使ってチェスをするのが夢だと言う、少し変わった人だ。
現在日本サーバは四つあるそうで、俺と秋葉さんは事前にその内の一つを決め待ち合わせしていた。
「お兄ちゃん、あそこ」
「なんだ? 」
ソラが指差す方を見ると、広場の中央にある先程のあの街灯下で、人が激しく手を動かしていた。いわゆるオタ芸を素手でやっているわけだが、もしかして——
近づいて確認するため、一度離れた街灯下へとソラの手を引き歩みを進める。
踊っている人は、ボサボサ頭にバンダナを巻き、ちゃんとメガネを装備していた。
正真正銘、秋葉さんだ。
しかしいつも思うけど、秋葉さんって毎回同じ服装だよな。
身長は俺とあまり変わらないが腹ポテ、服装はTシャツにジーパンで背中にはリュックサック。
そう、どこからどう見ても魔法使いの服装だ。
いや待てよ?
リュックとか持込めんの?
「おぉ学氏、もしかして先に来られていたのでござるか? 」
「えぇまぁ、それより秋葉さん、そのリュックって? 」
「おぉ、これでござるな」
リュックの肩紐に指をかけ、クルリと回り背中を向けるとこちらを振り返りながらブツを見せてくれるが、そのポーズは大きなお友達がしていいものではない。
そして武士が腰の刀と鞘を握りしめるように腰へ手を当てると語り始める。
「バックパックはセーフでしたが、高輝度オタ棒とボタン電池式は武器判定で持ち込めなかったでござるよ」
そして流れる汗を拭う秋葉さん。
と言うか、このゲーム汗も出るのか。
ホラーホラーオンライン、今回オンライン史上初の人体臓器フルポリゴン化するという試みも行われており、どこを破損しても正しい痛みが感じられる、と言う意味不明なキャッチコピーが付けられている。
そのため掲示板ではゾンビ達に食われるという行為が擬似体験出来る! 一度は体験してみたい! と騒ぐゾンビファン達で大盛り上がりをしており、それ専用の個別スレまで立ち上がっている。
秋葉さんはそんなコアな住人達の一人でもある。
「学氏、もしかしてその美しいお方は? 」
「あぁ、ソラだよ」
「えっ、美しいって! ——あなたのオタ芸もキレがありました! 」
「いえいえ、拙者はまだまだ修業中の身でありまして」
なんの会話をしているんだ。
「秋葉さん! 」
「おお、そうでしたな。それでは早速ですが、探しに行くとしまするか」
ホラーホラーと言うゲームは、簡単に言えばステージにいるボスから逃げ、次のステージの鍵を手に入れスタート地点の街に帰還すればステージクリアになる。
そしてステージクリアすると、スタート地点から新たな道が追加されまたクリアすれば新たな道が現れる。
それを繰り返して物語を進めて行くのだが、毎作スタート地点である街のどこかに、ゾンビステージへのショートカットが特別に隠されている。
そして俺は秋葉さんと、その隠されたゾンビステージを一緒になって探す約束をしていたのだ。
秋葉さんとは空が生きてた時からの長い付き合いで、出会いは初代ホラーホラーのネット掲示板であった。
また唯一ホラーホラーをしなくなっても連絡は取り合っている人で、仮想的世界内で一度、ラブマスの特別電話注文券を獲得するためにわざわざ二週間も前から座り込みをしてくれた経緯、恩がある。
その時、いらぬ、と断る秋葉さんに、二週間分の座り込み代を無理矢理送金したが、それだけでは恩返しはまだまだ出来ていないので、何か役に立つ事はないかと秋葉さんに前々から相談していた。
ちなみに両親も知らないソラの存在を、唯一秋葉さんだけが知っている。
ふと見るとウキウキ顏の秋葉さん。
待ちに待ったゲームをやる時、みんなこんな顔になるよな。
その様子に気がついたソラが、秋葉さんに声をかける。
「早く見つかるといいですね」
「そうですな、まぁこの探す行為自体も楽しいのですがな」
「へぇー、そうなんですね」
「ところでソラ氏、このゲームは初めてですかな?」
ソラにゲーム、させた事はないけど……。
その発想が出る時点で秋葉さんは、ソラを人間として見ているんだよな、と思い少し嬉しくなる。
ソラもなんだか、俺と同じで嬉しそうにしているような気がする。
「いえ、私は怖いの苦手なので……」
「そうなんですか。きっとお化け屋敷とは比べ物にならない、素晴らしい世界がソラ氏を待っていると思うのですがな」
その純粋無垢な言葉に、ソラの顔が思いっきり引き攣った。